第7話「迷子の白い子・陸」

 茜色のパーカーに洗いざらしのジーンズ、同色のスニーカーを履いた青年がぼんやりと眼下を見ていた。

縁の黒い眼鏡を掛け、その奥の眼で、ただじっと。

両手は着ているパーカーのポケットに突っ込んだままだ。


祐天は青年に声を掛けた。


「はじめまして」


◇◇


晴明と別れ、資料に書かれた場所まで来ると、探し人は直ぐに見つけることができた。何しろ空に浮いている訳だから、これ以上分かりやすい目印も無いだろう。祐天は蹴って飛び回ることはできるが、術でも掛けない限り、空中に持続的に浮遊することは出来無い。


浮遊状態を維持できるのは地獄、天国の窓口に来ていない死人の特権だ。

しかし広範囲に浮遊したままの移動は、三途の川へ向かうこと以外は出来無い状態にされている。

せいぜいに目先の範囲を浮遊していられるだけだ。


祐天は青年と話ができる位置にある大樹の枝の上に立っていた。


「ああ、悪い。天国に行く情報は貰ってんだけどさ。もうちょい待って欲しいんだよ。弟をさ、探したいんだ。最後に見届けてから天国行きたくて。けど、どうにもここら辺からは動けねえのな」


青年は祐天と目線を合わせると、緩く笑んだ。

黒縁の眼鏡が日の光を受けて閃いた。

青年は、首筋辺りまでの長さの髪を片側に流している。

眼鏡と同様に。陽に反射して髪が深海色に照った。


「そうか。弟さんの行方を知りたいからここに留まってたのか。俺はお前に手伝って欲しいことがあって迎えに来たんだ。その後なら弟さん探しを俺も手伝うぞ」


「え、探すの手伝ってくれんの?それは助かるけどさ。いや、待て。死んでるこの状態で俺に何か手伝えんの?浮いてるだけで、あんまり遠くには行けないみたいだし、地味に困ってるんだけど。この状態でどんな手伝いができるんだ?」

透明な壁でもあるかの様に近間から抜け出せ無い状態であることを伝えようと、青年は周囲をうろうろと歩いて見せた。


「人をいじめて自殺させるのが好きな人間を捕まえる仕事の手伝いをして欲しい。捕まえて地獄へ入れるんだ。手伝いをしてくれるなら、お前が地面に降りて、移動できるようにしてくださいと神様にお願いができる」


「……は?生きたまま地獄って行けるの?…地獄って国の天国って都市には完璧に死なないと行け無いんだよな?そういう情報が頭ん中に入ってる。その、虐める人間を捕まえるってのは賛成するけど」


「え、とな。……通常、人は死ぬと罪がものすごくたくさん軽くなる。ええと、ジュウブンノイチになるんだ。生きてる時に、警察に厄介になった者も逃げ切った者も平等に軽くなる。その中で、神様が罪を軽くしないで地獄へ連れて来なさいって命令が出た人間は、本人かどうかをちゃんと確認して、生きたままで、捕まえて、地獄へ入れる」


「……いや。殺人とかも軽くなるの?死ぬと?なんでそんな救済制度があるんだよ」

青年は祐天の方へ身体を向けた。

祐天と比べて随分と上背があった。

晴明よりも背が高いかもしれないと祐天は青年を見上げた。


「犯罪以外でも、人は、殺生してるから。人間は生きてるうちに、えーと、牛、豚、鳥、野菜、魚、虫、あとなんだっけ、なんか他にも色々なのを、食べるだろう?それも殺しに入ってるんだ。死ぬまでに牛さん何匹殺して食べたー、とか、鳥さん何匹殺して食べたぞー、とか。野菜とかも生きてるから殺して食べたことになっちゃう。枝豆何個食べた、とか野草殺生罪とか言う罪名になる」


「いや、……いやいや、嘘だろ!?それも殺しになるのかよ!?」

青年がその場で身を乗り出すような格好になる。

「うんとな、本当なんだ。他にはな、酒を飲んだことも罪になる。飲酒罪な。酔っ払うことも罪なんだっけ、えーと、酩酊罪?煙草も葉を殺してるから入るし、吸うことも罪になる。喫煙罪。虫を殺したのも入る。蚊とか。花を摘んだのも入る。言ったらきりが無い位。だから罪を軽くする制度が無かったら、全員、ことごとく地獄国の地獄市行きだ」


「…………マジで?」

「うん、まじだ」

「……ソウデスカ」

青年は空で足を動かし、まっすぐに歩いて、祐天の立つ樹の近くまで来た。

深海色の髪が揺れる。


「なあ、アンタ、名前ってあんの?」

「俺の名前は「祐天ゆうてん」だ。苗字は神様に貰ったもので「十王じゅうおう」という。お前も名前か、苗字、どちらかの記憶があると思うんだが、教えてもらっても良いか?」


「俺は、……俺のは、……多分、名前だな。「天海てんかい」だ」

「うん。良い名前だ」

貰った資料と同じ名前であることを胸の内で確認し、祐天が笑うと、天海と名乗った青年も「お前もだよ」と笑った。


「こちらの用事は時間が迫っていてな。先に手伝って貰って構わないか?」

祐天が最後に確認する。

「ああ、良いぜ。他人を虐める輩を許さ無いってのは俺も賛成だから。…この状態の俺で出来る事は手伝うつもりだけど。……それでさ、しつこい様だけど、弟探しは絶対に手伝うことを約束して欲しい。それまで天国行きの電車とかバスには絶対に乗らない。俺にとってはこっちはどうしても譲れ無いからさ」


俺にとって弟はとても大事なんだ、と天海が小さく呟き眉根を下げた。


「まず、弟さん探しは必ず手伝うと約束する。絶対の約束だ。それから、天海は俺たちを手伝うことができる特別な権限がある、だからお願いに来たんだ」

祐天は天海と視線を合わせ、自らの心根が伝わる様にと祈りながら告げた。何しろ会話は不得意なのだ、相手に話が上手く伝わっているか正直自信が無かった。

天海の眼を懇願する様にじっと覗き込む。


「?特別?まあ、良く分からんけど、手伝いが出来るってことなんだよな?それなら手伝うけど」

視線を受け止めたまま、天海が笑みを浮かべた。

「ありがとう、良かった」

祐天も同じように笑う。


互いの契約は、これで成立した。



◇続

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