ー迷子の白い子ー

第2話「迷子の白い子・壱」

西暦弐千参百弐拾弐年。

世界は順調に滅びることなく寿命を延ばしていた。

地獄国、天国市もまた然り。

その地獄国、天国市に位置する限られた者しか通れない門構えを、一人の男が潜った。長い黒緑色の髪をした男は、上下共に黒いスーツ姿だった。


◇◇◇◇


その日、五道転晴明ごどうてん はれあきは地獄の最高幹部である十三王より招集命令を受けた。


今回の仕事は、裁きを逃れ間接的に人を死に追いやっている女を七日以内に捕縛し投獄すること、そして天国へ来る筈の死者を迎えに行け、とのことだった。


断る理由も無い上に断らせるつもりも相手には無いので、晴明はその命を受け、達筆で書かれた書類に血判を押し、置かれていた資料の入った茶封筒を手に取った。


伸ばしたままの黒緑の髪は正座をすると畳に届いてしまう。切った方が良いか、面倒だ、などと考えていると、四方が障子戸、薄明かりの灯籠、畳の床の狭い室内で、十三王神の誰かが含み笑いをした。


『厄介ごとばかりで済まないが、迎えに行く死人はお主と同じ門番の素質の有る者だ、こればかりは目出度いことだ。門番の適正者は稀だからな。これで三人目だ』


「それは貴重ですな。私のみの頃は限られた期間で上手く捌けぬことも多かったですし。祐天が来てからは随分と効率が良くなりましたが、やはり手に負えぬ案件もありましたので。三人目が来てくれれば助かります。では今回も自力を尽くして遂行致します故」


両手を畳の床に着いて礼をすると、晴明は室内を後にした。

障子戸は勝手に開き、勝手に閉じる。

廊下を進むと背後の道が消えていく。

門構えを出た所で、霧の中に乗ってきた自分の車だけが浮かび上がっていた。


車に乗り込むと、共に任務に当たる人物、「十王祐天じゅうおう ゆうてん」に携帯電話でそちらへ行くと連絡を入れ、エンジンをかける。

そのまま晴明は祐天の待つ、住居兼事務所へ向かった。


この国の名は地獄。

都市の名は天国。

死者が魂となり、選別を受け、最期に辿り着く国。

そして都市だ。


地獄を統括する十三王神からの命を受け、管理するのが「秘匿課」と呼ばれる課に属した面々である。十三王神は基本は天国の内情に口を挟むことは無い。


その中で、特例として現世へ出向くことを許されているのは「実働隊」もしくは「地獄の門番」と呼ばれる選ばれた死者だ。現在は晴明と祐天の二名のみが選ばれ、仕事をこなしている。


因みに「秘匿課」とは名を明かせないから、との理由で呼称されているだけである。


◇◇◇


「祐天、新しい者が加わるぞ。それから捕縛命令が一件」

「おお。新しい人か。仲良しになれるといいな」

「迎えに行かなきゃならんがな。こちらに来ない理由は知らんが」


現世の警察署に似た造りの建物は一階が事務所というより作戦会議に使う部屋で、ガラステーブルにソファ、事務用机と椅子の他には資料や地図などのファイルや封筒、分厚いノートが詰め込まれた大小の棚と本棚が部屋を埋め尽くしている。二階と三階は住居で、晴明は二階、祐天は三階を住まいにしていた。


「天国行きが決定してるのにこちらへ向かわず、現世に留まってる。名前か苗字は「テンカイ」表向きは事故死だが、」

まあ、自死か他殺だろうなと呟くと、晴明は封筒から資料を出し、祐天に差し出した。


「俺とおんなじだ。俺は晴明が迎えに来てくれた」

資料を受け取った祐天はソファに座り、表紙の新人の顔写真を楽しげに眺めた。

「まあ、そうだな」


晴明が伸ばしっぱなしの黒緑の髪を紐で結え、スーツのジャケットを脱いでソファへ放るとネクタイをシャツの胸ポケットに押し込んだ。


「新しい人以外の他の用事は何だったんだ?」

「人をいじめるのが生きがいらしい女の捕縛だ。二枚目に名前と顔写真がある。いつもの様に写りが悪いがな」


資料は新人の呼称と顔写真、次いで捕縛対象の女の顔写真と氏名、家族構成、関わった最新の自殺者の自殺現場の位置だった。ここで言う写真とは念写された写真の為、カラーではあるが非常に見え難い。判別出来なくは無いが、鮮明では無い。写真と呼べるのか怪しい有り様だ。


「ああ、あった。新しい人と合流して、適合者だから、お手伝いをお願いして、…いじっめっ子を捕まえる」


「その女の目星を付けてから「テンカイ」と合流出来れば、それが一番良いんだがな。捕縛は期限が七日とあるから七日後に死ぬ予定なんだろうから急ぐ必要がある。死ぬ前に地獄送りの刑せねばならん」


テーブルに置きっぱなしの現世の地図を捲り、直近の自死者の現場位置を探す。目立つ場所であれば天国でも名所や観光のスポットになっているので探しやすい。

「死期が近い女の追跡が先か…、同時進行が一番良いか」

晴明が呟き、祐天を見つめた。

「難しい方は、俺だけでは、駄目かもしれない。判断が出来無いから。俺ができるのは、新しい人のお迎え、名前を聞いて、晴明の所まで来て欲しいとお願いするのなら、出来る」

祐天の言葉に晴明はしばし思案した。


「……捕縛する女の所在地を掴む方が厄介だろうから、適合者の魂を貴様が迎えに行くのが確かに手っ取り早い。捕縛対象の女の現在の居場所の手掛かりで確実なものが無いからな。自宅の所在地は毎度の如く伏せられている。そいつに関係した事象で、直近の自殺者は子供。その場所だけは情報公開されている。危篤状態の最も関係の有りそうな自死を決行した被害者は母親だそうだから、まあ、死んでしまえば、魂はこちらへ来るからな。事実のみを聴取できるかもしれんが、出来れば助かって欲しい所だ」


「他のそいつに殺された人の情報とかは無いのか?小さい子ばかりなのか?十人は死んで無いと地獄の決議は下りないだろう?」


祐天が晴明の捲った地図を覗き込む。

百八十センチ程度の背丈の晴明に比べて、祐天は百六十センチあるか無いかだ。ガラステーブルの上へ資料を胸に抱いたまま乗り上げた祐天を晴明が首根部分の服を掴んで引っ張り、自らの膝へ座らせた。


「それもあるが、そいつが元凶だと確信が無いまま虐げられて自死した者が大半らしい。要は他者を上手く操って直接手を汚さずに標的を虐げて生きて来たってことになる。人間らしいといえば人間らしい悪党だ。捕縛・投獄の命令が降りる訳だ」


膝に乗せた祐天の白い髪を適当に撫で回し、晴明は現世の地図を数枚捲った。例え神様であっても現世に過干渉は出来無い。死人が連なって、悪人に死期が迫ってから、初めてこうして自分達の様な特殊な存在が行動に出ることが許される。それでも晴明達には情報が詳細に流れてくる訳では無い。秘匿とする事項が多すぎるのだ。現世で言う所の「個人情報保護」と同等なのだ。

捕らえて投獄するのが晴明達の仕事で、その前後の事は神様の領域だ。罪を自ら認め、白状する様を見ることなどは出来ない。


そして、被害者が二十歳未満である場合は自死の理由を事細かに詮索しない、させない決まりがある。

その為、子供が自死をして天国へ来たとしても、理由は完全に伏せられ、そのまま天国の学校へ入れることになる。

そもそも天国へ来る道すがら、記憶は事実以外は消えてしまうのだが、子供の場合は事実の記憶も曖昧にしてしまうことがある。

特に自死、他殺、虐待のトラウマになりそうな場合は忘却の強制力が強い。


因みに天国の未成年は小学校、中学校、高校、大学へと入り、二十歳で成人の死者の居る場所へやって来る。


死んでから歳を取るのは二十歳までで、その後は身体的な年は取らない。

精神的な成長はしていくことになるので、姿を大人になった自分に造り変えてもらう者が大多数だ。逆に高齢で死亡した場合は、死亡した年齢から外見のみ二十歳までなら若くしたいという融通は効く。


「小学生の子供二人が飛び降りた橋のみ場所が公開されているから…、今の所、それが手がかりか。それを知って、母親が後を追い、危篤状態。父親の情報は伏せられているが、まあ、余程家庭環境に問題が無いのであれば、後追いも考えられるだろうし、加害者が捕縛命令が出る程の悪辣な輩であるから、もしかしたら、現世の機関での対応では納得できず殺傷事件に発展する可能性も、…まあ、可能性の話だが」

生きている者達は、晴明達の様な仕事をする存在を全く認識してい無いのだ。


「なあ、晴明。急いで手掛かりの場所に行こう?誰かがまた死にたくないのに死んでしまうかも知れないだろ。いじめるやつを地獄へ送る事は出来るけど、死にたくないのに死ぬしか方法が無かった人は助けられない。そういうのは、俺は、見たり、聞いたり、したくないよ」

祐天が白と黒の混じった髪と目玉を揺らし、晴明を見据えた。


「そうだな、行こう。現世と死界の目的地を合わせて場所を特定しよう。橋の上から周辺を探す。それと迎えに行く魂の場所がそこから遠いのか近いのかも調べねば」

「うん」

祐天は晴明の膝から降りると大判地図の入った棚を探り始めた。


現世の目的地である橋が、この天国のどの位置と等しいかを合わせ、該当箇所から、門を開き現世へと降り立つ為だ。




◇続

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