神と呼ばれたモノたち

赤いもふもふ

神様のいる街

 それが、その町にいるらしいといううわさは、わりと有名だった。

 失せ物が置かれていただか、迷子がそこで見つかっただとか、その付近では事故での死傷者が異様に少ないだとか。

 とにかくそこは、そういった話にはことかかない場所だった。

 そして私は、昔からそういう話に強い興味があった。

 廃病院に幽霊が出ると言われたり、つり橋の下から覗く妖怪がいるなんて聞くと、すぐにでもそこに飛んで行って、この目で確かめなければ気のすまない性質たちだった。

 とはいえそんな私も高校生になって、そういったものは本当はこの世にいないのだろうと、当たり前のことに気づいていた。

 だから、今、私は人生で最も大きな驚きを得ている。

「ああ、これは珍しい。その年齢としになってだ私を視れる人の子がいるなどとは」

 は、実在した。

 あまりのことに呆然としていると、それは座り込んでいた石段から立ち上がり、こちらへと歩いてきた。こっこっと赤下駄の音が響き、白い装束は風に揺れる。

 目の前まで来たところで、ふと何かの本に、他の何をおいてもそれは決して視てはいけないと、そう書かれていたようなこと思い出す。

 私はばっと顔を伏せた。

 焦りから、キャリーケースを握った手に力が入る。これまでの人生で初めて感じる本物の人外への恐怖に、私の心は悲鳴と歓声を同時にあげていた。

 すると頭上から、ふっ、とそれのだろう小さな笑い声が聞こえた。

「心配せずとも、私にはもはや何者かを祟る力などないよ」

「……え?」

 思わず出た言葉だった。だってどんな話においても、それは人より、霊より、妖怪より強い最上位の存在として描かれていたから。

 もちろん、本当にそれがいるだなんてことは今のこの時まで思ってはいなかった。けれど実在するのであれば、それは人間一人くらいどうにでもできるものだと、当たり前のように信じていた。

「えっと、あなたは、神様なんですよね」

 見上げて目を見て、自分が失礼にもほどがあることを言っているのに思い至る。慌てて訂正の言葉を放とうとした私よりも先に、それは寂しげに微笑んだ。

「――そうだよ」

 時が、止まった。

 銀色の瞳に吸い込まれるように視線は動かせず、風が木の葉を揺らす音だけが耳に聞こえてくる。あるはずのない郷愁や哀愁が、胸の奥から湧いてくるような感覚がして、目から自然と涙がこぼれる。

 なんて、なんてことだろう。神とはこんな。

 ぱっと時間が動き出す。車の走る音に子供たちの声。喧騒はあたりを包んでいて、木の葉の音はもう聞こえない。

「今、のは……」

 問おうとして初めて、目の前からそれが消えていることに気づいた。

 見渡してもどこにもその姿はなく、まるで全て夢であったかのように、何事もなく人々は生活している。

 私以外の彼らは、私が視たものを見ていないのだ。きっと彼らからは、私が突然立ち止まって涙を流し始めたように思えるのだろう。

 けれどたしかに、私はそれに会った。

 その事実は十分、私がこの町で夏の数日を過ごす理由となった。

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