5分で読める物語『冒険大学』

あお

第1話

 姉弟とは生まれた順番だ。

 先に産まれた方が姉で、後に産まれた方が弟。

 じゃあその順番は何によって決められたのか。


 単純な話だ。


 いつだって強いやつが一番目。弱いやつが二番目だ。


***


 時をさかのぼること一〇年前。

 突如、「イリス国王」を名乗る男が現れ、全ての映像機器をジャックし、放送を始めた。


『私は君たちとは異なる世界、君たちの言う異世界に住まう者。私たちの世界はいま、戦乱の世である。ヒト族と魔族が互いの領地を奪い合い、死者の絶えない時間が流れている。どうか、どうか私たちを助けてほしい。私たちには、世界を救う英雄が必要なのだ!』


 国王の演説は文字通り世界を震わせた。


『近日、この世界の海上にカレッジを建てる。我々に手を差し伸べてくれる者は、カレッジの門を叩いてほしい。そこで剣技、魔法、魔族についての講義、訓練を行う。実力の備わった者から我々の世界へ転移し、冒険者として魔族を打ち滅ぼしていただきたい。この世界の人類は強い。剣技も魔法も使わず、これほどの発展を遂げたのだから』


 異世界からの来訪者は、我々人類に希望を託した。

 もちろんその頃の人類にとって、剣技も魔法もただのおとぎ話。

 きっと初めの入学試験は、国王の言葉を信じるか否かだったのだろう。


 そして俺の姉は、誰よりも早くカレッジの門を叩き、冒険者資格を得た。

 異世界で魔族討伐部隊の最高ランクにまで上り詰めると、魔王幹部を撃退。

 見事、国王が求めた英雄になってみせたのだ。


 そんな姉が一度だけ、こちらの世界に帰って来たことがある。

 当時の俺は姉のことが誇らしくて仕方なかった。憧れでもあり、目標だった。


「姉ちゃん姉ちゃん! 俺もカレッジに行って、姉ちゃんみたいな『英雄』になるんだぁ!」


 しかし――


「あなたには無理よ。だって、弱いもの」

「え…………」


 姉は俺の夢を否定した。


「昔から頭だけは良いのだから。必死に勉強して学者にでもなりなさい」

「い、嫌だよ。俺も姉ちゃんみたいになるって、決めたんだ!」

「はぁ……」


 ようやく顔を向けてくれた姉。顔をしかめ、見下ろしながら冷ややかに告げる。


「あなたはいつだって私の後を追ってくる。家族はいつだって私じゃなくあなたを応援する。弟っていいご身分よねほんと。だから私は、絶対に秋十を認めない。カレッジも冒険者も好きにするといいわ。でも……私の後だけは追ってこないでよね」


 何も言い返すことができなかった。


 最初で最後の挫折だった。


 それからというもの、姉の活躍は毎日のようにニュースで報じられた。

 学校でも『英雄の弟』として扱われ、俺よりも姉がもてはやされた。


 そんな日々に嫌気がさしたのは何歳の頃だっけ。


「……見返してやる。姉さんも、世間も、全部、全部見返してやる!」


 気づけば醜い復讐心が俺の心に巣食っていた。


 こうして俺は『ダンジョンカレッジ』への入学を決意したのだ。


***


「F―31……ここだ」


 入学初日。式を終えるとすぐ、クラス振り分け試験が実施された。

 俺は指定された教室に向かい、重厚な扉をゆっくりと開いた。

 目の前に広がる景色は、下方に黒板と教卓の置かれたあの講義室――ではなかった。


 澄み切った青空。新緑の草原。ふわりと穏やかな風が俺の身体を包みこむ。


「な、なんだここ⁉」


 思わず上げた驚きの声に誰かが反応した。


「よく来たね。こっちだよ」


 視界の左前方。そこには銀髪の男がこちらを見つめ手を振っていた。


眞凬秋十まかぜあきとくんだね」

「そ、そうです」

「ここが君の試験会場だ。ここでは二人の新入生が試験を受ける。君はその一番目だ。おめでとう」


 なぜか一番乗りで拍手を受けている。

 先ほどから貼り付けたような笑みが崩れないし…………変な人だ。


 ガチャ――


 そしてもう一人の新入生が姿を現した。


「何ここー⁉ すっごーい‼」


 金髪のロングヘアに、大きく開いた胸元、目のやり場に困るショートパンツ、すらりと伸びた足がスタイルの良さを体現している。人の指ほど伸びた爪には、ラメをふんだんに散りばめたネイル。ジャラジャラと音を立て揺れる色鮮やかなピアスと相まって、彼女の印象は一言で言って、ギャルだ。


「すごいでしょ~。さあ君もコッチおいで~」

「ハーイ」


 そして銀髪男の対応力である。すげぇなこの人。


姫島愛華ひめじまあいかさんだね」

「そ~! 愛ちゃんでいいよ~! 先生はー?」


 グイグイ詰め寄る姫島愛華と呼ばれたギャル。

 その愛らしさを武器に、先生からのひいきを得ようとしている感じが、すごく苦手だ。


「先生の名前はイシュルド。向こうの世界からやって来た冒険者の先生だよ~」


 間の抜けた自己紹介。はたして俺は、この人を先生として信頼して良いのかと不安になりつつある。


「さ、改めて君たち。ダンジョンカレッジへの入学おめでとう」


 お辞儀。ピースサイン。と俺たちはそれぞれの反応を見せた。


「君たちには早速、クラス振り分け試験を受けてもらう。まーただのクラス分けなので気楽にやってくれ」

「ハーイ」


 なんとも緊張感のない試験会場だ。


「試験の内容は、最低ランクのダンジョンに潜って隠されし秘宝を回収してくる、ってだけの簡単な試験だ。モンスターも出ないし、出たとしても走って逃げられるレベル。安心して行ってこい」


 それが合図とばかりに、手を叩く銀髪男。


「えっと、ダンジョンってどこに?」


 俺が問うと、男はニヤッと微笑んだ。


「あれ、見えてないのかい? 君のお姉さんなら一発で見抜いたはずだけどね」


 不敵な笑みで見つめられる。

 あぁ、やっぱりここでも姉に比べられるのか。


「英雄になった姉と、冒険者の端くれにもなれていない俺を比べるなんて、先生といえど頭はなっていないんですね」


 だから反射的に毒づいてしまった。


「いんや? 君は今、お姉さんと全く同じ入学試験を受けている。お姉さんは入って来てすぐ僕の術を見抜いたよ。まだ魔法も知らないただの人間だった時にね」


 何も言い返せない。歯を食いしばり、拳を強く握るくらいしか抵抗する術を持ち合わせていなかった。


 姉と同じスタートラインに立って、早速姉との違いを見せつけられる。


 ――悔しい。悔しい……っ!


「仕方ない。種明かしだ」


 銀髪男は指をパチンと鳴らした。

 すると青空と草原の景色は、ほの暗い洞窟の中へと様変わりする。


「さ、行っといで」


 にこやかな笑みで手を振る男。

 彼をきつく睨みながら、俺は洞窟の中へと入っていった。


「ちょ、ちょっと! 一人で勝手に動かないでよ!」


 遅れて俺の後を追ってくるギャル。


「どうせただの宝探しだ。手分けして探した方が早い」


 吐き捨てて、俺はひたすら真っ直ぐ進んだ。

 それでも彼女は俺の後をついてくる。


「どうしてついてくる? 俺の言った意味が分からなかったのか?」

「違うわよ。アンタが先生に煽られてるの見て、私まで煽られている気分だったわ。悔しいのはアンタだけじゃないんだから、少しは落ち着きなさい」

「俺はいたって冷静だ」

「冷静なら、いつまで行き止まりの道を進み続けるのよ」

「え……?」


 前方を見やる。松明が点々と行く先を照らしているのだが、目を凝らすと道の行きつく先はただの岩壁だった。


「せっかくタッグでいるんだから。協力しよーよ!」


 バシンと背中を叩かれる。思いのほか力が強く痛かったのだが、おかげで頭に上っていた血も下がり始めた。


「すまない。身勝手な行動をした」

「あ、固いのはナシしよ~。誰だって間違いはあるんだから、気にすんなって」


 ギャルが俺の肩に手をまわす。距離感の詰め方はやはり苦手だが、彼女のおかげで平静を取り戻せたのも確かだ。何より彼女も「悔しい」と言ってくれたのは心の救いだった。


 スタッ、スタッ、スタッ、スタッ、スタッ。


 突如、俺たちとは別の何者かが、こちらに迫ってきていた。


「もしかして……モンスター⁉」


 ギャルが声を上げた。

 ほぼ同時に、


「ギィヤァッ‼」


 向こうも俺たちに気づいたようだ。


「まずい! 逃げなきゃ!」


 走り出そうとするも、前方は行き止まり。

 逃げ道は後ろにしかないが、モンスターはすぐそこまで来ている。

 振り返ると、後ろから銀色に光る何かが二つ飛んできた。


「うぉっ⁉」


 カキンッと金属音を鳴らし地面に突き刺さるそれは、見事な長剣だった。


「これで戦えってか」


 ヘラヘラとした銀髪男の笑みがよぎる。


「やろう。きっとこれが本当の試験だ」


 剣を取り、俺は彼女に声をかける。

 うなずき、ギャルは俺の左に並んだ。

 足音が近づく。

 赤く光る瞳が見えたその瞬間。


「ギャィヤォ!」


 顔はブタ、胴体は人間の言わばブタ人間が姿を現した。

 その手には棍棒を携えている。

 ブタ人間は勢いよく地面を蹴り、数メートルあった間合いを一気に詰めた。

 棍棒を真上に振りかぶった相手は、俺の正面に合わせて降ってくる。

 長剣を横にして防御の体勢を取ると、ブタ人間はその顔をニヤリと歪ませた。


「ギギィッ!」


 雄叫びを上げたかと思うと、真上に構えた棍棒を右後ろにひき、俺の脇腹めがけて振り薙いだ。

 瞬間の出来事に対応できるわけもなく、俺は敵の横薙ぎをもろに受ける。


「ぐはっ!」


 ブタ人間は俺のいた位置に着地し、怯えるギャルを下から見やった。


「いやぁぁぁぁぁ!」


 絶叫とともにギャルが剣を振り下ろす。

 しかしブタ人間は後方に飛び退き、剣が空を切る。

 勢いのまま棍棒を振って、ギャルの体は壁に叩きつけられた。

 会敵してたった十秒足らず。

 俺たちは一瞬にして戦闘不能となった。


「ギャギャギャギャギャ!」


 ブタ人間は地面に倒れ伏す俺たちを見て、愉快に笑っている。


 ――いきなり戦えと言われても、土台無理な話だ。俺たちは剣技も魔法も知らない。ただの一般人なのだから。


 弱気な自分がひょっこりと顔を出す。

『あなたには無理よ。だって、弱いもの』

 姉の言葉が脳裏によぎる。いつだって、どんな時だって姉さんなんだ。

 あの先生だって姉さんのこと知ってたし、幻術だって一瞬で見抜いたって……。

 もしかして、


 ――俺は今、姉さんと同じ試験を受けている……?


 銀髪男の指す言葉は、単に青空と草原の幻術だけじゃないとしたら。


 ――姉さんだったら、簡単にコイツを倒しているはずだ。


 それこそ会敵して一〇秒足らずで。


 ――見返してやる。見返してやるって、決めたじゃないか。


 いつかの誓いを、今一度呼び起こす。


 ――立て。立って、戦え。戦え。戦え。


「戦えぇぇぇぇぇ‼」


 想いは叫びとなって俺の体を鼓舞した。

 剣を取り走る。

 ブタ人間も俺に気付いたか、棍棒を振り上げ愉快に踊る。


「うぉおおおおおお!」


 ありったけの力を込めて剣を振り下ろす。


 しかし――


「避けて!」


 ギャルの悲鳴を聞いて反射的に身をかがめた。

 頭上を一瞬にして横切る敵の足。


「もう降参しようよ! このままじゃ死んじゃうって!」


 目に涙を浮かべながらギャルは訴えかけてきた。


「ダメだ! 俺は退けない。あいつには負けられない!」

「命よりもプライドが大事だって言うの⁉」

「そうだ! 俺はあいつを見返すために、ここへ来たんだ!」


 答えながら立ち上がり、ブタ人間を正面に捉える。


「あいつを、姉さんを、絶対に超えてやるんだぁぁあああああ‼」


 俺の雄叫びに、一瞬だけ敵がひるんだ。

 戦場では一瞬の隙が命取りだと、いつかの姉さんが話していた。


「うぉおおおおおお‼」


 もう剣を振り上げはしない。

 切っ先を敵の腹部に合わせ、突き刺した。

 グチャっと臓器に触れた感触が伝わる。


「ギィィィャァァァァァ!」


 ブタ人間の金切り声が洞窟内に響いた。

 反撃に備えて、身構える。

 だが、ブタ人間はそのまま後方へと走り去ってしまった。


 入れ替わるようにして現れる銀髪男。


「おめでとう。これで試験は終了だ」


 パチパチパチと、手を叩きながら男はそう告げた。


「あのモンスターは傷に弱くてね。ほんの少しでもダメージを与えれば、ああやってすぐに逃げていくのさ」


 その言葉を聞いてようやく警戒心を緩める。瞬間、体の力が抜け、地面に膝をついてしまう。


「秋十くん。素晴らしい戦いだったよ」


 銀髪男は俺と目線を合わせるよう屈み、話を続けた。


「君のお姉さんはあのブタ人間を一瞬にして殲滅した。入学初日からそんなことができたのは、この一〇年で彼女だけだ」


 この期に及んで姉の話か、と気が沈む。


「けれどね。戦闘不能になっても自力で立ち上がったのは、この一〇年間で君が初めてだった。僕は今、とてもワクワクしている」


 けれど彼の言葉は、姉の称賛ではなく、俺自身に向けられたものだった。


「本当の強者とは、絶望の淵で立ち上がれる人間のことを言う」


 先生は俺の髪をクシャッと撫でた。


「――君は必ず、姉を超えられる」


 先生の言葉に、耐えてきた一八年分の涙があふれ出した。

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5分で読める物語『冒険大学』 あお @aoaomidori

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