第十二章 嵐の後に
『出たよ、場所は――』
ミハエルが、緯度と経度とついでに深さまで踏まえ、詳細な位置をショウへと告げる。ショウがそれを受け、ちょっと待て、と一瞬だけ沈黙し。
『アキ、シュミット。お前たちのいる位置から南東の少し下に、昔の地下通路が通ってるはずだ。確か場所は――……』
そのままショウが正確な距離を告げ、瓦礫を爆破して穴をあけそこに転がり込めばあとは通って脱出できる、という。
『距離的にも爆弾二発ありゃいけると思う。……けど、こっちも崩落の可能性あるからな。タイミング合わせてもらう必要がある』
少し硬い声で、おそらく爆破した次の瞬間には崩落する、と言われた。
「ってことはつまり……爆破と同時に俺たちは、その爆風に向かって突っ込んでいかねえとだめなわけだな?」
『……ああ』
呆れた声で返してしまう。なかなかに無茶を言ってくれる。
『爆破設置箇所は……シミュレートできねえから、予想だ。一発勝負になる』
現在位置から、おおよそこの辺りと指示を聞いて。
『……悪かったな、巻き込んで』
……ためらいがちに、ショウが言った。
「うるせえ、俺は死亡フラグはたてねーぞ」
俺はシュミットと目で合図しながら、爆弾を……正確には、これから爆弾になる予定のものを取り出し、やや憮然として言う。爆弾は、安全性の問題から2パーツに分けた円柱型。二つを一本にはめて、つなげ、押し込んでストッパーを外し、遠隔スイッチで使う代物だ。遠隔の距離は最長でも10mほど。指向性があり、片方の先端側だけ強く吹っ飛ぶ仕様になっている。
と、そこで、シュミットが左手をほぼ動かせていないことに気づいた。
『……お前、運悪ぃもんなぁ』
「お前が良すぎんだよ」
軽口をたたきつつ、シュミットの肩を見る。脱臼しているらしい。
「ちょっと待て。―――入れるぞ」
「ぐっ……!」
引っかかりを外すように軽く引きつつ、肩を入れる。一瞬だけシュミットが顔をゆがめるが、すぐに確認するようにゆっくりと動かし、一つ頷いた。
『どうした?』
「シュミットが肩やってて入れたところだ」
『そうか……設置はできそうか?』
「問題ない」
通信の向こうで、ショウも同じように設置しているのだろう。少し多いノイズと、瓦礫の音が混じる。シュミットもすぐに自分の爆弾を取り出し、設置し始めた。
『―――こっちはオーケーだ。そっちは?』
「もう少し……オーケーだ」
シュミットが自分の爆弾を瓦礫の隙間に刺し、声をかける。
『こっちより、そっちのタイミングのがシビアだからな……行けるか?』
ショウが苦い口調で聞いてくるが。
「やるしかねーだろ。毎度毎度お前に付き合ってんだ、いい加減慣れてくるぜ」
俺はことさら軽く答えた。
向こうで苦笑する気配がする。
『悪かったな……――生きろよ』
「ったりめーだろ。何年お前とつるんでると思ってんだ」
20年近くも振り回されりゃ、慣れるってもんだ。
通信機の向こうで苦笑する気配がした。そのままショウが続けて指示を出してくる。
『カウントはミハエル、お前が頼む。こっちでやると誤差で微妙にずれるかもしれねーからな。
アキとシュミットは、爆破と同時に突っ込んで……そのまま地下通路に出ても、しばらく走り抜けた方がいい。爆破の影響で通路も多少、崩れるかもしれん。あと、多少の火傷は大目に見ろ』
「わかった」
『こっちもオーケー』
ミハエルからの返事を待って、ショウの方でも、いつでもいい、任せた、と準備が整ったことを伝えてくる。
シュミットと一瞬だけ視線を交わし、爆弾から少しだけ離れたところに二人で待機する。左足が少し痛んだが、気にしてはいられない。
姿勢は低く、いつでも走り出せるように。
『3カウントで行くよ。3……2……1……ファイエル!』
掛け声とともに点火ボタンを握りこみ、俺たちは轟音に向かって駆け出した。
「だからまだ帰りません」
『お前なっ……こっちだってもうギリギリだぞ、わかってんのか!?』
「だったら引退でも何でもしてやりますよ。無理なら適当に病気療養とか言っといてくれたらいいです」
『くっ……』
さらに二言三言お互いかわし、コルトさんとの毎度になったやり取りを今日も終わらせ、電話を終える。は、と小さくため息をついて引き返し、ロビーを抜けた。途中なじみの看護師さんに挨拶をし、日当たりのいい、少し広めの一室へ入る。
「―――おはよう、聖」
優しく、声をかけた。
あれから、三週間がたった。
爆破と同時に聖を抱えて外に飛び出した俺は、ヤードとマスコミに目を付けられる前にと、雨から聖をかばう様に走り抜け、エーリッヒが待機させていた車に転がり込むように乗り込んで、マスコミの制止をなぎ倒しヤードのチェックを跳ね飛ばし、急いで病院へと聖を搬送した。病院では自身も治療を受けろと強く言われたが、そんなことに構っていられる余裕もなく、祈るように彼女を託す。
ストレッチャーで手術室へと連れていかれる聖に、縋り付きたくなるのを必死でこらえ、奥歯をかみしめ耐える。できるのならば、自身で聖を救いたい思いもあったが、それはミハエルに止められたのだ。
「自分もそんな怪我してて! 今だって冷静な判断できてないでしょ! そんな状態で任せられない」
きっ、と鋭く睨まれて、そもそも今はできないでしょ。と冷静に言われた。
何をさして言われているのか思い当たることが多すぎて、押し黙る。
医者としてのスキルがあっても、技術があっても。
必要な時に使えなければ、無用の長物でしかない。今の俺では―――大切な人ひとり、助けられない。
震える手を小さく握り、無力さに打ちのめされた。
「―――僕が行く」
ミハエルがそう言って着替えるために、扉の向こうへ消えていくのを、黙ってみていることしかできなかった。
そのまま、どのくらいそうしていたのかはわからない。
「ショウ!」
声を掛けられながら肩をつかまれ、その衝撃で我に返った。振り返ればそこには、エーリッヒに連れられたアキとシュミットが、手当てを終えたらしく包帯が巻かれながらも五体満足で佇み、こちらを伺ってくる。俺は少し呆けたまま、何も言えずに彼らを見返すと、彼らは心配の滲む顔で手術室の扉を見つめた。
どうやら、二人とも一応無事だったらしい。
「―――……聖は?」
シュミットに聞かれ、俺も扉を見、まだ中だ、と小さく答えた。
「ミハエルが入った。―――任せるしかない」
ぐっ、とこぶしを握り、無力さをかみ殺す。
「―――では、まずはあなたも治療を。ここはミハエルに任せましょう」
エーリッヒがそういって、心配そうな表情を俺に向け、さあ、と促してくる。
その場にとどまりたい気持ちを抑え、ぐっと奥歯をかみしめたまま、小さく頷いた。その場にアキとシュミットを残し、治療を受ける。防護スーツのおかげでだいぶ、裂傷などは防げてはいたが、衝撃がすべて消せるわけでもない。やはり肋骨も少しやっていたし、何か所かはひどい打撲痕になっていた。
湿布を貼られ、バストバンドで胸囲を固定される。ここ二年の体調の割には、肋骨以外の骨が無事ならば、まだ軽傷だった方だろう。
そうして俺の治療が終わっても聖が出てくることはなく……数時間後、集中治療室へ移された彼女と、暗い顔をしたミハエルに対面した。
「――……手は、尽くした」
聖の容態は、芳しくなかった。
頭部の裂傷は頭蓋にまで響き、小さなひびを入れていた。不幸中の幸いだったのは、脳内出血や陥没といったところまでいっていなかったことだろう。手足や肩の傷はともかく、背中の火傷は広範囲で、一部はだいぶ深かった。失血量も多く、数秒ほどの心停止が一度あったらしい。なにより……意識が、戻らない。
なんとか今は持ち直したが、しばらくは安心できない、と彼は言う。話を聞きながら、足元からすべての生気が吸い取られているんじゃないかと思った。
火傷に関しては、数年前に熱傷と皮膚治療の新技術が確立されてはいたものの、治ったとしても痕や後遺症が残ってしまうかもしれない、と呟く。女性にとっては、辛いことだろう、と。
そうして一週間ほど、彼女は生死の境をさまよい続け、俺は彼女のそばからほとんど離れられなかった。
仕事の電話も、各所への連絡も、すべてを投げ出しただひたすら、彼女のそばで祈るだけの一週間は、時間の感覚がおかしくなってしまったんじゃないかというほどに長く。
ようやく容態が安定し、集中治療室を出て、病室へと移り……ここでようやく、俺も多少周りが見えるようになって、各所への連絡をはじめたりもした。この病院がミハエルの息がかかった病院だったことをしったのもこの時だ。
そのまま彼女は目覚めることはないものの、容態が急変するようなこともなく、ゆっくりと体は回復していき……そのまま――――あの件から、三週間が過ぎたのだ。
彼女の意識は、まだ戻らない。
眠り続ける聖のそば、いつもの定位置に腰かけて、そっと彼女の手に触れる。
「今日は、暑くなりそうだな……」
小さく、彼女に語り掛ける。暫くそうして彼女の手を握って……自分が落ち着くと、ようやく手を放すのだ。
毎日。夜間はさすがに病室に居られないため、朝から夜まで居座った後、一度ホテルへ戻りじれったい朝を待ち、また朝に来る。そうして夜の間の焦れた思いを、朝こうして落ち着けてやっと、少しだけ余裕を取り戻す。そこから、俺の一日が始まっていく。
ミハエルの口利きと融通で、少しだけ広く自由の利く部屋を当ててもらい、部屋の片隅の小さな机にPCを持ち込んで、いくつか外せない仕事を終わらせる。そのあとはただのんびり、本を読んだりゲームをしたり、聖に語り掛けたりして過ごしていた。
まるで世界から切り取られたような、ゆったりした時間だけが流れてゆく。
――――このまま。このままでも。
ほの昏い思いが、時たま胸を掠めていく。
それはだめだ、とすぐに振り払うが、どうしてもこの二年間を考えると……時々、思ってしまうのだ。
このままでいるなら……彼女は、俺の前から消えはしない、と。
もちろん、そんな生活が長く続くはずはない。昏睡状態のまま、健康を維持するなんて馬鹿なことはない。体だってまだ、治っているわけでもない。
笑顔が見たい。声が聴きたい。彼女ともう一度、くだらないことで笑いあいたい。もっとたくさん、話がしたい。
些細なことで怒られたり、かわいく拗ねたり、かわいらしい笑い声をあげたり、ほほを染め上目遣いで見られたり。生き生きとした彼女が好きだ。それに、嘘はない。
でも。それでも。
今この時だけは。
物言わぬ姿で、静かに眠り続ける、美しい彼女は。
他の、何者でもなく。
――――――俺だけの、聖だ。
「ん…………?」
仕事を終えて、聖の手を握りながら、本を読んで。
そうしているうちに、彼女の気配に安心して、少しうとうとしていたらしい。病室の外、廊下のやや奥の、少し騒がしい気配で目が覚めた。それは徐々に近づいてきているようで。
少しだけ、眉を顰める。嫌な感じはしないが……聞き覚えのある声な気がした。
誰だ……?
ミハエル達は事後処理の都合上、聖が病室に移った段階で一度ドイツへ戻っている。その後はメールと電話でやり取りしているが、来るという話は聞いていない。シュミットは残りたがっていたようだが、あいつは俺たち三人の中で一番の重傷だったため、エーリッヒが鬼の形相で連れ帰りそのまま現在は療養しているらしい。
一番軽傷だったのはアキで、唯一打撲のみで済んでいる。こちらも聖の容態が安定してから、望会いたさに日本に帰っていった。ただし、左腕と左足は少し重めの打撲のため、撮影に影響があり仕事は休んでいるらしい。
連絡を入れた中でこのタイミングで来そうな相手といえば、マネージャーのコルトさんくらいだが、朝の電話では日本にいた。時差を考えると、あの時あっちはほぼ深夜に近い。そこから飛んでくるのはさすがに無理だろう。
とすると……誰だ? レツか? でもそれなら連絡くらいは入れてくるよな……?
聖の手を握りしめ、そんなことを考えていたら。
「ショウ、無事か!?」
「ショウさん!」
病室に、飛び込むように入ってきたのは。
金髪の背の高い男と、黒髪の日本人らしい容姿の女性。
「……!? 親父……瑠璃さん……!?」
俺の実の父親と、義理の母。
―――予想外の人物だった。
「無事か……」
嫌になるほど似ている顔を、あからさまに安堵させ、親父はずかずか俺の前まで来ると。
ちら、と聖を一瞬だけ見た後、視線を俺に移し頭からつま先までをじろり、とゆっくり眺めてくる。
親父と俺は、身長も……今は俺の方が少し高いが、それほど変わらない。体格は元の俺と比べても親父の方がいいくらいで、ぱっと見インドア研究員には見えないかもしれない。髪の色はほぼ同じで、瞳の色は親父の方がやや薄い青。言いたくはないが、顔立ちに関しては俺たちはとても良く似ている。俺もきっと年を取ったらこんな顔になるんだろうな、と嫌でも思うほどには、血のつながりを感じてしまう。
一緒に入ってきた瑠璃さんは、黒髪を肩のあたりで切りそろえ、黒い瞳に標準的な日本人女性くらいの身長の、活動的な印象を受ける日本人然とした容姿の方で、親父の後妻で俺の義理の母に当たる。ただし、俺たちは共に暮らした経験はない。たまにしか顔を合わせないのもあり、俺は彼女のことをあまりよく知らなかった。
そもそも、俺と親父は、あまり仲が良くはない。―――というか、俺が親父を、苦手にしている。そのせいもあって、親父の再婚のタイミングで俺が家を出てからこれまで、あまり実家には寄り付かなかった。
疎遠というほどではなかったつもりだが……そういえばここ二年は、ろくに連絡もしていなかった気がする。
まさかこんなところに来るなんて、思っていなかった。
「……なんでここに?」
じろ、と座ったままで親父を見上げる。俺は、親父に連絡を入れた覚えはない。
親父は一度口を開き……何かを言いかけたが、そのまま深いため息をついた。代わりに、同じように近づいてきた瑠璃さんが親父の横に立って、れっちゃんに聞いたのよ、と教えてくれる。
「どうせ連絡入れてないだろうから、って気を利かせてくれたの。話を聞いて驚いたわ……まさかあの爆発事件に巻き込まれてたなんて……」
「―――どうせお前のことだから、自分から飛び込んでいったんだろう」
瑠璃さんの言葉に、親父がじろり、と睨んでくる。ぎゅっと聖の手を握ったまま、俺も親父を睨み返した。
「あんたには関係ないだろ。……俺は、あんたみたいにはなれない」
聖を見る。……俺は、聖以外の誰かを。同じように愛していけるとは思えない。
「……何があった」
低い声で、親父が言った。俺は答えない。
この二年の話も、その前の聖と同棲する時も……親父たちには、なにも話していなかった。俺から大事な話として比較的近いところで唯一話していたのは、日本をベースに決めるからと、家を建てる話をしたときくらいだ。それももう、数年は前になる。
正直、どこから話していいかもわからなかった。そのくらい、俺はこの人たちとの付き合い方がわからないでいる。
しばらくそのまま、顔も見ずに黙していたら、やがて親父がその辺の椅子を二つ適当にひっつかんで引き寄せると、俺のそばにドカッと座った。少し頭を抱え、深い、それは深いため息をつく。
「ったく……強情なところは俺と変わらん」
呆れたように呟かれ、そのまま瑠璃さんにも座るように言い。
「仕事はしてるようだったし、コルトや深町からもNASAからも、多少は話が入ってきてたからな。俺も口はださなかったが」
親父はそういって、真剣な目つきで俺を見やる。
「詳しい話はしらん。お前がどうしてたかや、事情なんぞはきいていない。だけどな。
―――お前は、俺の息子だ。子供を心配しない親がどこにいる」
驚き……反射的に、親父の顔を見た。
とても真剣な。
……そして、少しだけ、寂しそうな瞳をしたその顔を。
正直、意外だった。この人がそんなことを思っているとは考えていなかった。
―――あの時。母さんが死んだあの日から、この人はもう俺には興味がないのだと、思っていたから。
幼少のころに、母が死んだ。父と同じ研究員だった母は、ある実験のミスで爆発に巻き込まれ……そのまま、命を落とした。俺も当時は両親について、よく研究所にも出入りしていたから、その日も一緒に行っていた。
そして……その時の爆破から俺は母に庇われ、俺は生き残り……母は死んだ。
よくある話だ。
それまでの俺は両親に、比較的愛されて育った方だと思う。そしておそらくそれ以上に……父は、母のことを愛していた。
子供心にも嫌になるほど、仲が良かった二人だ。失った反動は……今ならば、少し、理解もできる。
父はその後、なにかにとりつかれたかのように仕事にのめりこみ……俺のことを、避けるようになった。
いや、避けていたのかという、本当のところはわからない。その事実を忘れたいがために仕事に打ち込んでいただけなのかもしれない。しかし当時の俺はそんなことわからずにいるただのガキで。
ただ子供心に、母さんを殺したから嫌われたのだ、と思った。
俺を庇わなければ。俺が研究所に行っていなければ。
母は生きていたかもしれない、と。
そう思ってしまうと、こちらからもどういう態度で父に接していいのかわからなかった。
――――当時は。母のことも、父のことも。
大好きだった。
そんな大好きだった母を失い……同じく慕っていた父からも手を離され、ああ、これから俺は独りなんだな、と実感した。当然だ。母の命を奪った自分は、そうなっても仕方ない。―――当時は本当に、そう思っていた。
それならばだれにも頼らずに、生きていけるようにならなければいけない、と。そんな思いを抱いたまま、俺は俺で……おそらく、寂しさを紛らわせたかったのかもしれないが……興味のあることにひたすらのめりこんでいった。そういう意味でも俺と父は、とてもよく似ていたのだろう。
学業絡みで色々あったときも、論文やプログラムつながりで色々な仕事を手掛けるようになった時も、芸能活動を始めたときも。どんな状況でも親父は特に何も言ってこなかったし、その後口を出してくるようなこともなかった。
そうして距離の縮め方もわからぬまま数年が過ぎ。
親父の再婚の話が持ち上がった。俺が11歳の頃の話だ。
……正直、なんだそれ、と思った。母のことを愛していたからこその態度だったんじゃないのか、と。この数年間はなんだったのかと。
頭ではわかっていた。親父の人生は親父のものだ。自分が決めたことなら、俺が口を出す問題でもない。俺の知らないところで、何か色々、あったのだろうとも。
反対するほど子供でもないつもりだった。別に相手が……瑠璃さんが、悪いわけでもない。そこは笑顔で祝福をした。
しかし、処理しきれなかった感情があったのも事実で、大好きだった母を忘れるのかという憤りなのか、大好きだった父を取られたからなのか、その辺はよくわからない。ただその時ふと、単純に父は自分に興味がなかったのではないか、と思い当たり……そうして俺はそこから結局、今に至っても、この人たちにどういう態度で接すればいいか、はかりかねている。
「―――あんたは……俺に、関心がないんじゃなかったのか」
はかりかね、そう、静かに。呟くように言った。親父がぐっ、と押し黙り、目を見開いていくのがわかる。隣の瑠璃さんまで、息をのんで固まった。
長い沈黙。暫くして、親父が小さく息をつきつつ、眉間にしわを寄せ、一度目を閉じ。
「――――すまなかった」
呻くように呟かれた言葉と、ゆっくりと開かれた目には、強い後悔が滲んでいた。
「……今更、昔の話を持ち出す気もない。何を言っても言い訳だろう。だが……」
アイスブルーの瞳が、俺をしっかりと捉え。
「忘れたことはない。……息子を心配しない理由もない。お前がどう思っていようが、お前は俺の息子だし、俺はお前の父親だ。気にするに決まっているだろう」
ふっと表情を緩めると、親父は、記憶と変わらない大きな手で。
俺の頭をくしゃり、と一度撫でたのだった。
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