胎児
春香
帝王切開
「あっ、蹴ったっ」
大きく膨らんだお腹をさすりながら、妻の凪(なぎ)はほほえむ。
「もうだいぶ大きくなったねぇ、生まれるのが楽しみで仕方ないよっ!」
「もうすぐでパパとママにあえるからねぇ、ふふっ」
ぼくたちは、待望の第一子を妻のお腹に授かっている。出産予定日はいまから1ヶ月後。
自分の両親もはやく孫の顔がみたいと、まだかまだかとしつこく聞いてくる。
生まれてくるのは女の子と判明して、2人で既に名前は決めてある。
「千歳(ちとせ)」だ。
「ほらぁ、ちとせっ、ぱぱだぞぉ」
凪のお腹をさすりながら、お腹の中にいる娘に話しかける。
「あなたはちゃんと良いパパになれるのかしらねぇ?」
凪が笑みを浮かべながら小馬鹿にするようにいってきた。
「あたりまえですよ!一緒にたくさん遊ぶんですから!歩けるようになったらおにごっことか、かくれんぼなんかしたいなっ」
「それいいねぇ」
娘が生まれてくる日を想像しながら、ぼくたちは会話に花を咲かせていた。
凪がおかしくなったのは、たぶんこの後からだったと思う。
朝起きで寝坊なんてしたことがなかった凪が、最近になってアラームに気づく様子がない。
疲れているだろうと思い寝かせてあげる。
家事をしている時も、なんだかずっと空をみつめている。
「なぎー、大丈夫かー?」
「……」
「なぎー?」
「あっ、はい!ど、どうしたの?」
「いや、ずーっとぼんやりしてたぞ?疲れてるのか?」
「あ、ごめんなさい…、つかれてるのかなぁ?」
「休んだ方がいいんじゃないのか?
「いや!大丈夫だよ!ちょっとぼーっとしちゃってただけだとおもうから!」
「そうならいいけど…」
この時のぼくは、妊婦さんならこーゆーこともあるのかな?と言うふうに軽く考えていた。
しかし、これからなぎはどんどんおかしくなっていった。
夜、何かの音で目を覚めると、時計は2時を示している。横に寝てたはずの凪がいなくなっている。
「あれ、なぎ?なんの音だ?これ」
とりあえず音が鳴っているリビングの方へ向かう。
リビングでは、なぎが砂嵐のチャンネルを流したテレビを目を見開いて眺めて、なにがぶつぶつといっていた。
なんと言っているかまでは聞き取れなかった。
「なぎ!なにしてんだよ!」
ぼくはリビングの電気をつけ、テレビの電源を切る。
テレビを切ってもなお、なぎの様子はかわらなかった。ぼくはなぎの肩を揺すりながら言う。
「なぎ!おい!」
「あっ…、あなた」
すごく驚いた表情をしているなぎ。
「え、あたし」
「やっばおまえおかしいぞ??」
なぎはまだ状況を理解していないようだ。
この日は、自分がみた凪の行動を本人に伝え、ベッドに戻り目を閉じた。
この日のあとも、なぎの奇行はとまらなかった。
皿洗いをしていたと思ったら、一点を見つめながら、包丁を振り下ろしていた時があった。
テレビを見ていたと思ったら、膨らんだ自分のお腹をひたすら殴っている時もあった。
なぎに自分の見たことを話しても、本人は一切記憶がないらしい。
「わたし…そんなこと…」
といって泣いてばかりいた。
凪を精神科に連れて行こうとしたが、凪は絶対にいきたくないようだ。
こんな日々が続き、出産日がだんだんと近づいてきた頃。
土曜日のお昼時にテレビをみていると、凪が突然口を開いた。
「あなた、ちとせがうまれて、歩けるようになった時のために遊びの練習をしましょっ」
「遊びの練習?」
「あたしとあなたでかくれんぼしましょっ」
「ほぉ。」
2人でかくれんぼやるというのもおかしな話だが、まぁ娘のためだ。
なぎの言うことに付き合うことにした。
「私が隠れれば、ちとせも一緒にかくれてることになるからねっ」
「なるほど」
なかなか面白いことを言うものだと感心した。
「じゃあ、隠れてっ」
「ちとせー、かくれるよっ」
お腹にいる娘に話しかけるようにお腹に手を添える。
久々にはしゃいでるなぎをみて、すこし嬉しくなった。
「あっ、ちゃんと目と耳をふさいでね!」
「わかってますよぉ」
家の中という狭い範囲だからか、耳も塞ぐよう要求してくる。
「じゃあ、かぞえるよっ。いーち、にーい、さーん、しーい、ごーお、ろーく、しーち、はーち、きゅーう、じゅう!さっ!なぎとちとせをみつけるぞぉ!」
家の中だから、探すところは限られている。
まずはお風呂場を探す。浴槽は蓋が閉められているが、さすがにこの中には入れないと思いお風呂場を後にした。
「さあぁ、どこかなぁ?」
わざとらしく大きな声でそう言いながら探す。
トイレの扉も開けてみるが、ここにもいない。
「なかなかみつからないなぁ」
次に寝室に入る。入る瞬間、すこし生臭さを感じたが、気にせずに中に入る。
ベットの裏に、なぎの特徴的な茶髪が目に入る。
「なぎとちとせみっけ!!」
「あちゃ~、見つかっちゃったかぁ。でもちとせはまだ見つかってないよっ」
「え?いや、だってなぎのおなかにいるんだから。」
「だから、いないんだって」
そういって、なぎはベットの裏から立ち上がる。
目を疑った。
なぎの片手には包丁が握られており、お腹は真横にぱっくりと裂けていて、大量の血が垂れていた。
「え…なぎ…?」
「ねっ、ちとせはもうお腹の中にはいなくて、どこかに隠れてるんだよっ」
「なにいってんだよ…」
ぼくは、ふとあることに気づきお風呂場に走り出す。
お風呂場の扉を勢いよくあけ、浴槽の蓋を恐る恐るあける。
「あぁぁ…」
浴槽の中には、人の形をした真っ赤な物体が転がっていた。
「あらっ、ちとせちゃん見つかっちゃったねっ」
胎児 春香 @haruka023
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