かくれんぼ。
春香
かくれんぼ
「ただいま!いってきます!」
小学校が終わったら、先生の話も聞かず猛ダッシュで家に帰る。
ランドセルを放り投げるようにして、すぐに家を出て、公園に行けばいつだってトラちゃんとその仲間たちがいる。
トラちゃんとは、小さい頃からの幼なじみで親友だ。
本名は竹内一虎で、虎っていう漢字があるからってだけでトラちゃんて呼ばれてる。
「こうたきたぞ!はやくこいよっ!!」
公園に着くなり、トラちゃんに指さされながら言われた。
僕は山田康太だから、こうたって呼ばれてる。
「ごめーん、待たせちゃった?」
「おせーじゃねぇかよぉ、時間なくなっちまうよ」
ほかの友達も口々に遅いぞと言う。
「ごめんごめんー」
「よしゃ、じゃあやるか!」
「うん!」
僕達の間では最近、ある遊びがブームになっている。
『かくれんぼ』だ。
ほとんど毎日のように、公園に集まってはかくれんぼをするのだが、トラちゃんは隠れるのが飛び抜けてうまい。僕が隠れてもすぐに見つかってしまうのに、トラちゃんだけは終わりの合図の17時のチャイムが鳴り響くまで隠れ続けている。
「おっ、今日もかくれんぼか!おれも若い頃はよくやったもんだよ!おじちゃんも混ぜてくれ!」
笑いながら顔を突っ込んできたのはこの公園を管理しているおじさんだ。
ぼくたちはいつもこの公園に集まるから、顔を覚えられている。
「おじさんは大人だからだめだよっ」
ぼくも笑いながらそう返す。
「だめかぁ、いつかはおじちゃんも混ぜてくれよなぁ。あ、わかっていると思うけど、あの小屋には入っちゃだめだぞぉ?おじちゃんが木を切ったりするときに使うものがはいっているからあぶないからな」
おじちゃんが公園の端にある小さな小屋を指さしながら言う。
「わかってるってばっ」
「そうかっ!邪魔してごめんな!」
おじさんはそう言いながら遊具の点検を再開した。
「よしゃ!今日もおれは隠れる!こうたは遅かったから鬼な!今日も秘密の場所にかくれてやる!」
トラちゃんが今まで見つからなかったのは、秘密の場所という隠れ場所を見つけたらしい。
親友の僕ですら教えてもらった事がなく、どこなのかはさっぱり検討がつかない。
遅く来たこともあり、僕は鬼にされてしまった。
「わかったよぉ、ほらみんなかくれてっ」
ぼくがしゃがんで目を塞ぐと同時にトラちゃんを含む5人の友達が一斉に隠れ場所を求めて走り出す。
「じゃあかぞえるよ!!いーち!にーい!」
僕たちのルールで鬼は60秒かぞえてから探すことになっている。
「じゅーいち!じゅーに!」
「みるなよー!ぜったいだぞー!」
「みてないよぉ!」
僕がちゃんと数えてるのに、トラちゃん達はからかうように言ってくる。
「さんじゅーいち!さんじゅーに!」
30秒程たつと、みんな隠れ場所を見つけたのか、静かになってくる。
「ごーじゅーはち!ごーじゅきゅー!ろくじゅー!!」
数え終えた僕は、サッと立ち上がり辺りを見渡す。
目を瞑る前となんら変わらない風景がそこには広がる。
軽く見ただけではわからないが、この公園に隠れる場所はそれほど多くはないから、みんなを探し出すのはそう難しいことではない。
「みつけた!」
木の裏に隠れていた1人を見つけた。他に良いところがなかったのか、身を細くして隠れていた。
「うわー、みつかった」
「そこだとすぐにみつけれるよ」
ぼくは少し小馬鹿にしながら言った。
ほかの友達もすぐに見つけることができた。
トラちゃんを除いて。
「あとトラちゃんだけだぞ!」
「いやー、どうせトラちゃんは今日もみつけられないでしょぉ」
トラちゃんが最後の1人になるのは毎度のことだから、皆口々にトラちゃんは見つけられないという。
「いやぁ、そうだけどさぁ」
見つけられないのはわかっているが、だからこそ自分の力でトラちゃんを見つけたいと思っている。
「探してくる」
捕まえた友達をベンチに座らせて、最後の1人のトラちゃんを探しに行く。
全部の木の裏を見た。
遊具の隙間だってちゃんと見た。
トイレの個室まで、見落とさぬようにさがした。
公園をすみずみまで探し回ったが、やはりトラちゃんは見つからない。
しかし、1箇所だけ探していない場所がある。
公園を管理しているおじさんが、木を切ったりする時に使う道具などが入ってると教えられた小屋だ。考えられるならもうそこしかない。
しかし、おじさんに入っちゃだめといわれているし、ぼくたちのルールでもその小屋は入っちゃだめというようにしている。
「ここしか思いつかないけどな…トラちゃぁん!?いるのー!?」
ルールで禁止しているからいないとは思うが、念のため名前を呼ぶ。
もちろん返事はない。
小屋には小さな窓が2つあるが、小学生のぼくだととてもじゃないが覗けない高さにある。
しかしその窓が少しだけ開いていた。どうにかその隙間から中を覗こうと必死に飛び跳ねる。
しかし、到底届かない。
何度か飛び跳ね、顔を窓に近づけていくうちに、ぼくは声を上げた。
「うわっ!くせぇ!」
ほんの一瞬だが、窓に顔が近づいた途端、今まで嗅いだことのない激臭が鼻を刺激した。
あまりの臭さに走ってその場を離れた。
結局、その後もトラちゃんを見つけることはできず、17時を知らせるチャイムが鳴り響く。
どこにかくれていたのか、トラちゃんがひょっこり姿を現す。
「いぇーい!また見つからなかったぜ!もぉ、いつおれのことをみつけてくれるんだよぉ」
勝ち誇ったような顔でトラちゃんは言ってくる。
「トラちゃん、どこにかくれてるのさぁ、公園中探したのにどこにもいなかったよ。あの禁止してる小屋には入ってないよね??」
そこにトラちゃんが隠れることはないとわかっていながらも冗談混じりに聞いてみる。
するとトラちゃんはすこし顔を引きつらせながら
「そんなわけねぇじゃん!そんなずりぃことしねぇよ!」
ぼくの発言が気に食わなかったのか、すこし体を近づけて圧をかけてきた。
そして、トラちゃんの体がぼくに軽くぶつかったとき、トラちゃんの服から嫌な匂いがした。
ひどい匂いだったが、これ以上トラちゃんを怒らせたら面倒だとおもい我慢した。
「そうだよねっ、ごめんごめんっ」
深掘りせず素直に謝ると、トラちゃんも機嫌を戻し
「やっぱおれにかくれんぼで勝てるやついねんじゃねぇのぉ!?」
と誇らしげに言ってきた。その日は時間も17時を過ぎていたのでその場で解散した。
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
キッチンからお母さんの声がする。
リビングに行くと、テーブルの上にはもうご飯が用意されている。
「うおお!親子丼じゃん!」
お母さんの作る親子丼は僕の大好物だ。
「ほらあ、手洗ったのー?」
「今から洗おうと思ってたのー」
急いで手を洗う。
濡れた手をタオルで拭いたらすぐに椅子に座る。
「いただきます!」
「いただきまーす」
お母さんと一緒にいただきますを言う。
やっぱりお母さんの親子丼は最高においしい。
僕が食べるのに夢中になっている間に、お母さんはテレビをつけた。
何度かチャンネルを変えて、ニュース番組を見ることにしたらしい。
アナウンサーが今日の出来事などを淡々と告げてゆく。
最後には、最近話題になっている5人の女性が行方不明になっている事件を報道した。
「まだ犯人見つかっていないそうね。こわいねぇ。こうちゃんわかってると思うけど、5時のチャイムが鳴ったら遊びの途中でも帰ってくるのよ」
「わかってるよぉ」
お母さんが箸を動かしながら言う。
行方不明になっている女性はみな、この地域の人らしい。
そのため、お母さんには5時のチャイムが鳴って、暗くならないうちに帰るようにきつく言われている。
「ごちそうさまぁ」
明日も学校だったから、この日はご飯を食べ終わったらお風呂に入りすぐに寝た。
今日もいつもと変わらず学校に行く。
学校ではトラちゃんが昨日のかくれんぼで見つからなかったという自慢をしてくる。
「ほんとに、いつになったらおれを見つけてくれるのか退屈すぎるぜぇ」
「トラちゃん隠れるのじょうずすぎるよぉ。どこに隠れてるのか教えてよぉ」
「絶対に教えてやんねー。おれだけの最強の場所だからなっ!てか、今日も帰ったらいつもの公園でかくれんぼな!今日も隠れ切ってやるよ!」
「はぁい」
他の友達も誘って、今日もかくれんぼをすることが決定した。
ランドセルを放り投げてすぐに家を出る。
公園に行くと、もうみんなは集まっている。
昨日と同じぼくを含めた6人。
「こうたきたぞっ!はやくやろうぜ!今日も遅かったからこうた鬼な!」
「わかったよぉ」
今日はおじさんの姿はない。
ぼくは鬼になったので、目を伏せて数え始める。
いつものようにぼく以外の5人が一斉に走り出す。
「いーち!にーい!さーん!」
20まで数えたところで、トラちゃん以外の4人がぼくのもとへ戻ってくる。
「こうた、トラちゃん隠れたよ」
「よし、おっけい」
今日ぼくは、トラちゃん以外のかくれんぼのメンバーとこんな会話をしていた。
「ねえ、今日トラちゃんが隠れる場所こっそりみようよ」
「うん、いつまでたっても見つけられないからね」
ずるいことはだめだと反対されるかとも思ったが、みんなトラちゃんが隠れている場所が気になっているのかすんなりと受け入れた。
トラちゃんは隠れる気が満々だから、隠れる側の人が散らばるふりをして、こっそりトラちゃんの行く場所をみておく。それを鬼に伝える。
これでトラちゃんのいう最強の場所を知ろうと計画した。
作戦通り、他のメンバーはトラちゃんの行動をこっそりとみて、ぼくに伝えに来た。
「こうた、やっぱりトラちゃんはあの禁止してる小屋に入っていったよ」
友達は不満そうな顔をして言う。
ぼくは頷きながら、トラちゃんに疑われないよう、また数え始める。
「さんじゅーいち!さんじゅーに!」
他の友達は近くに隠れているふりをする。
「ごじゅーなな!ごじゅーはち!ごじゅーきゅう!ろくじゅー!」
小屋に隠れているトラちゃんにも伝わるよう大きな声でいう。
立ち上がり、周りで待っていた友達を集める。
全員あつまったところで、トラちゃんの隠れている小屋に向かう。
小屋の前まできた。
相変わらず扉は閉まっているため、横の窓に近づく。
やはり窓は少し空いている。
ほかの友達はすこしはなれた木の裏にかくれて、顔をだしてこちらを見ている。
ぼくは窓の中にむかって声をかける。
「トラちゃんいるでしょぉ!」
返答はない。
周りの友達と目をあわせて頷く。もう一度窓に向かって問いかける。
「トラちゃんわかってるんだよ!」
やはり返答はなく、窓の中には静寂があるだけだった。
もう一度友達のほうを向く。
さっきのように頷きあう。
ぼくは、すこし空いている窓から中に入ることを決心する。
ふちに手をかけ、よじ登る。頭から中に入る。
「うわ!くせ!」
前に感じたのと同じ、ひどい臭いが鼻を刺激した。
それでも我慢しながら中の様子を見る。
中は真っ暗で、窓から指し込む光が一か所を照らしているだけだった。
腰らへんまで入ったところで周りを見ようとして勢い余り、中におちてしまった。
「いってぇ!」
背中に鈍い痛みが走る。
中にはいるとくさい臭いはより強くなる。
痛みを耐えながらも暗闇に目を凝らす。
すこしずつ目が慣れてくる。
なにか大きくて、灰色の物体のようなものが見えてくる。
もう少し目を凝らしてみる。
そのとき恐ろしいものが視界に入った。
「うあああああああああ!!!」
大きな声をあげて後ずさりした。
頭にふさふさしたものがあたる。
「ひっ…」
恐る恐る振り返ると、真っ黒なものが揺れていた。
「ああ!」
また声を上げる。
その時、横から声をかけられた。
「おい」
「いやだあああ!」
突然のことにパニックになり、声の方向に腕を振り回す。
「おい、おい、どうしたんだよ。」
「え…」
恐る恐る目を向けると、そこには不満そうな顔をしたトラちゃんがいた。
「トラちゃん…」
「ちぇー、なんだよ、この場所わかったのかよ。」
「え…トラちゃん…これって…」
ぼくは大きな灰色をした物体を指さしながらトラちゃんに問いかけた。
「え、なにって。人の、人形か模型だろ?」
「ちがうよ…」
「は…?」
タケちゃんは顔を真っ青にして、その物体に近づく。
「いや…だってほら…目閉じたまんまだろ…」
そういいながら、人形と言い張る物の目に手を伸ばし、まぶたを上に持ち上げる。
てろんと、なにか丸いものが目から出てきた。
トラちゃんは目を大きく見開いて、手を振るわせていた。
「ほら…それ…人だよ…」
ぼくは、目に涙を浮かべながら震えた声で言った。
「みんな…みんなを呼ばないと…。みんな!みんなぁ!!!」
トラちゃんも目に涙を浮かべながら、必死に叫ぶ。
しかし、だれからも返答はない。
「みんな!!みんなぁぁ!!!」
ぼくも必死に叫ぶ。
しかし返答はない。世界から誰もいなくなってしまったような静寂だけが返ってくる。
腰ぬかし、その場から動けずにいた。
ガチャ。
ドアのかぎが外れる音がした。
ぼくとトラちゃんは静かに音のほうへ目を向ける。
一気に小屋の中に光が差し込む。
周りには、腐った女性の死体が数体転がる。
ぼくたちは少し笑顔になる。
「おじさ…」
ぼくたちの笑顔は消える。
おじさんは黒い歯をみせ、にんまりわらう。
「みーーーーーーーーーつけた」
17時時のチャイムが鳴り響く。
かくれんぼ。 春香 @haruka023
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