第14話 再生

たくさん泣いたあと、そのまま泣きつかれて寝てしまっていた。

ふぅ…といったん落ち着かせてから、母が机に置いていったものを確認した。

それは、まえに母が引っ張り出してきた、そらちゃんと神栖の海に行ったときのDVDだった。


軽く裏面に目を通してみてから、テレビにDVDをセットし、再生した。


最初には、波の音が聞こえたり、母と青井さんの会話がしたりと前と同じ様子がしばらく続く。

ぼくとそらちゃんの動きに意識を集中させる。


よく見ると、ぼくは少し楽しそうに体を揺らしながらそらちゃんの後を追っていく。

しばらく海に向かって二人で歩いていくと、そらちゃんの足がピタッと止まった。

それに合わせて、ぼくの足も止まる。

そらちゃんが止まった理由が理解できないのか、ぼくは不思議そうな顔でそらちゃんの顔を見上げているのがかろうじて分かった。

その状態がしばらく続いた。


ぼくに対して、そらちゃんがなにか言っているようにも見えたが、すこし遠くにいるため何を言っているかまでは分からなかった。


しかし、この状況にどこか覚えがあった。

どこかでこの状況をみたような。経験したような。

必死に頭の記憶を掘り下げる。


そのとき、とあることに酷似していることがわかった。


「夢だ…!」


それは夢でみたその時のままだった。

そらちゃんの立ち位置、ぼくの視点。

間違いがなかった。


これが夢で見た状況と同じ状況なら、このときそらちゃんはあることを言っているはず。


「きみと水平線を歩けたらな…」


鳥肌が止まらなった。

だんだんといろいろなことが繋がってきているような気がした。


しかし、なぜこの時そらちゃんが、まだ小さなぼくにこのようなことをいったのかはどれだけ考えても分からなかった。


「ここの海にいけばなにか分かるのか…?」


ぼくとそらちゃんの間で生まれた疑問も、ここの海にいけばすべてわかる気がした。

ぼくの忘れているはずの大事なことも、この海にいけば。


この時改めて、そらちゃんと二人でちゃんとこの海に行こうと心に決めた。

そらちゃんが図書館にいなくても。そらちゃんがこの世にいなくても。


このあとは、体調を少しでも良くしようと、しっかりと睡眠をとり回復に徹したところで明日を迎えることにした。





アラームがなる寸前で目を覚ました。

昨日の倦怠感はすっかりと無くなっており、熱も平熱まで下がってた。

カーテンを開くと、差し込む日差しがまぶしかった。

時間を確認すると、九時までにはまだ余裕がありそうだった。

リビングに降りてくと、母が声をかけてきた。


「あら、もう大丈夫なの?」

「うん、もう大丈夫」

「ならよかった」


歯磨きなどをすませ、自室に戻る。

家を出る前に、神栖の海までの経路を調べておく。


家を出る直前に、母に声をかけられた。


「気をつけて行ってらっしゃいね」

「うん、行ってきます」


ドアを開け、外にでると晴れの日に外出するのが久しぶりに感じた。

そらちゃんのことだけを考え、歩き出す。

もうしばらく会っていなかった。


最初はなんて声をかけようかな。

ぼくが昨日来なかったこと怒るかな。


色んなことを考えていたら図書館へはあっという間に到着した。


そらちゃんの姿は見当たらなかったが、まだ集合時間の九時にはなっていない。


すぐに九時になった。

結局そらちゃんは来なかった。


もしかしたら、遅れてくるかもしれないと思い図書館の中で本を読んで待つことにする。


いつものお気に入りの席に座る前に、ないと分かっていながらも"思い出の海"がないか探してしまう。

もちろんあるはずがなかった。


適当な本を手に取り、表紙を開く。

前までのように、時間を忘れて本をよんでいれば気づいた頃にはそらちゃんが来ているなんて妄想をしながら。


百ページ読んだら、周りを見渡してみる。

そらちゃんはいない。


二百ページ読んで、周りを見渡してみる。

そらちゃんはいない。


だんだんと周りに人が増えてくる。

時間は気にしていなくて見ていなかったが、ここにきてから一時間ほどが経ったような感覚だった。

まだ閉館までには時間はある。


本の中間くらいのページになっても、そらちゃんがくる様子は一切ない。


結局、そらちゃんがこないまま本を読み終えてしまった。

本を本棚へと戻し、新しい本を取り出しまた読み始める。


そんなことを繰り返しているうちに、周りの人がだんだんと減っていき、閉館時間が近づいているのだと分かった。


読んでいた本が終盤に近付いたころ、声をかけられた。


「お客様、閉館時間が近づいておりますので、よろしくお願いします」


時間を確認すると、閉館の数分前だった。


「はい…わかりました…」


司書は軽く頭を下げて戻っていった。

読んでいた本を閉じ、本棚へ戻す。


荷物をまとめて、出口へと向かった。

自動ドアが開くと、温かい風が体をなでる。


少し歩いたところで足を止め、空を見上げる。


「そらちゃん…どこにいるんだ…まだ伝えたいことがたくさんあるのに…」


ぼくの声は、大空に消えていく。




家に帰ると、ちょうど母と鉢合わせした


「あら、お帰りなさい」

「ただいま」


母はこれ以上はなにも言ってこなかった。

自室にもどり、荷物をおいた。

風呂などを済ませたら、すぐにベットに寝転がる。


短期間でいろいろなことがあり、複雑な気持ちを抱えたまま眠りにつく。





波の音が聞こえている。

目の前に、そらちゃんが立っていた。


「ただ…私のことを忘れてほしくなかったの…ずっとまってるよ」





目が覚めたのは午前の二時だった。

そらちゃんは、夢を通してぼくに何かを伝えているんだと、そう思った。


「そらちゃんが…待ってる…」


到底外に出る時間ではなかったが、なぜかそわそわして落ち着かなかった。



パジャマの上に軽く上着だけ羽織って外に出た。

親はもちろん寝静まっていた。

外は、夏の為寒くはなく涼しい程度だった。

のんびりと空を見上げながら歩く。


もうこの時間に外出している人はほとんどいないため、街は静まり返っていてたまに車が横を通るくらいだった。


いつもよりも少し時間をかけて図書館に到着した。

ぼくが無心でいたせいなのか、はじめは図書館の前に人影があるのに気づかなかった。


「あれ…だれかいる…」


暗くて顔はほとんど見えなかったが、女性というのは分かった。

もしかしたらそらちゃんなのかとも思ったが、すこし背丈が高く、髪も短めだったので違うだろう。


すこし様子をうかがっていると、向こう側もぼくのことに気づいたようだ。

気づいてから少し間を開け、こちらに近づいてきた。


顔が認識できるようになってから、向こうが頭を下げてきた。

ぼくもあわてて頭を下げる。


「いつも、ここにいらっしゃいましたよね」


その女性は、普段よく会う司書の女性だった。


「あ…はい…ぼくのこと認知してたんですね…」


女性はふふっと笑う。


「いつも決まった席に座ってましたから」


ぼくが固定の席を好んで利用していることが知られて少し恥ずかしく思った。


「今日はどうしたの?もちろんこの時間には図書館はあいてないわよ」


女性は冗談めかして言う。


「あぁ…少し落ち着かなくて、散歩です」

「散歩かぁ、なんかいいねぇ」


女性はにっこりと笑う。


「司書さんは…どうしてこんな時間に?」


司書といえど、この時間まで仕事をしているということはないだろう。

女性は、すこし間を開けてから空を見上げて言った。


「私、妹がいるの」

「妹さん…ですか」

「そう。ひとつ年下の妹でね、姉の私からみてもすごいかわいい子でね」

「なるほど」


女性は気づいたら少し寂しげな顔をしていた。


「自慢の妹だったんだけどね」

「妹だった…?」

「もう七年も前に突然亡くなっちゃってね」


息をのんだ。


「そう…だったんですか…」

「そうなの、妹が亡くなった日には私はもう就職しててね。東京にはいなかったの。」


ぼくはなかなか言葉が出てこなかった。


「その妹が、ここの図書館で本を読むのがすごい好きだったの。だからね、たまにこうやってここにきてあの子を思い出すんだ」

「そうだったんですね…」


ぼくは、少し重くなってしまった空気を変えようと、話をどうにか切り替えようとした。


「すみません…話変わるんですけど…司書さんは…いつから…何年前からここで?」

「いつからか…んー…六年くらいかな?」

「そんなに長く…」

「ほんとは違うところで関係ない仕事してたんだけどね、妹が亡くなってから、すぐに仕事辞めてこっちに戻ってきたの」


この時、女性が長くここで司書をしていると知りひとつ、ずっと気になっていることを聞くことにした。


「あの…ひとつ聞いてもいいですか?」

「ええ、もちろんよ」

「あの、ぼくここの図書館で一冊の本を探してて」

「あら、そーゆーことなら私は何でも知ってるわよっ、なんていうタイトルの本?」


もしかしたらこの人なら知ってるかもしれないとわずかに期待した。


「あの…写真集のような本なんですけど…」

「うん」

「"思い出の海"というタイトルの本を…」


ぼくがそう言った時だった、いままで微笑んでいた女性の表情があからさまに変わった。

目を見開いて、とても驚いているようだ。


「いま…なんて…」


ぼくはいまいち女性の考えていることが分からなかった。


「え…"思い出の海"っていうタイトルの…」


女性は、少し体が震えているようにも見えた。


「なんでそれを…」


少し黙ったかと思ったら、女性は驚くことを言った。


「もしかして…きみ…かい…くん…?」


なぜ彼女がぼくの名前を知っているのか全く理解ができなかった。

彼女のことは、図書館の司書として認識していたため、図書館以外での関りはないはずなんだ。


「え…なんで…ぼくの名前を…?」

「やっぱり…そうだったんだ…」


女性は少し涙を流した。


「ごめんね…急にこんなこと言われても困っちゃうよね…」

「あ…いえ…」

「私は、青井未来(あおいみく)っていうんだけど…青井空…そらの姉です」


全身の鳥肌がぞわっと反応した。


「え…そ…そらちゃんの…お姉さん…?」


本当に驚いた。

いままで、ただの司書だと思っていた女性はそらちゃんの姉だったのだ。


「え…じゃ…じゃあ、さっきの妹さんのことって…」

「うん…あれはそらのこと…」


しっかりと思い返すと、未来さんは『もう七年も前に突然亡くなっちゃってね』と言っていた。そらちゃんが亡くなったのも七年前だった。


「そっか…かいくんだったんだね…」

「ごめんなさい…全然気づかなくて…」


確かに、改めて顔を見てみるとどこかそらちゃんに似ているような気もする。


「ううん、私も気づけなかったからね。でも、本当にびっくりしたね、まさかこんなタイミングでかいくんとまた会えるなんてね」

「ほんとうですね…」


ぼくはそらちゃんのことを、ずっと忘れていたからあまりいい反応はできなかった。


「ごめんね、"思い出の海"のことだよね」

「はい…その本のおかげでそらちゃ…大事なものにまた出会えたので…」

「なるほどね…」

「だけど…ここの図書館にあったはずの"思い出の海"が見つからなくて…別の司書の方に聞いても、ここには無いと…」

「そうだったんだね…。うん…ここには無いはずだね」


未来さんは少し何かを考えているような素振りを見せている。


「ここにはってことは、他のところにはあるっていうことですか!?」


そう聞くと、未来さんは軽く首を横に振った。


「いや、かいくん、"思い出の海"はどこの図書館とか書店を探しても無いの」


未来さんの言っていることは理解できなかった。

言い方的に、"思い出の海"という本自体の存在は否定しないが、どこを探しても無いというのだ。


「それって…どーゆー…」


未来さんはぼくの目を少し見つめてから口を開いた。


「"思い出の海"はね、そらが自分で撮影した海の写真をまとめたアルバムみたいなものなの」


やっと、"思い出の海"の本当のことが分かった。

"思い出の海"は、売られてるような本ではなく、そらが作ったひとつしかないもの。

なぜ、ぼくがここの図書館で"思い出の海"を見つけられたのかは分からないが、間違いなく"思い出の海"はこの世に存在している。


もしかしたら、"思い出の海"がここからなくなったのには、そらの存在が関係しているのかもしれない。


いろいろと分からないことも多くあったが、"思い出の海"がこの世には存在している、その事実がぼくには最大の朗報だった。


「そんなに大事なものだったなんて…」

「あの子、海が本当に好きだったの。だから仲の良い友達と海に行くたびに写真を撮ってたの」

「それって…"思い出の海"はいまどこにあるか分かりますか!?」


答えはすぐに返ってきた。


「それなら実家にあるとおもうわ、お母さんならしってると思うよっ」

「そうですかっ!ありがとうございますっ!」


すごく大事なことを知れたと、心の中ですこし喜んだ。

にっこりと笑っていた未来さんは、時計をみた。


「あら、もうこんな時間だね」


もう時間は午前四時前になっていた。


「かいくんも、もう帰ろうか。お母さん心配させちゃだめだからねっ」

「はい、そうします。ありがとうございました」


そう言って頭を軽く下げたとき、未来さんは優しくお腹をさすっていた。


「いまね、五カ月なの」


ぼくがそらの話に集中しすぎていたからか、まったく気づかなかった。


「そうなんですね…おめでとうございます」

「ありがとうございます」


未来さんもにっこりとしながら頭を軽く下げる。


「生まれたら、ぜひ会いに来てねっ」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあ、また図書館でねっ」


そういうと、ゆっくりとぼくの家とは反対の方向へとあるいていった。

ぼくも、しばらく未来さんの背中を見送ってから家に帰った。


帰り道で、また青井さんの家にいって"思い出の海"を見せてもらおうと決めた。
















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