第13話 謝罪


雨の降りしきる夜、くうと手を繋いで浜辺に立っていた。

しばらくすると、くうがスッと繋いでいた手を放していき、海に向かってゆっくりと歩いていく。


「くう!どこいくんだよ!くう!」


くうはぼくのことなど気に留めずどんどん海へ入っていく。


「え、ちょっと!くう!まってよ!くう!」


海に消えていくくうを追いかけてぼくも海へと入っていく。


くう!くう!くう!


くう!!





「あ…」


そこはぼくの部屋だった。

横には母が座っている。

窓の外をみると、昨日の悪天候が嘘かのように太陽が顔を出していた。

体は燃えるように熱く、頭痛もひどい。


「かい、起きたのね…」


おでこには水で濡らして絞ったタオルが乗せられている。


「え…お母さん…なんで…」


昨日、図書館から家に向かって歩いている途中からなにも覚えていなかった。


「昨日、かいが道で倒れてたとこを、中井君が見つけてここまで運んでくれたんだよ」

「え…中井君が…」

「そうよ、今度お礼しなさいね」


母は、ぼくの額のタオルをとり、新しいのを乗せる。


「かい、昨日どうしたの」

「昨日…図書館にいって…」


この時ふと、くうとの約束を思い出した。



『次の晴れた日にっ』



晴れた日には、図書館でくうがぼくを待っている。


「あ…くうが…待ってる…」


ずっしりと重い体を起こしベッドを出ようとする。


「かい、どうしたの」

「図書館に…いかないと…!」


母はぼくの肩を持ち、体をおさえる。


「なにいってるのよ、あなた今ひどい熱なんだよ?」


ぼくの体調はどうでもいい。

ただくうに会いに行きたかった。


「かい、今日はやめなさい」

「いかなきゃなんだよ…いかないと…」


だるい体に力を入いれて起き上がろうとすると、母の抑える力も少し強まる。

ぼくは必死に肩をつかむ母の手を振り払おうとする。


「だめなんだ…図書館にいかないと…約束が…!くうが待ってる…!」

「かい!だめ!」

「くうが…くうが待ってるんだ…!」


だんだんと涙が溢れ出てくる。


「お母さん…どいてよ…くうが…くうがぼくを待ってるんだよ…!」


しかし、母は力を弱めず、ぼくの顔をしっかりと見ている。


「お母さん…いかないとだめなんだよ…どいてよ…」

「だめよ」

「なんで…」


母はすこし黙ってから言った。


「かい。そのくうちゃんて子が私にはだれか分からないけど、あなたが今こんな状態で会いに行っても、その子はうれしくないと思うよ」


母はまじめな表情だった。


「でも…でも…」


母は表情を変えない。


「かい。しっかり休んで、ちゃんと体調直してからまた会ってあげなさい」


体の力が抜けた。

ぼくはベットにパタンと寝転んだ。


「お母さん…」

「どうしたの?」


現実を知るのはとてもとても怖かったが、このままの状態をほったらかしておくのが一番嫌だった。


「くうは…そらちゃんは…」


母はそう言われた途端に、あからさまに変化し暗い顔をした。


「ほんとに…ほんとにごめんね…かいには言ってなかったんだけど、そらちゃんは…そらちゃんは七年前に亡くなったの…」


認めたくなかったことは、現実だった。

名前が、そらではなく、くうと名乗っていた理由は定かではないが、くうはこの世にはいない。

体の力が抜けていくのを感じる。


「なんで…なんでそらちゃんは…」


ぼくの想像では、何らかの事故か、病気か。

それとも。


「そらちゃんは…。ん…」


母は、死因を伝えるのをためらっていた。

ぼくは静かに返答を待った。


「そらちゃんは…自分で…じ…自殺を…」


一瞬、言葉が出なかった。

あんなにも明るい姿をみせていたくうは、たくさん笑っていたくうは自分で命を絶ったのだ。

誰かの手によるものではなく、くうが自分で。自分自身で。


「そらちゃん…学校でいじめを受けていたみたい…」


ショックを通り越して、怒りを覚えた。

なぜ。なぜあのくうが、そらちゃんがいじめられなければならなかったのか。

しかし、それ以上にそらちゃんという、ぼくにとってかけがえのない存在を、七年もの間忘れていた自分自身を許せなかった。


「いじめられていた原因とかはお母さんには分からないんだけどね…」


目からあふれ出る涙を抑えるのは不可能だった。


「あぁぁぁ…なんで…なんで…なんでだよ…」


母も涙を流している。


「ごめんね…あの時のかいにはもうそらちゃんに一生会えないなんてこと…お母さんには言えなかった…ごめんね…」


目からぽたぽたと涙が落ちていく。


「ごめんね…ごめんね…」

「ああああああぁぁぁぁぁぁ」


子供のように泣きじゃくった。

こんなにも泣いたのはいつぶりだろうか。


「ぼく…ずっと忘れてたんだ…そらちゃんのこと…。あんなにぼくをかわいがってくれてたのに…大事にしてくれてたのに…。ずっと忘れてた…」


母は目を抑えながら立った。


「ごめんね…私はでるね…これだけ置いておくね…」


そう言って母は何かを置いて、部屋をゆっくりと出ていった。


それからぼくはたくさん泣いた。

くうのことを、そらちゃんのことを思い浮かべながら。





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