第3話 最初の海

家についてからは、明日の準備を始めた。


「なにをもっていけばいいんだ…」


今までで彼女はできたことはなく、同い年の女子と二人で出かけるというのは初めてのことだったので、持ち物の準備にはひどく困った。


迷いに迷ったあげく、小さいサイズの肩掛けバックに財布だけいれて持っていくことにした。





四十代くらいの女性が仏壇の目の前で、泣き崩れている。


「そら…そら…ごめんね…ほんとにごめんね…。お母さん…そらになにも…」

「お母さんやめてよ…お母さんが悪いわけじゃないよ…」


嗚咽交じりに涙を流している女性を、娘と思われる女性が背中をさすっている。





目を覚ました。

いつものようにアラームが鳴る前に起きる。


「あの女性…どこかでみたことあるような…。そらって…だれだっけ…」


夢で見た女性には、どこか見覚えがあった。

そして、そらという名前にもどこか聞き覚えがある。

しかし、その女性がだれなのか。そらというのは誰なのか思い出すことはできない。

だけども、なにかぼくにとってとても大事なことのような気がしてならない。


なにか、忘れてはいけないことを忘れているような。

最近はそんなことばかりだった。


ここでふと思い出し、時計をみると八時だった。

ベットからでて、リビングへと降りてゆく。

ちょうど母親が父親を見送っていた。母親ももうじき家を出るだろう。


顔を洗い、歯を磨き、着替えを済ませる。

改めてバックの中身を確認し、財布の中身までも確認をする。


家を出ようとすると、ちょうど母親も家を出るところだったみたいだ。


「かい、今日は外行くの早いね。」

「うん。まあ、なんとなく。」


別に女子と出かけるということは言う必要はないだろう。


「じゃあ、行ってきます。」

「いってらっしゃい」



今日も相変わらず太陽が活発だった。

海に行くのはいつぶりだろうか。

それ以前に、ぼくはどこの海に連れていかれるのか。

そんなことを考えているうちに図書館に到着した。


図書館の入り口あたりにくうは立っていた。

麦わら帽子をかぶって、準備は万端のようだ。


くうは自分に気づき、笑顔で手を振ってきた。

ぼくはそれに、なるべく笑顔にしながらの会釈で返した。


「おはようっ!!」

「おはようございます」

「いやぁ、ちゃんと来てくれて安心したよっ!」


くうは少しにやついている。


「ぼくが来ないと思ってたの?」

「だって、昨日すごいびっくりしてたからぁ」


くうは腕を組みながら、口をとがらせていう。


「あんまり、無視するのも良くないって思ってね」

「なるほどねぇ。だけど、どうせ私みたいな魅力的な女の子とお出かけするの楽しみだったんでしょぉ」


くうは少しだけ馬鹿にするように言ってくる。

これだとキリがないと思い、話をそらす。


「もう、そんなこといいから。今日はどこの海に行くの?」

「お、聞いちゃいますか」


くうは、そういって少し考え始めた。


「聞いちゃいますかって…」

「んー、行ってからのお楽しみだね!」


笑顔でそう言われた。


「えぇ…」

「もぉ、いいからいいから!早く行くよ!!」


くうはもう駅に向けて歩き出していた。

小走りでくうを追いかける。



あれよあれよというまに彼女につられて電車に揺られていた。

電車の中ではくうと話すことがなく、お互い窓の外をみたりしていた。


時間が経っていくにつれ、車窓からみえるビルがだんだんと木々に変わっていく。大学に通う電車よりかは間違いないなく長く乗っていた。


「おりるよっ」


突然くうが言ってきた。

どうやら、海の最寄り駅に到着したみたいだ。

周りの看板を見てみると、千葉県だということが分かる。

周囲を何度か見渡してみたが、恐らく自分はここには来たことがないと思っていた。

地名から、景色から、なにまで見覚えがなかったのだ。


駅を出てからは、本当に海があるのか怪しんでいたが、歩いていくうちに建物が減っていき、海が近づいてる気がした。



「あそこだよ!」


くうがそう言って指さした先には、海のような青色が見え、わずかな潮の香りがしてきていることに気が付いた。

だんだんと波の音も近づいてくる。


くうが突然走り出し、歓声を上げている。

そして、ぼくの方へ振り向いて叫んだ。


「ついたよっ!!」


くうに追いつくと道がひらけ、海の全貌が目に飛び込んだ時にはあまりの美しさに息をのんだ。

目の前には、太陽の光を反射して、キラキラと輝く海が広がっていた。


「わぁぁぁぁぁ!きれい!!」


くうはぼくのよこで目を輝かせている。

しかし、ぼくも冷静だったわけでなく、美しい海に目を奪われていた。


「すごい…」


感動しているぼくの顔をみてくうが口を開いた。


「かいくん、どう!?」

「え、すごく綺麗なところだと思うよ」

「ちがくてちがくて!」


あまりにも突然にきかれたため、何を聞かれたのか一瞬理解ができなかった。


「いやいや!かいくん、なんのために海に来てるのかわすれたのぉ?」


ここで、何を聞かれたのかやっと理解した。


「あ、ごめんごめん。すごく綺麗なところだけど、ぼくが探してるのはたぶんここじゃないと思う」

「ここじゃなかったかぁ」


くうは分かりやすく落ち込んだが、すぐにスイッチを切り変えたのか砂浜に向かって走りだした。


「かいくん!ここじゃないとしても、せっかく来たんだから楽しまなきゃっ!!」

「え、ちょ、ちょっと!!」

「はやくはやく!」



くうは砂浜に立ち、空気を独り占めするかのように両手を大きく広げる。


「ふわあぁぁぁぁっ!きもちい!ほんとに海は最高だね!」


ぼくは、くうの少し後ろの砂浜に座り込んだ。


「魚捕まられるかな!」


くうがぼくの方を見ながら冗談交じりに言ってくる。


「さあね、試しに海に入ってみたら?」


ぼくも小ばかにするように返す。


「もぉ、かいくんつまんないのぉ」


くうは期待していた答えと違ったのか、つまらなそうな顔してぼくの横に座った。

それからは、話すことはなくお互い海をぼんやりと眺めていた。


ぼくはひとつ、くうに聞きそびれていたことを思い出した。


「あ、くう。今更なんだけどさ」

「うん?」


くうは海の方へ向いたまま聞き返す。


「くうって、いま何歳なの?」


くうはなぜか少し驚いたような顔してすぐに頭を抱え始めた。


「ほんとうに今更だね…。それにかいくん…」

「え、なんかまずいこと聞いた?」


少しまずいことを聞いてしまったかとヒヤリとした。

くうの顔色を伺うと、くうはあきれた顔をしている。


「かいくん…女性に年齢を聞くだなんて…」


まったく、心配して損をしたと後悔した。


「いや、別に嫌だったら言わなくてもいいんだけど」

「え!いや!じゃ、じゃあ何歳に見える!?」


くうは年齢を聞いてほしいのか焦ったように言ってきた。


「十八歳にみえます」


はじめて会った時、制服を着ていたし、どうせ同い年くらいだろうと思った。

正解なのかくうはつまらなそうな表情を浮かべる。


「え、つまんないの」

「あたってた?」

「もぉ、そうですよぉ十八で一個下ですよ!」


くうはすこしほっぺを膨らませている。


「私は永遠の十八歳なのっ」


くうはフンっと言わんばかりに笑う。


「それじゃあ成人できないから一生お酒飲めないね」


ぼくの何気ない一言だったが、くうになにか刺さる所があったらしく、すこし悲しげな顔をした。


「お酒かぁ、飲んでみたかったなぁ」


彼女の言い方にはすこし違和感を感じた。


「飲んでみたかったって、いずれは成人するんだからいつかは飲めるでしょ」

「ふふっ、そうだねっ」


くうはそれとなく返答してきたが、彼女の言っていることはぼくはいまいち理解ができていなかった。

少し困っていると、くうが突然立ち上がる。


「じゃあ、次の海に行きましょうかっ!」

「え、一日で二か所いくの?」


てっきり一日一箇所だと思っていたために驚いてしまった。


「ふふっ、いまさら文句いわないのっ」


彼女は一度決めたら考えは変わることはない。

くうと出会って時間は短いが、少しずつくうのことがわかってきたようなそんな気がした。


「わかったよ」


ぼくはあきらめて、くうについていくことにした。








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