第112話 大掃除、年末、昔話

「お疲れ様でしたっすー!」

「おつかれー」

「お疲れ様でした」

「皆さんお疲れ様でした」

「お疲れ。今年もこれで終了だな」


 綺麗に掃除された酒場で5人の労いの言葉が重なる。

 今日は朝から酒場は営業せずに店員全員でもって大仕事を行う予定となっていた。

 走る子馬亭を拠点としている冒険者の対応のみを行った後、大仕事に取り組み気づけば日も随分と高くなっていた。


「やっと終わったっすねぇ」

「思ったよりも汚れが溜まってたな。定期的にやらないとダメかもしれないなぁ」


 久しぶりに作ったアシッドスライム製の洗剤の入った瓶を片手に、俺とマリー以外の3人が座っているテーブルへとつくと、アリアは既に背もたれに全身を預けてダラーっとしていた。


「冒険者なんてどうせ汚れとか気にしてないんだから適当でいいんじゃないのー?」

「冒険者以外にも街の方も来てたでしょ。それに綺麗に越したことはないじゃない」

「むー、そうかもしれないけどさぁ」


 なんともやる気のないセリフを吐くアリアを窘めるのはリミューン。

 彼女が来てからアリアを窘める役が増えて本当に助かっている。

 接客の仕事っぷりには問題は無いんだが、どうもこういうところでずぼらな性格が発揮されているのか、細々とした作業は本当に嫌がるんだよなぁ。

 まぁ本人があまり細かいことが得意ではないからということもあるんだろうが。


「おかげで凄く綺麗になりましたから。ありがとうございました」

「んー、マリーにそういわれると悪い気はしないわねぇ」

「まったく調子のいい……」


 全員分の茶を入れてきてくれたマリーから茶を受け取りながら、まんざらでもなさそうな顔で答えるアリア。

 それにはリミューンも苦笑を隠しきれない様子。


「そういえば、なんで急に掃除するとか言い始めたんすか?」


 アツアツが苦手らしいクロンが茶に息をかけて冷ましながら問いかける。

 そう、今日行ったのは大掃除だ。


 大分汚れが目立つようになったな、と思ったこともあるんだが、それ以外にも今日が特別な日だからということもある。


「そーそー。何も一年の最後の日にやることはないじゃない?」

「一年の最後だからやるんだって」


 アリアのいう通り、今日は一年の最後の日。

 夜が明ければまた新しい年の始まる、特別な日。

 そんな日に掃除をするのにはちゃんと理由があるのだ。


「神言教では今日は一日外に出ない日ですから」


 お茶を配り終わったマリーが席につきながら続けてくれる。


「どうせ誰も店には来ないんだから、掃除するにはうってつけの日だろう?」

「あー、そういうこと。道理で外を歩いてる人もいないわけだ」


 この国では熱心な教徒というものはさほど多くないが、神言教の教えは広く浸透していると言っていい。

 かくいう俺も細かい教えは覚えていないが、こうした節目節目は神言教の教えにそった行動を取っていた。

 まぁ冒険者をやっていた頃はそうも言ってられない事も多かったが、それでもある程度意識はするものだ。

 現に、この時間になっても誰も戸を叩く事はなかった。

 冒険者が多いカーネリアであっても、だ。


「変わった風習ですよね」

「まー、神言教徒以外から見れば変わっているかもしれないな」


 リミューンの言葉に同意し、首を縦にふる。

 冒険者になるべく家を飛び出す前は、一年の最後の日を家の中で過ごすということはごくごく当たり前の事だったので一切疑問に思ったことはなかったのだが、冒険者になってみると全く違った。

 同じ神言教徒でもあるリカルドはともかく、ギルとアリアは全くそんな事は気にしなかったし、何よりヴィオラが気にしていなかったのだ。

 生まれはこの国であることは間違いないのだが、そういう人もいるんだなと認識を改めるきっかけにもなったな。

 実のところを言えば、今日はマリーと俺だけで掃除をするつもりだったんだが、アリア達3人が普通に店に来たのでそれを再認識したとこでもあった。


「何か理由があるんすか?」

「あー、なんか偉い人が逃げるのにどうのみたいな話だった気がするが……」


 クロンに問いに自分の知識をほじくり出してみるんだが、あまりにもふわっとした回答過ぎてクロンが逆に困った顔をしている。

 ……覚えてないものは覚えていないのだから仕方ないだろ!


「とある村の男性が一年の最初の日に神様からお告げをもらったんです。『これから1年の間、悪魔の誘惑を耐えてみせよ』って」


 と、マリーが語り出す。

 困った顔を俺に向けていたクロンが興味津々といった様子でマリーへと向き直り、アリアとリミューンもそちらに意識を向けたようだ。


「男性は悪魔からの度重なる誘惑に必死に耐えましたが、最後の一日でついに誘惑に負けそうになります。それを見ていた村人が男性を自分の家に匿うんですが、悪魔は人の気配に敏感で、男性の隠れた家だけに人がいるのでは悪魔にばれてしまいます」


 スラスラと紡がれるその語りに、クロンはウンウンと相槌を打ちながら、アリアとリミューンは手にしたカップを少し傾けながら。


「そこで、悪魔をごまかすために村人全員が夜が明けるまで家の中で過ごす事にしたんです」

「おぉ、賢いっす!」


 純粋なクロンはマリーの語りにのめり込んでいるようで、思わず声を挙げる。

 まぁ色々とツッコミどころの多い話であるように思えるのだが、神言教のありがたいお話というのは大抵そういうものだからなぁ。

 クロンの反応にマリーはにこりと笑ってみせた後、再び口を開いた。


「男性がどこに隠れたのか分からなくなった悪魔は、結局年があけるまで男性を見つけることができませんでした。村人の協力で見事に神の試練を乗り越えた男性は神の使徒となり、協力してくれた村人に祝福を与えました。それ以降、一年の最後の日は家の中で過ごすようになったんです」


 おー、とそれぞれが小さく口にすると同時、パチパチと手を叩く音が重なって響き渡る。


「この国の人なら誰でも知ってる話ですから」


 少々照れくさそうに笑うマリー。


「知らない人も居たみたいだけどぉ?」

「うるさい」


 一方のアリアがニヤニヤとした笑みでこちらに視線を向ける。

 俺だって冒険者やる前は覚えていた……気がする。

 年明けの瞬間も外で過ごすことがままあったんだから覚えてないのも仕方ないだろう。

 うん、仕方ない仕方ない。


「まぁともかくだ、そういうわけで今日は客が来ないだろうから、今年の仕事はこれで終わりってことだ」

「あっ、誤魔化したな?」

「えぇい、いつまでも引っ張るんじゃない!年が明けて最初の日も客は多くないだろうから、俺とマリーだけで大丈夫だ。偶には少しゆっくりしてくれ」


 誤魔化したのは間違いないんだが、伝えるべきことがあったのも間違いない。

 年明けの予定について3人に伝えると、何故かクロンがキラキラした目でこちらを見ていることに気づいた。


「どうした?」

「それも何か謂れがあるんすか!?」

「あー……」


 マリーの話を聞いた後ならそういう風にも思うよなぁ。

 が、残念ながらそんな大層な話は無いんだよなぁ。


「別段何もないな。年明け初日くらいはゆっくりしようって人が多いだけだ」

「なんだぁ。つまんないっすねぇ」


 露骨にがっかりした様子のクロンにマリーも思わず苦笑していた。


「よっし、そういう事ならアタシたちもそろそろ帰ろうかね」

「了解っすー」

「来年も宜しくお願いしますね」


 アリア宅に在住の3人が茶を空にして席を立つ。

 それに合わせてマリーへと視線を向けると、頷いて席を立ち厨房へと入っていく。


「ちょっと待っててくれ。今日は店も一切やってないと思ったほうがいいからな。食事を持っていってくれ」

「あーそうなんだ。それは助かるー」

「アリアは一切料理できないからね」

「そういうリミューンだって得意じゃないでしょー?」

「ボクはそこそこ行けるっすよ!」


 アリアが料理できないのは周知の事実なんだが、リミューンができないのはちょっと予想外だった。

 なんかそういうの得意そうだと勝手に思い込んでいたなぁ。

 クロンに関しては薄皮包みの発案者なだけあって、料理に対する知見はそこそこあるように思えるのでまぁその通りかなと。

 料理は冒険者にとっても重要な技術だからな。

 覚えておいて損はないぞ。


 と、ワイワイと話始める3人の前に、大きめのバスケットを抱えたマリーが戻ってきた。


「パンと腸詰めとキッシュ、あと薄皮包みが入ってます。腸詰めは茹でてくださいね」

「あー焼きじゃないのかー」

「こら、我儘言わない!ありがとう、助かります」


 どうやらアリアは焼き腸詰めが気に入ったらしいな。

 残念だが流石にもう生の腸詰めの時期ではないので入手不可能なのだよ!

 これからは茹での時代である!

 不満を述べるアリアを軽くたしなめてからリミューンが大事そうにバスケットを抱えた。

 布巾の被せてあるバスケットを覗き込みながら尻尾をブンブンと振っているのはクロン。


「薄皮包みはバンナの実っすよね!」

「今の時期はそれか林檎くらいしかないしな」

「やったっす!!」


 俺の回答に大満足だったようで、ぴょんぴょんと飛び跳ねるクロン。

 アイアン級になったとは言え、まだまだ年相応ってところだな。

 しかし、こうして口にしてみると改めてバンナの実のありがたさを感じる。

 この時期は本当に果物類が無いからなぁ。

 一年中採れるというバンナの実は本当に有り難い。


「よし、それじゃ貰うもの貰ったし帰るね。今年もおつかれー」

「お疲れ様でした」

「来年も宜しくっす!」


 揃って店のドアをくぐっていく3人の後ろ姿を見送って、ふぅと一息つける。


「俺たちも休もうか」

「そうですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る