第79話 対ドラゴン、覚悟、乱入者
「ならば次はドラゴン本体の対応についてだ。クラウス、アリア、ギルガルト、3名はドラゴンと対峙したことがあると聞いている。何かあるか?」
と、突然名前を呼ばれてビクッと反応をしてしまう。
いや、大丈夫、ちゃんと真面目に聞いてたから、そんなジト目を向けないでくれリカルド。
「そうだな……あ、いや、そうですね」
「この場では堅苦しい物言いは不要だ、続けろ」
思わずいつもの口調が出てしまったが、すかさずリカルドがフォローしてくれる。
助かる。
コホン、と一つ咳払いを挟み続ける。
「ドラゴンに手をだすのはオススメしない。確かに俺達はドラゴンと対峙したことはあるが、なんとか追い払う事が出来ただけだ。人の手でどうにかできるものだと思わない方がいい」
自分で言うのもなんだが、冒険者の戦闘力というのは高い。
なにせ自分の腕一つで生活を支えなければならないのだから。
そして何よりモンスター退治をさせたなら冒険者に並び立つ存在は居ないだろう。
その冒険者、しかもアリア、ギル、リカルド、ヴィオラといった超一流の冒険者の集まりである銀翼の隼であっても討伐は出来なかったのだ。
その事実を、他の面々も理解してくれたのだろう。
ゴクリ、と喉の動く音が複数聞こえる。
と、こちらから見て一番手前の男がジロリとこちらを睨めつけてきた。
「……それは軍を動かしても、か?」
「失礼だが、そちらは」
「申し遅れた。私はリンドベルグ辺境伯私兵団副団長のゴルドーだ」
「先程リカルド様に名前を呼ばれたので知っているだろうが、元冒険者のクラウスだ」
「銀翼の隼の活躍は聞き及んでいる。それで、どうなんだ?」
「……不可能とは言わないが、多大な犠牲が出る事は覚悟してほしい」
軍の強さはその圧倒的な物量だ。
仮に、冒険者50に対して軍500が相手をすれば、いくら個々の能力が高い冒険者といえど勝てる見込みは無い。
が、それはあくまで平地で、人を相手にした場合の話。
「ドラゴンに手をだすのならば、巣の中でなければならない。何故ならば、外に出てしまえば自由自在に飛び回るドラゴンに攻撃を加えることなど出来ないのだからな。そして、巣の中では軍の強さでもある物量で押しきれない。例え押し切れたとしても、それまでに生まれるだろう犠牲の数は考えたくもない」
「むぅ……なんと面倒な……」
俺達がドラゴン討伐に向かった5人という人数は少数に思えるかもしれないが、決して広くはない巣の中ではこれ以上人数が増えてしまうと行動に制限がかかってしまう。
自由に動くことができるのは精々7,8人が良いところだろう。
その事を理解したのか、ゴルドーは渋い顔をして黙ってしまう。
「ふむ、銀翼の隼にもう一度出てもらうわけには行かないか?」
「そもそも全員揃ってるわけじゃないし、俺も右手を負傷してて全盛期のような動きができるわけじゃない。期待して貰って悪いが、その期待には応えられないだろうな」
まぁ一応、ギルの持っている真鍮の隻腕を使うという手も無いことも無いが、ドラゴンと対峙した時に最も有効だったのはヴィオラの魔法だ。
彼女が不在の状態では俺の右手がどうであれ、可能性は薄い。
そこはリカルド本人が一番わかってるんだろうけど、そうやってあえて提案することで俺達に頼るという選択肢を潰しに来てくれたのだろう。
ドラゴンの事はどうにかしたいとは思うが、自分の命と引き換えに……となると流石に躊躇する。
俺はまだ、マリーと店をやっていきたいんだ。
「やはりこちらから手を出すのは下策ですね」
「確かにマッケンリーの言う通りではあるが、万が一の事も考えねばならん。エーリカ、他の冒険者ギルドと連携を取り、腕の立つ冒険者を招集しろ。ゴルドーは急ぎお父上の元に向い、私兵団の派遣準備と……国軍の派遣要請の準備をお願いするのだ」
万が一、ドラゴンが街を襲うようなことがあれば、冒険者や軍……それもリンドベルグ辺境伯の私兵団のみならず、国軍の投入まで視野に入れるのか。
リカルドとは同じ冒険者として様々な場所で死線を乗り越えてきた戦友だと思っている。
だから、その考え方も冒険者のそれ、と思いこんでいた。
だが違う。
冒険者は自分の身は自分で守らないとならないのだが、逆を言えば、自分の身だけ守っていればいい、という事でもある。
危険な場所に入っていけるのも、もし本当に身の危険があるならば逃げるという選択肢を簡単に取れるから。
しかし、今のリカルドはそうではない。
彼の背後に、カーネリアの民があるのだから。
いかなる犠牲を払ってでも守らなければならないものがある、それが今のリカルド。
そう考えたところで、俺はどうなんだろうか、と思い至る。
確かに、逃げる事はできるだろう。
マリーとクロンを連れて、持てるだけの金を持ち、街から逃げ出す事は可能だと思う。
だが、それでいいんだろうか。
冒険者時代、根無し草だった俺の周りには、銀翼の隼の4人しか居なかった。
今は?
マリーが居て、クロンが居て、サリーネやエリー、他にも常連になってくれた人達が、居る。
逃げて、いいのか?
いや、違うだろう、と心の奥で反対する声が聞こえる。
ならば、俺も覚悟を決めなければならない。
気づかぬウチに固く握りしめていた拳をゆっくりとほどきながら、そう決めた、その瞬間。
「なっ!」
「えっ!?」
唐突な気配。
俺の背後。
それに気づいた俺とアリアが慌てて振り向く。
馬鹿な。
これほど近づかれるまで全く気配を感じることが出来なかった。
いや、俺はまだしも、アリアが全く気づいて居なかったのは異常すぎる事態。
まるで、その場所に湧き出るように現れたとしか思えない。
「おや、取り込み中のようですね」
まるでこの状況が予想外だったかと言う様に、少し驚いた顔をした彼がぽろりとこぼす。
彼の事はつい先日見たばかりなのだ、忘れる訳がない。
「クラウス様、先日はありがとうございました」
そう頭を下げる彼。
彼は先日、薄皮包みを買っていった、魔族だったのだから。
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