第78話 会議、余波、対策

 コンコン、と大きな扉を叩く音。


「ミルティアです。クラウスさん、アリアさん、ギルガルトさんをお連れしました」

「来たか、入ってもらえ」

「はっ」


 ゆっくりと開かれたその大扉の向こう、大きな部屋に似つかわしい大きな長テーブルには既に6人の姿があった。

 

「よく来てくれた。座ってくれ」


 その長テーブルの一番奥、上座に当たる場所に座っているのは領主代行たるリカルド。

 そのリカルドの言葉に従うように、俺たちはテーブルの端の席へと腰掛ける。

 テーブルに座る面々をざっと見回す。

 一番奥にリカルド。

 その手前には見たことのない女性。

 リカルドの秘書、の様なものか?

 いや、秘書ならばテーブルにつくことはないか。

 その向いにはよく知る顔、マッケンリー。

 更に手前に見たことの無い老人。

 その向いはこちらも見たことは無いが、その服装でわかる、あれは神言教の司祭だな。

 そしてその手前には軽装を身に着けた厳つい男。

 彼が冒険者ギルドのマスターだろうか。


「さて、全員揃ったな。皆も知っての通り、カーネリアに未曾有の危機が迫っている。エーリカ、状況の説明を頼む」

「カーネリア冒険者ギルドマスターのエーリカよ。状況について説明させてもらいます」


 テーブルの奥、リカルドの一つ手前の席に座っていた女性が立ち上がる。

 彼女が冒険者ギルドマスターか。

 てっきり一番手前の男がギルドマスターかと思ったのだが……随分と若いな。

 と、そんな事を気にしている場合ではないか。

 

「ゴールド級冒険者パーティー、ラウンズの報告によると、グワース山中にて不審な横穴を発見。中を確認したところ、明らかに人の手が入っている通路を発見したとのこと。ドラゴンそのものの姿は確認出来ませんでしたが、途中、ごく小さなものですが竜の涙を発見したため、間違いなくドラゴンの巣であるとの事です」


 膨大な魔力を持つドラゴンはただそこに居るだけでジワジワと魔力を放出し続ける。

 竜の涙はドラゴンの巣でしか発見されることがなく、また多量の魔力を内包していることから、放出されたドラゴンの魔力が結晶化することで生まれると言われている鉱石だ。

 その価値は高く、竜の涙を得るためだけにドラゴンの巣に入る冒険者が居る程だ。

 エーリカの言う通り、竜の涙が見つかったという事はほぼ確実にドラゴンの巣、だな。

 

「どの様なドラゴンなのかは確認できなかったのか?」

「残念ながら。ドラゴンはそれ自体が天災。ドラゴンの巣であると確認できた時点で撤退したラウンズの判断は正しいものです」

「ふむ、そうか……」


 エーリカの返答に質問をしたマッケンリーは頷く。

 例え一度暴れ出せば人の街など簡単に破壊することができるドラゴンと言えど、あちらから何もしてこないのであれば触れないに越したことはない。

 むしろ、下手に手を出してしまったが故に、寝る子を起こすような事態になってしまう可能性もある。

 そこを慎重に進めるにはどのようなドラゴンなのかは重要なのだが……エーリカの答えも尤もな話だ。

 ドラゴンの巣であるという情報を持って帰ってきた、それだけで十二分な働きなのだから。


「どのようなドラゴンなのかが分からぬ以上下手に手出しは出来ないか。ならばドラゴンそのものへの対応は後ほど協議するとして、目下の危機である巣を作った事による余波への対応を検討したい。エーリカ、情報はあるか」

「はい。グワース山にドラゴンが巣を作った影響か、本来グワース山に生息しているはずのモンスターが麓のカーネリアの森深部に降りてきている事が確認されています。それらのモンスターと、元々深部に生息しているモンスターとで縄張り争いが発生する可能性が高く、争いに負けたモンスターは浅部へと流れてくる事が予想されます」

「そうなれば当然、浅部にいたモンスターは森の外に押し出されてくるだろうな。……よし、冒険者を含め、全ての住民は一時的にカーネリアの森への立ち入りを禁止とする。また、城壁外へ出る際にも十分注意するよう周知させよ」


 エーリカの報告からすぐに行動方針を決める迅速な判断はさすがのリカルドだな、と感心する。

 自分が冒険者だっただけにどうしても冒険者としての視点ばかりになってしまうが、カーネリアの森は入り口付近ならばそれほど危険ではない。

 それ故に、木材の採取やちょっとした薬草の採取等で冒険者以外でも立ち入る事があるらしい。

 冒険者ですら立ち入りが禁止されるのだ、勿論そういった者達も立ち入り禁止になるのは致し方ない、か。

 そういった視点で見るならば他に気になる事も出てくるというものだ。

 その点を指摘しようかと様子を見ていると、マッケンリーの手前に座る老人がゆらりと手を上げた。

 

「横からすまないのう。モンスターが森の外に出てくるというのなら、カーネリア周辺の農作地も危険になるということかの?」

「うむ、その通りだアルフレッド翁。今年の麦の収穫はいつ頃になりそうだ?」


 俺が指摘しようとしていた事をそのまま伝えてくれたこのご老人、アルフレッドと言うのか。

 リカルドの対応からして、恐らくは農夫たちの取りまとめ役、といったところだろうか。


「今年は育ちが良い。とはいえ、後1ヶ月は必要じゃな」

「ならば収穫作業も考慮して1ヶ月半程は見ておく必要があるな。ゴルドー、私兵団をカーネリア周辺の警備に当たらせろ。特に農作地へのモンスター侵入は絶対に阻止せよ。作物が収穫出来なければドラゴンに襲われなくともカーネリアは終わりだ」

「ハッ、すぐに手配します」


 はっきりとした声で答えたのは俺たちを除き最も手前に座っていた厳つい男。

 カーネリアにも警備兵として兵が常駐しているが、恐らくあれがリンドベルグ辺境伯の私兵だろう。

 主な任務は街の警備、といったところだろうから、人数もさほど多くないはず。

 少ない人数でカーネリアの広大な農作地を全てカバーすることは難しいのではないか、と思うが……。


「エーリカ、カーネリアの森に入れなくなる事で手の余る冒険者はどの程度いるか」

「具体的な数字は出せませんが、中級以下の冒険者は概ね」

「ならば領主代行から彼らに農作地警備の依頼を出す。具体的な内容は後ほど相談させてもらおう」


 なるほど、それは思いつかなかった。

 カーネリアにおいて中級以下の冒険者への依頼は概ねカーネリアの森が対象になる。

 森に入れなくなるとなれば彼らも収入源を失うことになるが、その補填と警備の人手不足を両方解消しようとということか。

 エーリカとリカルドとの話からすれば、恐らく森の外に押し出されてくるモンスターは元々森の浅部に住むモンスター。

 流石に初級のみでは危なっかしいが、中級も加われば問題が無いだろう。


「カーネリアには森の浅部に入る事で生計を立てていた民も居る。彼らの立ち入りを禁止する以上、今回の件、遅かれ早かれ街の住民に知れ渡る事は間違いない。そして彼らの為に炊き出し等を行う必要もある。ハーメル司祭、貴方にはそれらに協力していただき、民の動揺を抑えるよう動いて欲しい」

「勿論です。微力ながら、尽力させていただきます」


 ハーメルと呼ばれた司祭が恭しく頭を下げる。

 神言教の司祭か。

 この国ではあまり熱心な信者は居ないものの、信仰がまったくないわけではない。

 民の動揺を抑えるという意味では、信仰の力は大きいものなのだろう。

 この場に司祭が居るというのも頷ける話だ。

 

 そしてもう一人、俺のよく知る人物へもリカルドが声を掛ける。

 

「マッケンリー、これらの費用、カーネリアの税だけでは賄えない。資金の提供を頼む」

「利子は年1割で……と言いたいところですが、我々もカーネリアの民、勿論無利子で融資させて頂きます。あぁ勿論、返済はしていただきますけれども」

「フッ、ちゃっかりしているな。だがその方がこちらも後腐れがない」


 政治に詳しくは無い俺だが、リカルドの施策は悪いものではないとは思う。

 が、やはりそれには金がかかる。

 特に冒険者への依頼はそれなりの数が必要になるだろうし、それだけ費用は拡大していくだろう。

 そのためのマッケンリー、ということか。

 

「よし、一先ず余波への対応はこのあたりだろうか。何かあるものはいるか?」


 リカルドの問いかけに各方面の代表はそれぞれ首を横にふる。

 こういったものは上の者からの指示だけでは手落ちになることがままある。

 故にこうして現場の代表を呼び寄せているのだろうが、その代表からも何も指摘が無いのは純粋に凄いことだ。

 それだけ全体を把握しきれているということなんだろう。

 

 この場に居る全ての人員がこの危機に対応するために必要な人材。

 多分この場で一番浮いてるのは俺たちなんだろうなぁ。

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