第76話 繁忙、ギルセット、精霊の恩恵

「えーっと、香草焼きとパン、あとエール」

「アタシはパスタとサラダがいいな」

「ふむ、ワシは腸詰めとエールで」

「はい、香草焼きパン、パスタとサラダ、腸詰めとエール2つっすね!ちょっとお待ち下さいっす!」


 注文を取ったクロンがパタパタと厨房の奥へと入っていくのとすれ違うように、料理を両手に抱えたアリアが厨房から出てくる。

 

「はーい、エール4つに腸詰めとナッツの盛り合わせね」

「おっ!きたきた」

「皆持ったか?それじゃ、依頼達成お疲れ様!」

「くぅぅ!このために生きてるといっても過言ではない!」

「ちょっとそれは過言じゃなぁい?」


 テーブルでは先程依頼を完了したばかりの冒険者パーティーが盛大にジョッキをカチ合わせれば、俺の前では別の冒険者パーティーが依頼の張り紙を持って来ていた。

 

「ハンターベアの討伐依頼を受けたいんだが」

「了解、スチール級以上が条件だ。ランクタグを見せて貰おうか」

「これでいいか?」

「よし、4人全員大丈夫そうだな。討伐報酬は大銀貨1枚。うち2割は冒険者ギルドへの仲介手数料になるが、大丈夫か?」

「その辺は承知してる、大丈夫だ。あと、ここは宿もやっているのか?」

「あぁ、一部屋大銅貨3枚だ」

「食事はつくの?」

「1階の酒場で注文してくれ。宿泊客用のセットメニューなら小銅貨5枚でいいぞ。それ以外は通常の価格だが」

「小銅貨5枚?あまり期待できそうにないな」

「ほう、そんな事言って良いのかぁ?お、ほら、丁度他の客の頼んだセットメニューが出てきたぞ」

「おまたせしましたっす!香草焼きのセットとシチューのセットっす!」

「わっ、おいしそうじゃないの」

「どうだ?」

「こいつの口が悪いのは許して欲しい。後で食べよう。二部屋を5日程借りたい」

「小銀貨3枚だな。前払いで頼む」

「了解した。あと、道具の補充をしたいんだが、道具屋の場所を教えてくれないか」

「あっちの棚にある程度は揃ってるぞ」

「……至れり尽くせりだな」


 店の奥にある道具棚を紹介し、そちらへと歩みを進める一団を見送ると漸く一息がついた。

 必要なものがあれば道具を持ってきた彼らの対応をしなければならないだろうが、取り敢えずカウンターでの対応は大丈夫そうだ。

 

「マリー、そっちは大丈夫か?」


 カウンターの裏にある厨房へと声を掛けると、スキレットを振るう音と共に返事が帰ってくる。

 

「はい、大丈夫そうです。あ、料理でます。カウンター3番さんにお願いします」

「わかった」


 冒険者向けの依頼を受け付けるようになってから、厨房はマリーの独壇場となった。

 そのお陰なのかどうなのか、調理に関してはもはや俺では追いつかないレベルで手際が良くなったなと実感する。

 実際、ほぼ満席になっているというのにこれと言って大きな遅れは出ていないように思う。

 料理の種類も増えてきているというのに、大したものだ。

 

「ほい、ギルセットおまち」

「おぉ待ってたぜ。って、ギルセットってなんだよおい」

「お前、いつもそれしか頼まないじゃないか」

「そうだったかぁ?」


 カウンター3番席。

 カウンターの堂々ど真ん中のその席はもはやこいつ、ギルガルトの指定席のようになってしまっている。

 勿論、別にギルの指定席というわけではないので他の客も普通に通すんだが、ある程度店に通ってくれている人はギルがいつも座っている席という事を理解しているのか、他の席が開いているならそちらに座ろうとしてしまう始末。

 いやまぁ、別に構わないんだけどな……。

 料理に関しても鶏の香草焼き2つ、豆のスープ、パンしか頼まないので、もはやギルセットで通ってしまっているのが現状。

 店員の中だけの通称だったはずなんだが、それを聞いていた客も言い始めるようになり、いつの間にか客の中でもギルガルトセットで通るようになってしまった。

 ……まとめて注文してくれるから有り難いのは有り難いんだがなぁ。

 

「ところでクラウスよぉ。なんか店の雰囲気変わってないか?」


 いつも通り、ナイフを使わずにまるかじりで香草焼きを食っているギルが、軽く視線を左右に振りながらそう俺に投げかけてくる。

 

「そうかぁ?まぁ多少風通しは良くなったかもしれないけどな」

「ふーん、そんなもんかね」


 例のドリアードが根をおろした事で、走る子馬亭の環境は大分良くなったと感じている。

 が、それはあくまでいつも店に居る俺たちならば感じられる程度の変化だ。

 確かに涼しく居心地は良くなったのだが、もとからそんなもんだと言われれば納得してしまう程度のそれ。

 そこに気づくのはさすがギルと言わざるを得ないな。

 ちなみに例のドリアードはどうしているのかと言えば……。

 

「クラウスさん、これ4番テーブルに運んでくれますか?」

「はいよ、了解」


 厨房から顔を出したマリーの頭上、そこにはマリーの頭を椅子代わりにして座り込んでいるドリアードの姿。

 どうやら店を気に入った……というのもあるのだろうが、マリーを気に入ったところもあるようで、もはやマリーの頭の上が指定席となってしまっている。

 まぁこちらは店に影響が無いので好きにやってくれ、といったところだが。

 それよりも、マリー、頭重くないのかなぁ。

 多分大丈夫なんだろうとは思うが。

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