第59話 エルフ、探し人、姫巫女

 昼食のピークをやや過ぎた頃、それは突然現れた。

 バン!と勢い良く開け放たれた扉に、一様にして店の奥へと視線を向けていた客が再び入り口へと視線を向けると、同じように目を丸くする。


 その入り口にはカーネリアでは……いや、人の街ではほぼ見かけないであろう存在が店内を見回していた。


「突然の訪問で申し訳ない。最近エルフを見かけませんでしたでしょうか」


 そう問いかける人物に、店の客は全員がこう思ったことだろう。

 見たし見ている、と。


「目の前に一人……二人程おりますが、それ以外で?」

「……っ」


 入り口に見える一人に向かってそう答えると、入り口の脇からもう一人、女性がゆっくりと姿を現した。

 その姿、特徴的な長い耳にまばゆい程の金髪、そして緑の瞳。

 つまりは、エルフ。

 おそらく最初に話しかけた男の方が年上だろう。

 太く、大きく育った樹木のような安定感がある。

 後から出てきた女性のエルフはもう少し若いか。

 見た感じあいつと同じくらい……な気がするが、エルフの外見は余り変わらないという話も聞くし良くわからんな。


 エルフを見たのは久しぶりだな。

 銀翼の隼を抜けて以来か。

 

 というか、エルフが人の領域に出てくることそれ自体が珍しい。

 大体のエルフは森の奥に住みそこから出てくることはない。

 森の外に興味がないというのが理由らしいが、他の理由もある。

 一昔前に人と獣人とエルフで三つ巴のちょっとしたいざこざがあり、人や獣人はもう昔の事としているのだが、長寿のエルフは未だに根に持っているのだとか、そんな話をアリアに聞いたことがある。


 聞いた話だと人の10倍くらいは生きるらしいからなぁ。

 具体的な年齢を聞いたことはないが、10倍となるとアリアももう100歳は有に超えているんだろうなぁ。

 

 と、そんな取止めもない事を考えていると、先に声を掛けたエルフが僅かに頭を下げた。

 

「貴方を警戒させるつもりはありませんでした。誤解をさせてしまったのなら謝りましょう。私達は純粋に人探しをしているだけなのです」


 その姿を見たのかもう一人も軽く頭を下げる。

 エルフは比較的プライドの高い種族……と聞いているが、必要な時にはしっかりと頭を下げるだけの事はするらしい。

 

 ふーむ、悪い匂いはしない、気がする。

 というか、そもそもこうして無傷で人探しを出来ている以上彼らに探し人に危害を加えるとか、そういう気は無いのだろう。

 別に隠す必要もないかと思い始めたところで、クゥ、と可愛い音が聞こえてくる。

 音の発生源へと視線を向けると、二人目のエルフが目線を下げつつ顔をそむけた。

 うん、なるほど。

 

「まぁ立ち話もなんです、とりあえず座って飯でもどうですか。幸いここは酒場ですし」


 そう入り口に立つ二人へと声をかけると、ガッ、と脛に衝撃が走る。

 そこ、無駄に痛いんで辞めてもらいたい。

 

「い、いえ!私の事はお構いなく!それよりも早く姫巫女様を探さないと!」


 姫巫女様ときたか。

 どうやら探し人は思った以上に大物だったらしい。

 俺の提案に女性の方は乗り気ではないようだが、一方で男の方はというと俺に向かって軽く頷いた。

 

「我々はあまり肉を好みません。肉を使わない料理があれば是非」

「べラフィア様!?」


 べラフィアと呼ばれた男の回答は女性にとっては相当予想外だったようだ。

 目を丸くして首が捻じれ切れそうな勢いでべラフィアへと向き直る。

 

「そうなんですか?俺の知ってるエルフは肉でもなんでも無遠慮にガツガツ食ってたんだがなぁ」


 俺の唯一知るエルフは良くギルと肉の取り合いをしていたなぁと思い出す。


「全く食べないわけではありませんが、好むエルフは少ないでしょう」

「なるほど、配慮しましょう。卵やミルクなどは大丈夫ですか?」

「それならば問題ありません」

「了解。ならば丁度いいのがあります。こちらのカウンター席でお待ち下さい」

「ありがとうございます」

「ちょ、ちょっとべラフィア様!」


 女性置いてけぼりで話を進める俺とベラフィアに、女性の方は若干の膨れっ面でベラフィアの後に続く。

 納得はしていないようだが相方がスタスタとカウンター席に向かってしまうので仕方ない、といったところか。

 ベラフィアの後に続きながら物珍しそうにキョロキョロと店内を見回している。

 

「ご挨拶が遅れました。私は神官長補佐のベラフィアと申します。姫巫女様の教育係、そう思っていただければよろしいかと」

「あ!私は姫巫女様の御側付きのリミューンといいます」

「わざわざありがとうございます。マスターのクラウスです」

「クラウス……なるほど、そうですか」


 互いに自己紹介を済ませると、ベラフィアが納得した様子で頷く。

 うーん、まぁ、そうなる、かな。

 とりあえずベラフィアに視線を送っておく。

 内緒にしておいて欲しいなぁ、と念を込めて。

 ベラフィアは俺の視線に気づいた後、僅かに首肯してくれた。

 流石に年季が入っている、俺の意図を正確に察してくれたようだ。

 それを見届けると厨房を覗き込む。

 

「マリー、例のあれ、二人分頼む」

「それはいいんですけど……いいんですか?」

「大丈夫大丈夫」


 俺とすれ違う様に店内を覗き込むマリーが心配そうにしながらカウンターへと視線を向ける。

 若干視線を下に下げた後、苦笑を浮かべた。

 

「クラウスさんに任せますけど……」

「まぁまぁ、大丈夫だから調理の方頼む」

「分かりました」


 本日はクロンも居ないのでお互いに交代で厨房に入ったり給仕に入ったりとしていたが、流石にこれの対応をマリーに任せるわけにもいかないので暫く厨房に入ってもらう事になりそうだ。

 

 調理はマリーにまかせて俺はこっちの対応に勤しむとしようか。

 

 カウンターへと視線を向ければ、ベラフィアの方は堂々としたものだが、一方のリミューンはと言えば落ち着かない様子でモゾモゾと体を揺すっている。

 人探しをしている最中にこんなところで飯を食っていていいのか、という不安と……もう一つは周りからの視線だろうな。

 なにせエルフなんぞ滅多に見られるものではない。

 店内で食事をしていた他の客から注目を浴びてしまうのは致し方ないところだろう。

 珍しいのはわかるのだが客であることには違い無いので、あまり不躾な視線は辞めていただきたい。

 牽制も兼ねて店内をさっと一瞥すると慌てて視線を逸らすのだが……その効果も一時だろうな。

 

「誘っておいてなんですが、ここでは落ち着かないですかね」

「いえ、そんな事はありません。お気遣いありがとうございます」


 年の功というやつだろうか、俺でも居心地悪くなりそうな視線を浴びまくっても全く気にもとめていない様子。


 ……まぁエルフの年なんかわからんが。


 神官長補佐……という役職があり、リミューンからも様付けで呼ばれていたことを考えればそれなりに位の高い存在なんだろう。

 であるならば納得の落ち着き具合だ。

 ベラフィアの方は言葉通り気にしなくても大丈夫なんだろうが、一方のリミューンはずっとソワソワしておりなんだか可愛そうになってくる。


 うーん、こりゃダメかな?


 幸い今店に残っているのは常連ばかり。

 多少邪険に扱ったところで問題もあるまい。

 食ったらさっさと帰れ、とばかりに視線を向けると、あちらもそれを理解したのかやれやれと言いたげに肩をすくめた後、一斉に席を立つ。

 

「おかえりですか。ありがとうございました」

「白々しく言いやがって。後でわかってるだろうな?」

「分かってるって」


 これはパンをサービスするくらいじゃ足りなさそうだ。

 エルフの方々には悪いが事の仔細を報告せざるを得ないな。

 常連連中がゾロゾロと一斉に店を出ると店内にはエルフの二人のみが残る。

 他の客に入られるのも困るしと、さっさと入り口のプレートを変えてくる。


「これは大変申し訳無い」

「落ち着いて食事してもらうのも必要な事です」


 ベラフィアとの会話を不思議そうに聞いていたリミューンだが、漸く何のことか気づいたようで、慌てて席を立ち頭を下げた。

 

「す、すみません!ありがとうございます!あの……皆さん大丈夫なんでしょうか」

「大丈夫ですよ。皆顔なじみです。まぁ後で文句の一つは言われるでしょうけどね」


 こればかりは事実なので仕方ない。

 まぁ何も問題は無いと言ってしまう方がいいのかもしれないが、多分彼女は変に勘ぐってしまうタイプだろう。

 ならば多少の問題はあります、程度に事実を述べておいたほうが萎縮せずにすみそうだ。

 

「それはすみませんでした……」

「まぁまぁ、とりあえず座って下さい。ひとまず事情を聞いてもいいですか?さっきの連中に土産話の一つでもないとなんで」


 まぁぶっちゃけ、何となく予想は付いているんだが……姫巫女と呼ばれた事には正直驚いてるんだよなぁ。

 その辺の話も聞けると有り難い。

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