第36話 雪解けの祭り
「はい、いちごとバンナの実を一つずつですね。ありがとうございます」
「お待たせしましたっす!いちご3つっす。柔らかいんで気をつけて持ってくださいっす」
「こっち生地焼けたぞ」
「クロン、後ろからバンナの実取って」
「はいっす」
雪解けの祭り当日。時刻は昼前。
街の中央を横断する大通りのほぼ真ん中、中央広場と呼ばれる大きな広場の入り口あたり、我らが走る子馬亭の薄皮包み屋台には多くの客が並んでくれている。
先程いちごの薄皮包みを買ってくれた家族の小さな子供が、両手で持った薄皮包みを潰れないように慎重にパクリと口にすると、んん~~と何かを堪えるようにバタバタと足踏みを繰り返すのが見えた。
「おいしい!!」
「本当、美味しいわねぇ」
「走る子馬亭の屋台はいつも旨いけど、今年のは特に旨いなぁ」
うむ、中々の好評ぶり。
しっかりと準備してきた甲斐があったというものだ。
功労者たるクロンも耳をピクピクと動かしては耳聡く客の反応を聞いているようで、だらしなく口元が緩んでいる。
「えへへぇ~」
「嬉しいのは分かるけど、今は手を動かして」
「あ、はいっす」
なにせまだ昼には少し早いと言うのに列が出来てしまっているほどだ。
いや、寧ろ昼前だから、なのかもしれない。
マリーの話では、祭りのメインとなる祈り子による感謝の言葉と踊りを捧げるイベントは正午過ぎに開始されるとのこと。
祈り子達が登場すると大半はそちらを見るので、午前中に他の様々な催しを見てしまおうという人が結構な割合で居るそうだ。
ということで、午前中に色々見てきた人と、祈り子を見る為に少し早めに動き出した人が共に存在する今の時間が一番人の流れが激しい時間帯かもしれない。
「はい、こっちがバンナの実で、こっちがいちごっす。お待たせしましたっす!」
「ありがとう。ん~いい匂い」
「これはどうやって食べるんだい?」
「そのままガブッといっちゃってくださいっす」
「ガブッと、なるほど、ありがとう」
「ありがとうございましたっす!」
事前に決めておいた役割分担は上手いこと回っているようだ。
俺がひたすら生地を焼き、マリーが注文を受けてそれに合わせて具材を生地に乗せて、最後クロンが包んで客に渡す。
屋台自体はそれほど大きくないから3人入ると少々手狭ではあるが、大掛かりな器具は必要無いのでなんとかなっている感じだ。
出る割合はいちご3に対してバンナの実2といったところか。
いくつか纏めての注文時は大体半々くらいだが、1つの時はいちごの方がよく出ている。
1つだと食べ比べとか出来ないもんな。
無難ないちごに人気が偏るのは致し方なしか。
事前にサリーネに試食をお願いしておいて良かった。
御蔭でいちごの方を多めに仕入れることが出来た。
でなければいちごだけが先に無くなってしまうところだったな。
ふと、列の後ろの方に見たことある顔が並んでいるのに気づいた。
アランさんとカズハ……と、黒髪の彼女はアランさんの奥さんかな?
こちらの視線に気づくとカズハが小さく手を振っている。
足の具合も大分いいのか、先日とは違いアランさんに肩を借りている様子は無いが、それでもやはり足を庇っているのだろう、重心が傾いている事が見て取れた。
俺の隣で具材を乗せているマリーも3人に気づいている様子だが、クロンは自分の作業で手一杯なのか気づいてなさそう。
サクサクと出来上がる薄皮包みのお陰で列もどんどん進んでいき、あっという間に3人の順番だ。
そこまできて、クロンは漸く気づいたようだ。
「あっ、カズハさん!」
「こんにちは。来ちゃいました」
先日のやり取りだけですっかり仲が良くなった二人。
流石にまだぎこちなさがあるのか、お互いに恥ずかしそうに照れ笑いを漏らしている。
「いらっしゃいアランさん。そちらの方は?」
「こんにちはクラウスさん。あぁ、こっちは私の妻のアカネです」
「アカネと申します。この度はカズハがお世話になりまして」
ゆっくりと頭を下げるアカネさん。
サリーネ程ののんびり具合ではないが、ゆったりとした雰囲気を身にまとう美人さんだ。
アカネさんか。
ふむ、カズハに続きこちらも聞き慣れない語感の名前だ。
黒髪もそうだが、名前も聞き慣れない感じ、このあたりの出身ではなさそうだな。
黒髪自体は南方に行けば多く見られるのだが、南方の名前の感じともまた違う印象だ。
他には確か……大陸の北東にある大山脈、通称、偉大なる壁を超えた先には俺達とは違った文化を持つ黒髪の人々が住む国があるという話だったか。
一度超えてみたいと思っていたが、結局超える前に冒険者を引退することになっちまったなぁ。
「いえ、クロン本人も喜んでいますから」
「カズハも同い年の友達は初めてですから、喜んでしまって」
とそんな事を考えていたらいつの間にかマリーとアカネさんとで話しが盛り上がっている。
なんだか井戸端で自分の子供や旦那の話をし始める御婦人のようだ。
クロンが子供だとしたら俺が旦那か?
……いや、まだそんな歳ではない。俺はまだ若い。
「ほら、アカネ、後ろにお客さんが並んでるんだ、話はそれくらいに」
「あっ、ごめんなさい。いちごを2つとバンナの実を1つお願いします」
「はい、ありがとうございます」
うーん、やっぱりいちごの方が出るよなぁ。
特に女性陣にはいちごの方が人気があるような印象がある。
「はい、お待たせっす」
「ありがとう、クロンさん」
出来上がった薄皮包みを渡しながら、若干のぎこちなさを残しつつ笑い合っている二人。
先程アカネさんが同い年の友達が居ないから喜んでいると言っていたが、それを言うのであればクロンにとってカズハはこの街でできた初めての友達だ。
まぁクロンの性格ならばそのうち友達ができた可能性も少なくはないが、ともかく嬉しいのはお互い様だろう。
このままいい関係が続いてくれればいいものだ。
「ところで、アランさん達はこの後は?」
「もういい時間なので一度家に帰ろうかと。準備もありますし」
「あっ、もうそんな時間でしたか。クロン、こっちはもういいから、カズハちゃんと一緒に準備してらっしゃい」
「わかったっす」
祈り子としての役目は正午過ぎから。
その前にクロンとカズハはカズハの家で準備する予定になっていた。
今朝、サリーネに仕立て直してもらった祈り子の衣装を早速着たいと騒いでいたクロンだが、マリーとサリーネの二人から、祈り子としての役目が始まる直前まで着ちゃいけないと説得されて渋々断念していた。
直前まで着てはいけない、という制限が入るあたりがいかにも儀式的だな。
そんなわけで、祈り子の役目が始まるまで働く予定のクロンは今はいつもの給仕服だし、カズハも普段着といった装い。
開始前にはどこかで着替える必要があるのだが、俺達はここで屋台を開いているため走る子馬亭には戻れないのもあって、カズハの家で一緒に準備することになったのだ。
汚れが入らぬ様にぴっちりと閉じられた包みを抱えるクロンを横目に、マリーに目配せをする。
マリーも同意する様に小さく頷くとバンナの実を一つ取り出してくれる。
ちゃんと伝わっているようでありがたい。
そして俺は生地をもう1枚焼く。
「それじゃ、行ってくるっす!」
「いってらっしゃい。はいこれ、餞別」
そういってマリーが差し出すのはバンナの実を包んだ薄皮包み。
キョトンとした顔のクロンに思わず吹き出しそうになってしまったが、なんとか堪えたぞ。
偉い俺。
「いいんすか?」
「祈り子のお役目は結構大変だからね。ちゃんと食べないと途中でバテちゃうよ。カズハちゃんと一緒に食べてちょうだい」
「ありがとうっす!それじゃ改めて、行ってくるっす!」
「おう、行ってらっしゃい」
駆け足でカズハの元へと向かうクロン。
一度こちらを振り返り、大きく手を振るの見て、俺達も手を振り返した。
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