第33話 お蔵入り、年齢、特別なもの

「衣装が作れなかったのは残念ですけど、また来年、ですね」


 サリーネを慰めるつもりでそう声を掛けたのだが、当のサリーネはキョトンとした様子だ。

 あれ、なんか間違ったか?

 

「流石にもう衣装は作り終わってるわよぉ」

「あ、そうなんですか」

「それはそうですよ。雪解けの祭りはもう明後日ですよ?」


 それもそうか。

 料理を作るのとは違うんだ、サクッと作れるものではないか。

 ん、あれ、それじゃ何をがっかりしているんだろうか。

 そんな俺の疑問を察したのか、マリーが補足してくれた。

 

「えっと、祈り子の衣装は雪解けの祭りの時だけに着る特別な衣装なので……」

「あぁなるほど、お披露目する機会が無くなっちゃったって事か」

「そうなのよぉ」


 それは逆に作れなかった時よりも残念さが増すかもしれないな。

 どんな衣装を作ったのかは知らないが、サリーネの一世一代の大仕事。

 当然、人一倍気合を入れて作ったに違いない。

 実際、カウンターで凹んでいるサリーネの顔には疲れの色が見える。

 

 クマ、できてるしな。

 

 それだけの苦労を掛けた衣装が日の目を見ない、というのは堪えることだろう。

 折角の衣装、他に着られる人が居るのであればそちらに回すという手もあるのかも、と一瞬考えたが、祈り子の衣装は欠けること無く全員に行き渡っていると考えるべきだろう。

 今から唐突に参加が決まった子が居るとかで無い限りは無理か。

 

「気持ちが落ち込んだ時は美味しいものを食べるに限るっすよ!今日は薄皮包みは無いっすけど……」

「気を使ってくれてありがとうクロンちゃん。お祭りの時にしっかり食べるから大丈夫よぉ」


 なんともクロンらしい励まし方だが、まぁあながち間違ってないからな。

 美味いものは負の気持ちを吹き飛ばす力がある、と俺は思っている。

 祈り子には一年遅かったと知った日のクロンは少々凹み気味だったが、それでも夕飯を食べたらケロッと機嫌を戻していたからな。

 

 クロンも年頃ではあるし、誤魔化せば祈り子として参加……いや、流石に無理か。

 あと一年早ければもしかしたらサリーネの衣装はクロンが着ていたのかもしれないな。

 獣人用の衣装を作るのは大変かもしれないが、それこそ職人の腕の見せ所というところだろう。

 

 ……まてよ、獣人?

 

「なぁクロン、お前今何歳なんだ?」

「へ?今15っすよ?あ、祈り子っすか?14歳って事だからボクは参加出来ないっすよー」

「じゃぁクロン、生まれたばかりの赤ちゃんの年齢って何歳だ?」

「はぁ?何を当たり前の事を聞いてるんすか。1歳っすよ」

「えっ!?」


 やはりか!

 驚いてるマリーを後目に、俺の考えが当たっていた事に心の中で拳を握る。

 

「生まれた時は0歳でしょ?」」

「えー?それはおかしくないっすか?もう生まれてるのに、0って変っすよ」

「それはどちらも正解なんだよ、マリー、クロン」

「どういうことですか?」

「人の数え方では生まれた歳は0歳。獣人の数え方では生まれた歳は1歳とするんだ」


 俺も最初聞いた時は違和感を覚えたものだが、話を聞けばどちらも納得が行く話だった。

 人の理論としては、生まれてまだ1年も経っていないから0歳。

 獣人の理論としては、既に生まれているのだから、0歳、つまり歳が無いというのはおかしいので1歳。

 

 どちらも言い分としては間違っていない。所謂文化の違いというやつだろう。


「あれぇ、そうなるとぉ、もしかしてクロンちゃん、人の年齢の考え方でいうとぉ、今年14歳って事なのかしらぁ」


 本題はそこだ。

 クロンの獣人要素が耳と尻尾しか無いのでうっかりしていたが、人の年齢で言えばクロンは今年の祈り子の対象者だったということだ。

 サリーネの指摘に一瞬キョトンとした顔で硬直していたクロンだが、その言葉の意味をしっかりと理解し始めると、ゆっくりと、しかし確実に勢いを増しながら尻尾が揺れだした。

 

「も、もしかして、ボクも祈り子になれるんすか!?」


 期待に満ちた顔でサリーネへと視線を向けるクロンだが、サリーネの方はなんとも浮かない顔をしていた。

 

「えっとぉ……残念だけどぉ、祈り子にはちゃんとした衣装が無いとだからぁ……今から衣装を作るのは難しいかもしれないわねぇ……」

「そ、そうなんすか……」


 一瞬で尻尾と耳が屁垂れた。

 いや、だが大丈夫だ。

 その答えも俺の想定内。

 

「そこでだ、サリーネさんの衣装をクロン用に仕立て直す事は出来ないか?」


 ふふふ、我ながら完璧な案だ。

 クロンは祈り子として参加出来るし、サリーネは自分の作った衣装を披露する機会にも恵まれる。

 流石に一から作り直すのは難しいだろうが、既に出来上がっているものを仕立て直すのであればそこまで難しくは無いだろう。

 もちろん、元々着る予定だった相手の体格にもよるだろうが、クロンは特別大きくも小さくもない。

 相手も平均に収まる程度であればなんとか出来る可能性はあると踏んでいる。

 どうだ、とばかりに三人へと問いかけるが、なんと三人とも微妙な表情だ。

 ……何故だ?

 

「クラウスさん、それはダメっすよ」

「いや、ダメな理由が良くわからんのだが……」


 これは本心だ。

 クロンもサリーネも、お互いに望みを叶えられる最高の案だと思ったんだが。

 どうにも納得出来ずに居ると、クロンが予想外に少し怒った様子で続けた。

 

「祈り子は一生に1回の特別なモノだし、その衣装だって一生に1回だけ着られる、祈り子のためだけに作られた、その子だけの特別な衣装のはずっす。例え祈り子としてお祭りに出られないとしても、それを横取りするような事はボクには出来ないっすよ」

「っ」


 ハッとした。

 そうだよな。

 サリーネが衣装を作るということは、当然その衣装を着る予定だった子が居るということ。

 俺はその子の事を全く考えず、目の前の事だけを考えていた。

 これまでのマリーやサリーネの様子を見れば一目瞭然。

 この祈り子という役目は、本当に一生に一度の特別なものなんだ。

 その衣装を使い回せば良いと、そんな浅はかな考えに自分自身で赤面する思いだ。

 

「いや、すまない。そうだよな。そこまで考えが至らなかったのは純粋に恥ずかしいな」

「い~え~、クラウス君は私の事も、クロンちゃんの事も考えてくれたって事でしょう?ちょっと嬉しくなっちゃったわぁ」

「そうっすよ!まぁちょっと方法があれだったっすけど」

「だからすまなかったって……」


 クロンの容赦ない追撃に反論の余地もない。

 サリーネは苦笑し、マリーに至ってはくすくすと笑いをこらえている始末。

 ぬぅ、不覚だった。

 

「ま、まぁともかく!そうなるとクロンが祈り子になるのは難しいか……」

「そこは仕方ないっすよー。残念っすけどね」


 言葉に残念さは残るものの、その表情は思ったよりも落ち込んでいる様子はない。

 気持ちの切り替えが早いのはクロンの長所だな。

 

「うーん……」


 一方でサリーネは何か気になることでもあるのか、うつむき加減で唸っていた。

 まぁ元から参加出来ないと思っていたクロンと、元々出来るはずだったものができなくなったサリーネでは感じ方も立ち直り方も違うか。 

 常連になってくれた人の折角のチャンス、どうにか出来ないものかと思うところだが……本当に残念だなぁ。

 

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