第34話 傷ついた祈り子、願い、拒否

 と、話が一段落したタイミングで、唐突にカランとドアベルの音が響いた。


「準備中にすみません、サリーネさんは来られていませんか」


 入り口のドアを開けて入ってきたのは最近良く顔をだすようになってくれた道具屋のアランさんだ。

 てっきりサリーネが入ってきた時には開店中にしたままだと思っていたが、ちゃんと準備中になっていたようだ。

 まぁサリーネだし別に準備中に入ってこられても特に問題は無いんだがな。

 少し時間は早いが、いっそ開店中にしてしまっても良いかもしれない。


「いらっしゃい。中へどうぞ。サリーネさんならここで溶けてますよ」

「あぁ、良かった。カズハ、入ってきなさい」

「えと、お邪魔します」


 そういってアランさんの後ろからひょっこり顔を出したのは、この辺では少し珍しい黒髪の少女。

 年頃は……クロンと同じくらいか。

 アランさんの娘さん……か?

 にしてはアランさんは綺麗な金髪だし、カズハとは聞き慣れない語感の名前だが……。

 それよりも気になったのは、カズハと呼ばれた少女がアランさんの肩を借りながらひょこひょこと片足を庇うようにして入ってきた事だ。

 カウンターで溶けているサリーネがゆっくりと入り口へと向き直ると、驚いたように目を見開いていた。

 

「カズハちゃんじゃないのぉ、どうしたのぉ?」

「えっと……」

「ほら、カズハ。自分で直接伝えるんだって決めたんだろう?」


 サリーネの視線にもじもじと言いづらそうにしていたカズハがアランさんの後押しにすぅ、と小さく息を吸ったのが聞こえた。

 

「あの!祈り子の衣装、ありがとうございました!」


 そう言うと、アランさんに肩を借りながらなので多少不格好ではあったが、大きく頭を下げる。

 

 あぁ、そういうことか。

 

「良いのよぉ。私は依頼をこなしただけだものぉ。でもぉ、喜んで貰えて嬉しいわぁ」


 カズハのお礼に最初は驚いた顔をしていたサリーネだったが、すぐに胸元で手を合わせながら破顔した。

 彼女がサリーネが作った衣装を着るはずだった子か。

 てっきり足をポッキリ折ったとかそういう話だと思っていたのだが、思ったよりは怪我は軽いようだ。

 開催が後5日……いや、3日でも先であれば彼女も参加出来たかもしれないな。

 今年はいつもよりも積もらなかったという話だから、いつも通り積もっていればあるいは……。

 いや、もしもを考えても仕方ないか。

 

「でも……折角の衣装なのに、私こんな事になっちゃって……すみませんでした」

「あらあら、謝ることじゃないわぁ。きっと、カズハちゃんがかわいすぎて春の神様が皆に見せたくないくらい気に入っちゃったのよぉ」


 店に入ってきた時はこの世の終わり、とでも言うかのように落胆していたサリーネも素直で混じりけのない感謝の言葉を掛けられれば機嫌も治るらしい。

 サリーネらしい言い回しでフォローするとうっすらと頬を紅潮させたカズハがブンブンと首を横に振っていた。

 

「そそ、そんな事ないですっ」

「あらぁ、そんな事あるわよぉ。ねぇクロンちゃん?」

「春の神様はよくわかんないっすけど、カズハさんはかわいいっすよ?」


 良くわからん唐突な話の投げ方をされた割に、クロンがけろっと言って見せるものだから……ほら見ろ、カズハが一瞬で顔真っ赤になったぞ。

 クロンの裏表の無い性格はときに凶器になりえるな……。

 なんと返したらいいのか分からずにオロオロしている様子だったカズハが、ふと何かに気づいたように目を丸くする。

 

「わぁ、獣人さん?」

「そうっす!ハーフっすけどね!実はボクも祈り子参加出来なかったんすよー」

「えっ!そうなの?」

「今日ボクが14歳だったって事が分かったんすよ。でも衣装用意できそうに無いんで、ダメだったっすー」

「???」


 しょんぼりモードで耳を尻尾を垂らすクロンだったが、クロンの言ってる事が理解出来ずに混乱した様子のカズハ。

 まぁそりゃそうだよな。

 自分の歳がわからなかった、みたいな言い方されたら混乱するわ。


「獣人の歳の数え方は人のそれとはちょっと違ってね。クロン自身は15歳だと思っていたんだけど、人の数え方だと14歳だったって今日気づいたのさ」


 獣人の歳の数え方について詳しい説明は省くが、まぁこれで凡そは伝わるだろう。

 アランさんとカズハが二人してへぇ~と同時に声を漏らす。

 息ぴったりだな。

 流石親子ってところか。

 髪の色だけを見れば親子なのか疑問に思えたのだが、よくよく見れば細かい仕草や目尻なんかはよく似ている。

 

 ふとカズハが何かを思いついたかのように小さく、あっ、と声を上げサリーネへと向き直る。

 

「あの、サリーネさん、お願いがあるんですけどいいですか?」

「何かしらぁ」


 答えるサリーネの表情は言葉とは裏腹に、何を言うのかをわかっているかのように落ち着いている。

 

「私の衣装、獣人さんに合わせて仕立て直せませんか?」

「それは――」

「それはダメっすよ!」


 サリーネの返答を前に、割り込むようにして声を上げたのはクロン。

 カズハのお願い、それは先程俺が提案した内容そのものだ。

 だが俺の時とは決定的に違う事がある。

 それはその衣装の持ち主であるカズハからの提案だということ。

 俺の提案が相手の事を考えなかった事が問題なのだとしたら、カズハからの提案であれば問題ない、と言えなくもない。

 が、流石の俺もこれを否定するクロンの気持ちが分からない訳がない。

 大きく声を荒げたクロンの頭をポンポン、とマリーが撫でると、自分の行為を恥ずかしく思ったのか、途端に落ち着かない様子で視線を泳がせていた。

 

「私の作った衣装、気に入らなかったかしらぁ」

「そ、そんなことは無いです!でも、凄い素敵な衣装だったから、着られないままなのは可愛そうだと思って……」


 うん、なんというか、いい子だなぁ。

 うちのクロンも大分いい子だなぁと思ったものだが、カズハもいい子だ。

 そんな二人が祈り子として参加出来ないとは、春の神様もなんとも意地悪なことだ。

 どうにかして二人とも参加できるようにしたいとは思うのだが、如何せん手段がないんだよなぁ。

 すぐに怪我が治るわけでもないし、すぐに衣装が用意出来るわけでもない。

 カズハの願いを聞き入れればクロンだけは参加出来るだろうが、クロンは絶対にそれを良しとしない。

 それぞれがそれぞれの事を思いやっているからこそ、上手くいかない。

 

 マリーとエリーを思い出すな。

 

 とりあえず出来る事は可能性を探る事、くらいか。

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