第31話 好評、バンナの実、不安

 俺とマリーが美味いと評した事で自信を得たのか、意気揚々と厨房へと入っていくクロン。

 その後ろ姿を見ながら、サリーネがへぇ、と声を上げる。

 

「クロンちゃんが作るのぉ?」

「えぇ。クロンの故郷の料理なんですよ。祭りの屋台で出そうと思ってるんですけど、感想とか聞かせてもらえれば助かります」

「あぁ~走る子馬亭は今年も甘味を出すのねぇ。毎年楽しみにしてるわぁ」


 やはり見立ては正しかったようだ。

 毎年楽しみにしてくれている人がいるのであれば、その期待に応えてこそだからな。

 ちらりとマリーを横目で見れば、少し眉を下げている。

 去年は色々あって屋台を出せなかったという事だから、申し訳無さを感じているのかもしれないな。

 まぁ過去は過去。今年の雪解けの祭りで十分に喜んで貰えればそれでいい。

 

「できたっすよー」

「えっ?もうできたのぉ?」


 そんな事を考えているうちにあっという間にクロンが薄皮包みを作って持ってきた。

 竈には火が入ったままだったからか、本当に早かったな。

 サリーネが驚くのも無理はないか。

 このペースで提供出来るなら屋台でも全く問題無さそうだ。

 

「屋台はできるだけ早く客を捌かなきゃならないですから」

「ふぅん、色々考えてるのねぇ」


 クロンが持ってきた2種類の薄皮包みを右から左からと眺めつつ、ちょんちょんと指で突いているサリーネ。

 大丈夫だ、噛みついたりしないから。

 

「えっとぉ、どうやって食べるのかしらぁ」

「あ、あぁ、そのまま手で持ってまるごとガブッとやってください」


 どうやら食べ方がわからなかっただけらしい。


 うん、誤解してました。すみません。


 そりゃぁ初めて見る料理だ、わからんよな。

 どうやら指で突いていたのは熱さを調べるためだったようだ。

 確かにパンや串焼きなんかは手で持ってそのまま食べる事も一般的だが、初めて見た料理をそのまま手づかみでというのは中々考えない。

 手で持つつもりだったクロンも当然フォーク等持ってきていないのも拍車を掛けていたか。

 恐る恐るといった風でまずは小さく丸めたいちご入りの薄皮包みを手に取るサリーネ。

 予想外の柔らかさに少し戸惑っている様子だが……うん、崩れ落ちるような事はなさそうだ。

 初見の人でもしっかりと保持出来る事を確認できたのはそれだけで重畳だ。

 大きく口を開けてまるごとパクリと口にする。


 さて、どうだ。

 

「んん~~美味しいわねぇこれ」


 よし、大丈夫そうだな!

 クロン、そしてマリーへと視線を向けると、クロンは自慢げに腰に手を当てて胸を張り、マリーはホッとした様子で手を合わせていた。

 そのまま1個ぺろりと平らげると、次の目標へと視線を向けるサリーネ。

 

「甘くて酸っぱくておいしかったわぁ。こっちは何が違うのかしらぁ」

「中身が少し違うんです。こっちも美味しいですよ」


 マリーがそう応えるや否や、いちごよりも少しサイズの大きいそれに同じくかぶりつくサリーネ。

 

「あらぁ、こっちも美味しいわねぇ。でも変わった味ねぇ。中身は何なのかしら」

「それはバンナの実と言います」

「バンナの実?初めて聞くわねぇ」

「この辺じゃあまり見かけないですからね。たまたま露店通りで見つけたんです」

「コレっすよ!」


 丁度クロンが厨房においてあったバンナの実を持ってきてくれた。

 中々に気が利くじゃないか。


 クロンの手の中にあるのは黄色い棒状の物が房の様にまとまっているものだ。

 本当に、露店通りでこれを見つけられたのは僥倖だった。

 店主に聞けば元々南方の出らしくて、これをカーネリアで流行らせたいのだとかなんとか。

 ありがたいことに定期的に仕入れる予定らしく、このバンナの実も鮮やかな黄色をしている。

 たしか、古くなってくると黒い斑点が出てくるとか言う話だったから、本当に新鮮な物を持ってきてもらっているのだろう。

 俺の記憶ではバンナの実が採れる地域はそれなりに南だったような気がするんだが、どうやってこれだけ新鮮な状態のまま運搬してきているのか……謎だ。

 まぁ野菜や果実の少ないこの時期に新鮮な果実を得られるのだ、深くは気にすまい。


「この黄色い皮を剥くと程よく柔らかくて甘みのある実が出てくるんです」

「へぇ…ねっとりとした感じはこの実のお陰なのねぇ」

「美味しいっすよねこれ!」


 どうやらクロンはバンナの実がすっかりお気に入りになったようだ。

 確かに美味い。

 そして手軽。

 簡単に剥ける皮を剥くだけで食べられるので、南方へと出向いていた頃は移動食として携帯していた事もあったな。


「確かに美味しいわねぇ。でもぉ……」


 言いよどむサリーネにクロンの表情が一気に曇る。

 ブンブンと勢い良かった尻尾もペタリと垂れ下がっている。

 気持ちは分かるが、客の前ではもう少し感情を表に出さない努力をして欲しい。

 

 ……いや、それではクロンの魅力8割減か。そのままで良いぞクロン。

 

 ともかくクロンのしょげた様子にサリーネは益々言いにくそうだ。

 だがここは率直な意見を聞かなければならない場面。

 クロンには悪いが先を促すほかあるまい。

 

「素直な感想が聞きたいので、お願いします」

「そぉお?う~ん、すごく美味しいんだけどぉ、少し食べ慣れないかなぁ、とは思ったかなぁ」

「ふむ、なるほど」


 確かにこの辺りでバンナの実を食べたことがある人はそう多くはあるまい。

 比較的癖の少ない果実だとは思うが、それでも独特の甘い香りと食感は食べ慣れない人にとっては違和感となるかもしれない。

 マリー、クロンには薄皮包みに入れる前にバンナの実そのものを食べてもらっていたので、これはそういうものだと理解して食べていた所もあるだろうが、初めて食べる人に取っては突然未知の味が口の中に広がるのだ、戸惑うこともあるだろう。

 下手をすれば、初めての食感に腐っている、と吐き出してしまう人がいる可能性も否定できないか。

 

「いちごの方は本当に美味しかったわぁ。あっ、今気づいたんだけどぉ、このバンナの実?の方は全部甘いからぁ、少し口の中がさっぱりするような物が欲しくなるわねぇ」

「あっ、確かにそうですね。今お茶出しますね」


 いそいそと厨房へと入りお茶の準備をするマリーを後目に、しょんぼりモードのクロンの肩を叩く。


「薄皮包み自体は好評だからな」

「そうよぉ、薄皮包み?は本当に美味しかったわぁ」

「……そうっすよね!」


 俺とサリーネがフォローするとあっという間に機嫌が治ったようだ。

 

 本当に感情の起伏が激しい子だなぁ。

 

 ともかく、外部の感想もしっかりと得られた。

 この感触ならば自信を持って屋台を出すことが出来る。

 個人的にはバンナの実の方が美味いと思うのだが、サリーネの様子を見るにいちごの方を少し多く用意しておいたほうがいいかもしれないな。


「サリーネさん、お茶どうぞ」

「ありがとぉ~。ん~お茶美味しい」


 なるほどお茶を一緒に出すという手も……いや、下手に手を広げすぎると崩壊するな。

 その辺は他の店に任せよう。

 屋台については概ね決まってと見ていいだろう。

 後は祭りまでの間に細かいことを決めつつクロンからしっかりと教えて貰わないとだな。

 ただ、バンナの実については少し工夫が必要になるかもしれない。

 俺の基準で言えばバンナの実程この薄皮包みに向いている果実は無いと思うのだが、それはあくまで俺の基準。

 サリーネの反応を見ても、楽観視は出来ないだろう。

 茶を飲んでほっこりしているサリーネを見ながら、お互い忙しくなりそうだな、とそんな事を思った。

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