第30話 決定、祈り子、衣装

 俺が作った薄皮包みを口にした二人が、プルプルと振るえている。


「クラウスさん、これ!」

「うんまーいっす!」


 そうだろう、そうだろう!

 これは間違いなく薄皮包みに合う……いや、もはや薄皮包みのためにあると言っても過言ではないだろう!

 

「ハハハハ!我ながら天才的な発想だ!」

「アハハ……それは流石に……でも本当に、美味しいですこれ。生地の柔らかさも損なわれていないですし」

「クリームとの相性もバッチリっす。こんなの何処で見つけてきたんすか?」

「前にマリーと一緒に露店通りを歩いている時にな」


 そう、それはあの地獄の無料期間が終了した翌日だった。

 食材を揃えるために出向いた露店通りでコレを見かけたのは正に天啓だったのかもしれない。

 

「あの時ですか。……ふらふらしてたのも無駄じゃなかったですね」

「う、ま、まぁな!」


 そんなジト目でこちらを見ないでくれ。

 まぁ確かにあの時は単純に物珍しさでウロウロしていただけなんだが……結果良ければ全て良しだ!

 

 ……世の中、何が切っ掛けになるかわからんもんだなぁ。

 

「と、ともかく!これといちごの二種類を出す事にしよう」

「これも美味しいっすけど、やっぱりいちごの酸っぱいのも美味しいっすからね」

「ひとまず二種類。上出来だと思います」


 こんなものだろう、というマリーには賛成だ。

 あまり種類を増やしすぎるのも困るし、この時期だ、増やそうと思っても難しい。

 一応他の果物も見てみたのだがこれと言ったものは見当たらなかった。

 まぁ、雪のせいであまり露店が開いて無かったというのもあるが。

 そう考えると、コレを置いていた露店が開いていたのは僥倖だろう。

 

 取り敢えず、いちごは生地を巻く形にして、こちらはこれを芯にして巻きつける形にする事を皆で決めると、丁度いいタイミングにカラン、と入り口の扉が開く音がした。

 

「こんにちわぁ~お店開いてるかしらぁ~」


 こののんびりとした声は……

 

「サリーネさん、いらっしゃいませ」

「いらっしゃいっす!」


 すぐさまマリーとクロンが店の方に顔を出す。

 遅れて俺も顔をだすと、妙に疲れた顔のサリーネがぐだぁとカウンターで溶けていた。

 

「今日は随分とお疲れのようですね」

「そうなのよぉ…ほら、冬の忘れ物が降ったでしょぅ?だからぁ、雪解けの祭りが……って、クラウス君は知らないかぁ」

「あぁいえ、今その話をしていたところなんです。それで、祭りがどうしたんですか?」

「えっとぉ、雪解けの祭りではぁ、14歳の子が春の神様への感謝の言葉と踊りを捧げる祈り子ちゃんの役を務めるのねぇ」


 この国には一応古くからある神言教という宗教が広まっているが、祈りよりも力!みたいな先人達が開拓した事で出来た国だからというのもあるのか、あまり熱心な信者というのは居ない。

 そこに元々この辺りに住んでいた獣人達の自然を崇拝する考えも広まり、結果として神言教と自然崇拝とが融合した独特な考えを持つ人が多い、らしい。

 俺もこの国に生まれた人間だからそういった部分を実感する事は無かったが、冒険者時代に様々な人と出会うことで知ることが出来た。

 祈り子、というのもそういった融合した考えの中で出来た事なのだろう。

 

「私もやりましたよ。緊張したなぁ」


 胸に手を当てて目を瞑るマリー。その当時の事を思い出しているのだろうか。

 14歳と言えば世間的には一応は大人の仲間入りとされる歳。

 なるほど、これを無事に終わらせることでその一員として歓迎される、ということかな。


「それってカーネリアの生まれじゃないとダメとかあるんすか?」

「いえ、今カーネリアに住んでいる人なら誰でも大丈夫だよ」

「うわぁ、惜しいっす……あと1年来るのが早ければなぁ」


 祭りの話となれば興味を持つのはこいつ。

 案外と祈り子の条件が緩いことには少々意外だと感じたが、まぁそれもそうか。

 街自体が50年程しか立っていない若い街だ。

 生まれまで制限したら人数がかなり少なくなってしまうだろうからな。

 クロンは残念ながら1年遅かったようだが、仮に1年早かったら喜々として祈り子に参加していただろうな。

 

「その祈り子が何かあったんですか?」

「それがねぇ…今年は祈り子ちゃんがすごく多くてぇ。いつもは祈り子の衣装は大きな工房が作るんだけどぉ、今年は手が足りないからって、私にもお呼びが掛かっちゃったのよぉ。だから今日は朝からずっと打ち合わせだったのぉ」


 祈り子の衣装……か。

 神へと捧げる役となればそれ相応の衣装に身を包む必要があるよな。

 それを毎年作っているとなれば……なるほど、この街の裁縫関連の技術が妙に高いのも頷ける。

 

 雪が溶けた頃に始める雪解けの祭り。ということはそれほど時間があるわけではない。

 一から衣装を作るとなれば忙しくもなるということか。

 と、何となく勝手に自分の中で納得しながら聞いていると、隣のマリーが目を輝かせていた。


「本当ですかサリーネさん!凄いじゃないですか!」

「マリーちゃんありがとぉ~」


 返す言葉に力が無いが、その顔は確かに嬉しそうだ。

 

「そんなに凄いんすか?」

「雪解けの祭りで一番の目玉だからね。衣装制作の依頼が来るのは裁縫ギルドに認められた一流の証なの」

「ほえぇ~」


 うん、その顔はわかってないな。

 かく言う俺も裁縫ギルドの内情までは流石に知らないが、何となく雰囲気は分かる。

 ギルドに認められた一流……となると……そうだなぁ……。


「冒険者ギルドに例えれば……多分シルバーか……いやゴールド級ってところなんじゃないか?」

「ゴールド級っすか!!凄いっす!」


 冒険者のランクは下からカッパー、ブロンズ、アイアン、スチール、シルバー、ゴールド、プラチナ、ミスリル、オリハルコン。

 決まっている訳では無いが、概ねブロンズまでが初級、スチールまでが中級でプラチナまでが上級と呼ばれる。

 ミスリル、オリハルコンは特級と呼ばれる特別階級でほとんど存在していないという話だから、一般的にはプラチナ級が最上位といって良い。

 ギルドに認められた一流となると、ゴールド辺りが該当するような気がする。

 多分。


 ゴールド級じゃないかと言われ、先程までの微妙に興味のなさそうな様子から一転して目を輝かせているクロン。

 冒険者……に限らない事だが、他職を下に見ているような連中もいる中で、他職の実力者を素直に尊敬することが出来るのはクロンの良いところだろうな。


「それにしても、その若さでギルドに一目置かれているのは純粋に凄いですね」

「あらぁクラウス君、女性に年齢の話はご法度よぉ。それにぃ、今年は人数が多かったからぁ、ただの補欠が繰り上がっただけよぉ」

「その補欠になれない人も沢山いるんですから!」


 マリーにしては珍しく随分と鼻息が荒いな。

 それだけ祈り子の衣装というのはこの街では大きな意味を持つということなんだろうな。

 まぁ確かに、一生に一度の晴れ舞台。

 祈り子本人にとっても大事なイベントだろうが、それを盛り上げる周りの人間も気合が入るだろうな。

 

「まぁまぁマリー、今はサリーネさんも疲れているだろうからその辺にしておいて。どうします?甘くしたパン粥でもつくりましょうか」


 本来はメニューに無いのだが、疲れている時は少し甘めのミルクパン粥あたりが欲しくなるものだ。

 まぁ逆にガッツリと血の滴るような肉を所望する人も居るのだが、サリーネはそういうタイプではあるまい。

 丁度砂糖も大量に仕入れたばかり。

 開店以来、頻繁に足を運んでくれたサリーネならばこんな特別対応もいいだろう。

 

「そうねぇ……シチューにしようと思ってたけどぉ、ご厚意に甘えようかなぁ」

 

 相変わらずぐだぁとカウンターに突っ伏すサリーネに、はいよ、と答えてから厨房へと向かおうとすると、クロンが、ん~、となにかを考えている風なのが見えた。

 

「クラウスさん、折角だし試食してもらったらどうっすか?」


 お前……天才か?

 丁度明日あたりエリーに試食を頼もうかと思っていたところだ。

 さらに砂糖もそうだが、いちごにも疲労回復の効果があるし、まさにうってつけじゃないか。

 

「サリーネさん。甘味とか、食べます?」

「甘いもの!?食べる食べる!」


 普段ののんびりした口調は何処へやら。

 甘いものと聞くやいなや、体を起こして期待に満ちた目でこちらを見てくる。

 いつもであればそんな期待した視線を向けられても困ると思うところだが、今回に限ってはそれにあらず。

 自信を持って喜んでもらおうじゃないか。

 

「今日のところはクロン、頼む」

「任されたっす!」


 見た感じそこまで難しい工程ではないが、俺もマリーも今しがた作り方を覚えたばかりだ。

 試食してもらうのであれば完璧な物を食べてもらわないと意味がない。

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