第25話 耳と尻尾、駆け出し、採用

「ありがとうございました」

「ありがとうございました!」


 最後の客を見送って、ようやく今日の営業が終わる。

 流石に無料期間の時程ではないが、ありがたいことに結構な客が足を運んでくれた。

 特に、昼の営業が無かったので夜に改めた人も多かったようで、我ながら中々に盛況だったように思える。


「マリー、カーテンとプレートの架替えを頼む。俺は店内の片付けをしてくる」

「わかりました」


 マリーが通りに面している窓のカーテンを閉めている間、散らかった店内の片付けに入る。

 本来ならば片付けをしつつ提供をしなければならないのだが、どうにもこうにも人手が足りていなく、片付けまで手が回らなかった。

 やはり人員の補充は急務か。

 エール用の木製のジョッキやら皿やらを片付けていると、不意に表からドサリと何かが落ちるような音が聞こえた。


 ん?何か落としたのか?


 丁度マリーがプレートの架替えしに行っているのだから、何かあれば声がかかるだろうとテーブルへと向き直ったとほぼ同時、


「ククク、クラウスさん!!大変です!!」


 表から切羽詰まったマリーの声が聞こえてきた。

 

 うん、何かあったんだな。


 取り敢えず片付けは後回しにし、表へと様子を見に行くことにする。


「マリー、どうした?」

「えっと、なんといいますか……」


 店の入り口でオロオロしているマリーの元へと向かうと、彼女の足元には謎の物体が転がっていた。


「うぅ……」


 その物体が小さく呻く。

 いや、よく見たら人だわこれ。

 革の鎧にショートソード。腰には小さなカバン。冒険者か。

 装備の貧弱さから見ても駆け出し…カッパー級か、良くてブロンズ級といったところか。

 小柄な体格から見てもまだまだ子供といっても過言ではない程度に思える。


 そしてそれよりも目を引くのは、頭の上に存在する犬っぽい耳と、腰から伸びる尻尾。


 獣人、か。

 俺としては冒険者をやっている頃にはそれこそ毎日目にしたのだが、獣人が人の生息圏に入ってくる事は比較的珍しいはず。

 なんでまたこんなところに?


「えと、クラウスさん、どうしましょう」

「どうしようと言われてもな……おい、立てるか?」


 しゃがみ込んで顔を覗き込む。

 整った顔立ちが幼さを残す……というよりも、おいおい、もしかして女か?


「走る子馬亭は……ここ……っすか?」


 思わぬ台詞にマリーと共に顔を見合わせる。

 参ったな。

 面倒事は勘弁して欲しいんだが、これじゃ放置するわけにはいかないじゃないか。

 仕方ないのでうつ伏せに倒れている体を抱えあげる。


「わわ、何処触ってるっすか」

「だったら自分で歩け」


 女だったらそういう反応になりそうだなという予感はしていたので即座に返す。

 やっぱり女か。

 男なら適当に扱うのだが……とりあえずマリーのベッドにでも寝かせておくか。

 バタバタする気力もないのかしおらしく俺に抱えられる彼女を抱えたまま店内に入ろうとすると、ぐぅ、といい音が聞こえてくる。

 まぁ、予想はしていたが、まさか本当にそうなるとは思わなかった。

 勿論、その音は抱えている物体からだ。


「まずはご飯から、ですかね?」


 流石のマリーも苦笑を隠しきれないようだ。


「も、申し訳ないっす……」


 恥ずかしそうな声と共に、尻尾がへにゃりと垂れ下がった。



 ※



 テーブルには3人分の皿。

 今日の残りの豆のスープと黒パン、後は茹でた腸詰めとキャベツの漬物。

 豪華ではないが十分だろうという食卓だが、その分の1人分はあっという間に空になっていた。


「はぁぁ、美味しかったっす。感謝の限りっすよ」

「それなら良かったです」


 あっという間に空にしたそいつは満足そうに一息ついていた。

 まぁ店の残り物でこれだけ喜んでもらえるなら何よりなんだが、こちらとしてはそれで終わりというわけにはいかない。


 こちらも食事を取りながら彼女を見る。

 年の頃は……15,6と言ったところか。俺が家を飛び出したのが14だから似たようなものだな。

 顔立ちはかなり良い。若干幼さを残しているので美人というよりは可愛らしい方向に偏っていると思うが、あと5年もすれば相当な美人になるだろう。

 そしてやはり気になるのは頭の上の耳とぴょこぴょこと動く尻尾。

 マリーもそれが気になっているのか、遠慮がちにではあるが尻尾を目で追いかけている。

 

 まぁ獣人そのものが珍しいだろうしな。


 見たところ、獣人要素はその耳と尻尾だけのようだから、ハーフか……クウォーターといったところだろうか。

 俺の知っている獣人はもっと体毛が多かったし、顔も獣そのものだったからな。

 ともかく、彼女から話を聞かないことには何も解決しない。

 スプーンを置くと、彼女を見つめて口を開く。


「えっと、まぁ色々聞きたいことはあるんだが、取り敢えずそっちの話を聞こうか」


 もはや何を聞くべきなのかすらよくわからない状態だ。

 こちらから質問するよりも相手に喋らせたほうがいいだろう。

 少なくとも、走る子馬亭を探していたということなのだろうから、何かしらの用があるのだろうとは思うが。


「あ、えっと、ボクはクロンと言います。駆け出しっすけど、冒険者っす」


 それは見た目で判断できた。

 装備品が強さに直結しているとは言わないが、装備品を見ればある程度は実力を図ることが出来る。

 いい装備は高いからな……それなりに金を稼いでいないと買えないもんだ。

 俺も駆け出しの頃は苦労したなぁ……。


 いや、それは置いといて。


 話はコレだけではあるまい。本題を話してもらわなくては。

 先を促す様に相槌を打つ。


「えっと、この街には来たばかりなんすけどお金が無くなっちゃったので、お仕事もらえないかと思って商業ギルドに相談しにいったんすよ」

「……冒険者ギルドではなくてか?」

「ボクくらいだといい依頼もらえないっすから」


 まぁそれはそうか。

 駆け出しへの依頼と言えば、街の清掃やら薬草の採取やら、言ってしまえば雑用に近い依頼しか無い。

 危険度は少なく駆け出しでも安全に達成できるのだが、当然その分報酬は少ない。

 言われてみれば、俺も駆け出しの頃は依頼の他に副業で色々やっていたな。


「で、そこの受付さんに、暫くこの街に滞在するなら、走る子馬亭ってところが人員募集してるはずだから行ってみるといいって言われたんすよ」

「ん?受付にそう言われた、のか?」

「はい、そうっすよ?あれ、もしかして募集してなかったっすか?」

「いや、しているというか、しようと思っていたというか……」

「どういうことでしょう?」


 困惑しているのはマリーも同様か。

 状況を理解していないクロンだけが頭に疑問符を浮かべているようだ。

 少なくとも、募集しよう、という意思はあったが、それを公表していたわけではないし、ましてや商業ギルドに話したことはない。

 エリーから聞いた、のか?

 いや、それにしては動きが早すぎるような気もするが。


「ギルドマスターさんのオススメだって話しだったんすけど……」


 俺とマリーが困惑している様子にようやく事態に気づいたのか、ハキハキと答えていた先程とは違い、少し控えめだ。


 そうか、マッケンリーの手引か。

 すぐに人手が足りなくなる事を予想して、俺達が相談に行く前に手を打っていたということなのかもしれない。

 くそっ、なんだか奴の手のひらの上で踊らされているようで少々癪だが、人手が欲しかったのは間違いない。


「あぁすまん、ちょっと思い違いがあったみたいだ。大丈夫だ、募集しているぞ」


 その辺の話をクロンにしても仕方がない。

 一先ずそう答えると、クロンはほっと胸をなでおろしていた。

 うん、下手にこちらの事情を話して不安がらせるのも悪いしな。

 誤魔化すようで少々忍びないが、悪いのはマッケンリーということにしておく。


「それで、ここを探していたのは解ったけど、なんで倒れていたの?」


 俺の言葉に続けるようにマリーが問いかける。

 確かに、そこは聞いておく必要があるな。

 まぁ何となく予想はできるが、下手に病気とかであるならば仕事云々の前に薬師にでも見せないとだからな。


 マリーに問われると視線を逸して頭を掻くクロン。

 

「お恥ずかしながら、暫くご飯食べてなかったのと、道に迷ってしまって……」


 クロンの答えは半分予想通りで、半分は実体験としてよく分かる。

 そうだよなぁ、迷うよなぁ、この街は。

 なんだか急に親近感湧いてきた。


「その辺の事情は理解した。それで、どういった仕事なのかは聞いているのか?」

「はい、酒場の給仕だって聞いてるっす」


 本当に、こっちの事を全て見透かしているようで寒気がしてくる。

 初めからこういった状況になることを予測していた、ということなのだろうか。

 だとすれば、ある程度は客が入ると見越していた?

 それだけ期待してくれていたって事か。

 ありがたいやら恐ろしいやらだな。


 さて、と一息付けて改めてクロンを見る。

 ここまで話した感じでは明るく元気が良いので接客も大丈夫そうだ。

 冒険者だということならばある程度体力にも自信があるだろう。

 給仕としては願ったり叶ったりの人材だ。

 ならば答えは一つだ。


「そこまで分かっているならいい。俺は雇おうと思うが、マリーはどうだ?」

「あ、はい、私もいいと思います」


 マリーも賛同してくれたし、これは確定で大丈夫そうだ。


「本当っすか!ありがとうっす!」


 元気よく頭を下げるクロン。

 うむ、素直に感謝出来ることは美徳だ。

 冒険者は実力勝負なところは勿論あるが、人脈というのも重要な要素になる。

 素直な性格は人脈を作るのに有利に働くはずだ。


「それで……一つわがままを言っても言いっすか?」


 頭を下げたまま覗き込むようにこちらを見るクロン。

 何を言い出すのか予想はしている。

 おそらくは、あくまでこちらの仕事は副業で冒険者を優先したい、ということだろう。

 その点は勿論理解している。

 まぁ本音を言えば毎日来て欲しいところなんだが、そうもいくまい。


「分かってる。冒険者としての依頼を優先してもらって構わないぞ」


 俺の言葉にマリーも頷いてくれている。

 元々は冒険者向けの酒場。マリーもその辺の理解はあるようだ。

 が、当のクロンはキョトンとした顔をしている。


 ん、なんだ、違ったのか?


 しばし硬直していたクロンを眺める俺とマリーという不思議な光景になったわけだが、何かに気づいたかのようにハッとするクロン。

 

 なんか見てて面白いな。


「あぁぁ、そうっすよね!出来るならこちら優先して欲しいっすよね!」


 おいおい、当然のように冒険者を優先するつもりだったのか?

 冒険者だと分かって雇うのだからそういうつもりだろう、と思うのも理解出来るところではあるが……。

 まぁ若いしな……今回は許そう。


「えと、すみません。それとは別になんすけど……」


 言いづらそうに言葉を濁す。

 うむ、どうやら自分の思い込みが俺の考えとすれ違っていた、という事には気づいたようだ。

 その上で要望するのは確かに言いづらい。

 だがこのままでは話が進まないので思い切って言ってみて欲しいところなんだがな。


「なんでも、とは言わないけど、可能な限りは応えるから、言ってみて」


 躊躇しているクロンに向けて、マリーが優しく声を掛ける。

 こういう場面では俺よりも年も近く性別も同じマリーから声を掛けてもらったほうが言いやすいだろう。 

 ナイスだマリー。

 チラリとマリーを見た後、改めてこちらへと視線を向けるクロン。


 ん、なんだ、俺に要望ってことなのか?


「えと、こちらのマスターは元冒険者だって聞いたっす。手が空いている時で構いませんので、ボクに稽古を付けてくれないっすか?」


 何だそんなことか。

 先の状況を見てもやけに言いにくそうだったから、どんな無理を言われるのかと身構えてしまった。


「なんだそんなことか。その程度であれば構わな……ん?」

「な、なんすか?」

「それ、どこで聞いたんだ?」

「元冒険者って事っすか?商業ギルドの受付さんから聞いたっす」


 さも当たり前のように答えるクロン。

 俺の反応にマリーも首をかしげている。


 いやちょっと待て。

 俺、確か商業ギルドではそんな事話してなかった気がするんだが?

 というか、俺が冒険者やってたって話はマリーにしかしてない気がする。

 マリーが誰かに話したのか?

 いや、あれから店の準備でほとんど一緒に行動していた。

 誰かに話しているなら俺も分かるはず。


 ……この1週間程度で俺の素性まで調べ上げたって事か?

 商業ギルドのギルドマスター、俺が思っている以上に化け物なのかもしれないな。


「あの、クラウスさん、どうしました?」

「あ、あぁ、いや、大丈夫だ。うん、改めて、手の空いている時間なら構わないぞ。丁度店の裏が良い空き地になっているしな」


 マッケンリーの事は気になるが、取り敢えず置いておこう。

 今気にしても仕方ないし、俺の素性を調べる事自体は別段おかしな話しではないからな。

 それに、今のところ特に嫌がらせじみた事をされているわけでもない。

 商業ギルド、なんかおっかねーなーくらいにしておこう。


「えと、稽古付けてもらえるって事でいいんすか……ね?」

「あぁそういうことだ。知っているかも知れないが、俺はクラウス・ハーマンだ」

「マリアベール・ブラウンです。マリーって呼んでね」

「はい!クラウスさん、マリーさん、よろしくお願いします!」


 少々ゴタゴタがあったものの、労せずして人手の確保に成功したのはありがたい。

 裏にマッケンリーの思惑がありそうで無さそうな感じがするのがちょっと引っかかるところだが、まぁ悪いようにはなるまい。

 今日のところは、新たな仲間が増えた事に、純粋に感謝しておこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る