冒険者の酒場、はじめました。―元冒険者のまったり経営ライフ―

黒蛙

第1話 到着、ギルド加入、謎の酒場

 ガタガタと荷馬車に揺られてはや数日、いい加減尻が痛くなってきたところで、ようやく目的地が見えてきた。


 開拓の街、カーネリア。


 50年ほど前の開拓黎明期に橋頭堡として作られた街で当時は隆盛を誇ったのだが、それも昔。開拓が進み現在ではさらなる開拓拠点へ向かう中継点として位置づけられている。

 大きな城門を抜け大通りに出るとそれなりな賑わいが出迎えた。

 何度か来たことのある街だが、なんというか、丁度よい。

 賑やかすぎる喧騒はなく、かといって不便というほど田舎でもない。

 中規模の街、という言葉がこれほど似合う街も少なかろう。

 これからここで生活するのだと思うとそれなりにワクワクしてくるものだ。

 格安で運んでくれた荷馬車に礼をいい分かれると、まず向かうのはこの街の商業ギルドだ。


 俺はここで、酒場を開くつもりでいる。


 半年ほど前までは冒険者をしていたのだが、利き腕を負傷したのを期に引退。

 実を言えば、冒険者になったのも家への反発みたいなもので勢い任せだったこともあり、自分にはあまり向いていなかったんじゃないかとも思っていたので本当に良い機会だった。

 冒険者時代に稼いだ金で何か始めるかと考えた時、真っ先に思いついたのがこの街での酒場だった。

 自分で言うのもなんだが、大抵の事はそつなくこなせていたため、料理の腕にもそれなりに自身がある。少なくとも金を取って怒られるような事はないだろう。

あと、できれば冒険者時代の経験も活かせるような酒場にできるとなお良い。

 そんな事を考えているうちに大通りに面した大きな建物の前に到着する。

 カーネリアの商業ギルド本部。

 街で商売をするならまず行うべき事は商業ギルドへの加入だ。

 ギルドに加入しないという選択肢も取れる事は取れるが、税の徴収や品物の仕入れなどギルドに加入している方が圧倒的に利便性が高い。

 その代わりギルド組合料を支払う事になるが、面倒事を丸投げできる手数料だと思えば安いものだ。

 入り口には複雑な模様で細工してある立派なガラス戸。流石、商業ギルドの本部なだけあり金がかかっている。

 とはいえ、嫌な金の掛け方ではない。こうして人目につく場所を豪華にするのは悪いことではない。金を扱う本部が見窄らしくては誰も安心してギルドを利用しないだろう。

 その立派な戸に手を当て、一呼吸。

 ここから俺の新しい人生が始まるのだと思えば緊張もする。

 ふぅぅぅ、と細く長く息を吐くと、意を決して戸を開いた。


 結論から言えば、新たな人生の出発は特に問題なく終了した。

 ギルドの受付に要件を伝えると、ギルドの規約の書かれた分厚い羊皮紙の束を渡された。

 読み込むのに少々時間はかかったものの、特にこれといって問題がある内容ではなかっため、すぐに同意するとサインをした。

 以上だ。

 他のギルドであれば加入に際して加入料が必要になることがままあるのだが、カーネリアの商業ギルドはそれが無かった。

 理由を尋ねると、


「ここはもともと開拓の街ですからね。ここに来るのは一攫千金を狙ったか、他に行き場所が無かったか。そんな人が十分な金を持っているわけもありませんでしたから。加入料は取らないというのがこのギルド創設時からの決まりなんです」


 とのこと。

 言われてみればその通りだろう。

 まぁ、その分組合料が予てより聞いていた相場よりも若干高めだったが、相場はあくまで相場。地域によって変わるものだ。特段に高かったわけでもない。

 俺がサインした誓約書を受け取った受付が書類をしまいながら話しかけてくる。


「ところで、もう何を始めるかは決まっているのですか?」

「いや、まだ決めていない。少し街を見て回って、その後決めようかと」

「なるほど。開店はまだしばらく先ということですか。しかし、良いのですか?ギルドに加入した以上、毎月の組合料は支払って貰いますが」

「それは承知している。支度金には余裕があるし、店の開店に際しても多少はギルドで助けてもらえるんじゃないか、という打算もあるので」

「なるほど。そう言われては何もしないわけには参りませんね」


 そう言うとお互いに笑みを浮かべる。

 実を言えば、程度の大小はあれど、開店に際しギルドが助力してくれるだろうというのは確信している。

 ギルドの収益は組合員からの組合料と、それを元手にした金融で成り立っているが、どちらも対象は組合員向けだ。であるならば、組合員は増えれば増えるだけ良いし、長く続けば続くだけ良い。

 折角の収入源となりそうなものを取りこぼすような事はするまい。

 そして何より、まず初めにギルドへの加入という、恭順の意思を示しておく事が重要だ。

 カーネリアに限らない話だが、よそ者というのは中々信用されないものだ。

 そんな中で、私はあなた達の和を乱すものではありません、と分かる形で見せておくことで警戒心を薄めることができる。

 無論、和を乱すつもりなど毛頭ないのだが。


「ところで、どこかおすすめの酒場はないだろうか。この街には来たばかりでまだ飯も食っていないんだ」

「あぁそうでしたか。カーネリアには大きな酒場が2件……いえ、1件ありますよ」


 1件、といい直した事に違和感を覚える。

 1件と2件を間違えるだろうか?


 可能性として1件はつい最近潰れてしまった、とかだろうか。


「大きな酒場か。小さな酒場もあるのか?」

「えぇ、街の者が食事に利用するような小さな酒場が4件ほど。外の方が利用するのは眠る穴熊亭ですね」

「大きな酒場、というのがその眠る穴熊亭か。ありがとう、行ってみるよ」


 そう言い、ギルドを後にする。目指すは眠る穴熊亭か。

 以前、この街に寄った時は大通りから少し入ったところにある露天通りで買い食いをして済ませていたため、ちゃんとした酒場に入るのは初めてだ。

 どれほど大きな店なのかワクワクしながら歩き出した。


 そして後悔した。


 場所を聞いていなかった。


 なんという迂闊。

 場所を聞いていなかった事に気づいたものの、今更ギルドに戻って場所を聞くというのもなんとも気恥ずかしいし、大きな酒場だという事だから歩いていれば見つかるだろう、と思ったのも間違いだった。

 だが、一番の間違いは、興味本位でフラフラと路地に入り込んだことだ。

開拓の街、ということもあり、この街は拡張に拡張を重ねた関係上、道がとんでもなく複雑になっているようだ。

 おそらく、大通りを中心として街が発展していったのだろう。大通り周辺はまだ通りが整っており道に迷う事もなかったのだが、一度路地に入り込んだが最後、どこに向かっているのかさっぱり分からない。

 冒険者をやっていた頃はダンジョンのマッピングもこなしていたはずだが、半年程度で随分と錆びついたものだ。

 そんなわけでフラフラと入り組んだ路地をあるき通し、漸く大通り近くへと舞い戻る事ができた時には日は沈みかけだ。

 商業ギルドで酒場の事を聞いたのは、実を言えば敵情視察が主でそれほど腹は減っていなかったのだが、流石に空腹で腹の虫も怒り心頭。ぐーぐーと煩く騒ぎ立てている。

 日の位置と周囲の町並みからして、商業ギルドからは随分と離れてしまったようだ。

 宿泊場所も決めないとならないというのに、なんという時間の無駄遣い。

 まぁいい、時間はいくらでもある。今日は無いが。

 そんな事を思いつつ、キョロキョロとあたりを見回しながら歩いていると、酒場の看板を発見する。

 それも、中々に大きな2階建ての建物だ。

 見たところ、1階は酒場として使っており、2階は宿として使っているのだろう。

 おそらくはここがギルドの受付が言っていた眠る穴熊亭だろう。なるほど、宿も併設してあるのならば眠る穴熊亭という名前も理解できるところだ。

 ここで宿も取れればそれに越したことはない。

 意気揚々と店の前まで歩みを進めて、そこで自分の間違いに気づいた。

 ここは眠る穴熊亭ではない。


 店の看板には、走る子馬亭、と書かれていた。


 違うじゃん!


 そして何より、聞いていた話とは打って変わって、全く客の気配が無い。

 そこでピンと来た。

 そうか、受付が言っていた大きな酒場のもう1件はここか。

 これだけ大きな店構えをしているというのにこの客の気配のなさ。

 完全に潰れた店なのかと思いきや、店内にはうっすらと明かりが見える。

 少なくとも潰れたわけではないようだ。

 とはいえ、流石にここに入るのは勇気がいる。客が来ないということはそれなりの理由がるということなのだから。

 ここは当初の目的だった眠る穴熊亭を目指すのが安定だろう。

 安定なのだが、湧き上がる好奇心が抑えきれない。

 前にもパーティーメンバーに、お前は少し好奇心が強すぎる、と忠告されたのを思い出すが、なに、冒険者時代とは違う。失敗したところで死ぬわけではないのだ。

 ないよな?

 ともかく、一度気になってしまえば最後、ダンジョンに潜る直前のような緊張と期待を伴いながら、ゆっくりと木戸を押し開く。

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