決意

 …どういうことだ?

 城の様子がおかしい。

 ロナウは城に入ってすぐに、違和感を覚えた。


 魔女の言ったことが本当に、ロナウが玉座に就き大陸を平定すればフリーシアと会わせてもいい、それがロナウに与えられた試練なのだとはっきりした訳ではない。

 あの後随分捜し回ったが、魔女を見つけることは出来なかった。

 フリーシアに辿り着く道が無いからには、他に方法を思いつかなかった。

 それに。

 魔女に問われ、言葉に詰まったことを思い起こす。

 フリーシアに会えたとして、本当に今度こそ護れる自信があるのか。

 自分にはその覚悟が足りないように思った。

 覚悟が足りないというならば。

 魔女にはその不甲斐なさを見抜かれたのかもしれない。

 今まで権力など見栄と虚飾に塗れた、ただ厄介で面倒なだけだと、関わる事を避けていた。

 しかし、フリーシアに会う為ならば、敢えて汚泥の中に飛び込もうと思う。

 様々な感情に心を引き裂かれながら、馬を駆り、冷たい夜風を受け冷静さを取り戻す。

 先ずは何処から手を付けようか。

 殺したい程目障りだと思われている反面、次期王にと望む者も多くいる。

 先程、あれだけの騒ぎを起こして、城を飛び出してきた。

 すぐに殺されることは無いだろうが、幽閉されるかもしれない。

 いつ、衛兵が追って来て捕らえられるかもしれない。

 そう覚悟していたのだが。

 全く障害なく城まで辿り着き、ロナウは拍子抜けしたと共に、不可解だった。

 

 ばたばたと城の者が行き交い、その様子はまるで、追い立てられるようだ。

 ロナウの姿を見つけても、気まずそうに、さっと目を逸らし目礼する。

 妙だ。

 ロナウは良しも悪しくも目立つ人間だ。

 その姿を見た者全てが、過剰反応する。

 神の様だ、又は悪魔の様だ。

 尊い、又はみすぼらしい。

 美しい、又はみっともない。

 清らかだ、又は汚らしい。

 両極端過ぎて凡そ人間に対する評価と思えない。

 それが今はどうだ。

 ロナウの存在に気付いてはいるが、敢えて平静を装ってるようだ。


 「よくぞ、ご無事で。」

 「ヴァレリー。」

 ヴァレリーが忙しない様子で、ロナウの元へ駆けて来る。

 誰かからロナウが帰ったことを聞いたのだろう。

 「毒を盛った者と、射手を捕らえました。今、尋問していますが、侯爵家と兄君が関わっているようです。他にも多くの者の名前が上がっています。殿下のお命を狙ったとして、反対勢力への抑止力になりそうです。」

 「そうか…」

 ロナウはヴァレリーの顔を見て、言葉に詰まった。

 助かった、と言いたい。

 その素早い行動に、驚いてもいる。

 城の者の変化は、ヴァレリーに依るものなのだろうか。

 ヴァレリーは知人が多い。

 上の者に不満を持つ者は多く居たが、自分が標的にされることを恐れ口を噤んでいた。

 ヴァレリーが声を上げたことを皮切りに、燻っていた者が立ち上がったのだろう。

 ロナウは言い淀む。

 フリーシアを失った悲しみで、本当は心が張り裂けそうだった。

 心の弱っている時に、親切にされて全部お前のせいなのだと、言ってしまいたくなった。

 ヴァレリーの言葉がのしかかり、アデルと距離を取ってしまったからこんなことになったのだと。

 しかし、礼を言わねばならない。

 有難うの一言が口から出ず、ロナウは苦心した。


 「どうかお気になさらず。俺の身勝手な罪滅ぼしですから。」

 ヴァレリーはロナウに笑顔を向けようとして上手くいかず、目を伏せた。

 「こんな事で罪滅ぼしが出来るとは思ってはいませんが、どうぞこれを。」

 ヴァレリーは、恭しく剣を差し出すとロナウの前に跪いた。


 「忠誠を。」


 ロナウは恭しく頭を垂れる親友を、じっと見詰めた。

 心の中は嵐が吹き荒れているかのようなのに、現実は何故にこうも静かなのだろう。

 ヴァレリーもそうなのだろうか。

 ふと、考える。

 大陸を平定する為にはどれくらいの年月がかかるか、想像もつかない。

 この先長い時をこうして、心で吹き荒れる嵐を抑えて、平静を装い過ごさねばならないのだろう。

 ロナウは剣を取り、ヴァレリーの肩を叩く。


 「俺に付き合って貰うぞ、ヴァレリー。」

 「御意。」

 「俺は王となる。延いてはこの大陸を平定する。」

 






 

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