ロナウとアデル

 ー歌声が聞こえる…

 


 ロナウは、通常身分の高い者が立ち入らない、整地されていない高い樹木の生えた庭を歩いていた。

 何処に行っても人の目があり、落ち着けないので、一人になりたかった。

 講義や訓練に出るようにとは、言われてはいる。

 しかし、出た所で、さも忌々しいというような視線を向けられ、講義で正解を答えても、教師が気に入らないと、奥歯にものが詰まったような言葉で、難癖をつけられ、理由は教えられない。

 終いには、どうしてここに居るんだというような、まるで異常者でも見るかのような目を向けられる。

 来いと、急かされる反面、居心地が悪くなるから来るなという無言の圧力をかけられる。

 いつも、袋小路に追い詰められている気分だ。

 何処へも行けない、そんな閉塞感を常に感じていた。

 何不自由なく羨ましいと言われるが、むしろ不自由しかない。

 身分のせいで、城から出ることも、働くことも出来ない。

 役立たずの、穀潰し、講義も訓練も逃げ回ってる、腑抜けの女男。

 口に出しては言わないが、それが俺に対する評価だ。

 贅沢だと責められるのだろうが、こんな上質な服や、生活などより、自由が欲しい。

 俺を羨ましいなどと言う者には、替わって欲しいくらいだ。

 どんなに息苦しいか、味わってみたらいい。

 俺からしたらその日暮らしの労働者の方が、どんなに羨ましいか。

 何も出来ない、何処へも行けない。

 

 まるで、呼吸が上手く出来ないようだ…


 その時、何か聞こえた。

 気のせいだろうか。 

 風に掻き消されて、途切れ途切れだが、始めは、鳥の囀りかと思った。


 「歌声…?」

 引き寄せられるように、その声の元へ、木々を掻き分けて行った。

 少し開けた場所に来ると、光が射し込んで、眩しさにロナウは目を細めた。

 光の下で、少女が歌いながら、洗濯をしていた。

 くるくるとよく動き、楽しげに歌っている。

 

 ロナウは吸い寄せられるように、それを見詰めていた。

 ゆっくりと、自分の胸に手を当てる。

 「…はあっ…」

 呼吸が。

 息を吹き返したかのような錯覚を覚えた。

 もっと、そんな感覚を味わいたくて、更に一歩近づいた。

 すると、足音に気付いて少女が振り向いた。

 歌うのを止めてしまった。

 ロナウは、とても残念に思った。

 

 「済まない。驚かせるつもりは無かった。邪魔はしないから、ここに居ても良いか?どうか、先程のように歌って欲しい。」

 怯えさせてはいけない。

 安心させるように微笑んで、ロナウは少女と距離を取って、腰掛けた。


 少女はしばらく逡巡していたが、ロナウと洗濯物を見比べながら、ソロソロと洗濯を再開した。

 洗濯物をパンパン叩きながら、始めは小さな声で、やがて伸びやかに歌い始めた。


 「あれは…」

 ロナウは目を細めた。

 少女がくるくる回る度に、光るものが周りを飛び交った。

 少女が歌う度に増えていくようだ。

 「もしや、妖精…?」

 少女を怯えさせてはいけないと、離れていたのだが、我知らず少女の元に近付いていた。

 少女が歌う度、光が弾け、七色の煌めきが辺りを包んだ。


 「フリーシア!!」


 途端、辺りは静まり返った。

 先程までの光の奔流が、嘘のようだ。

 少女が、零れそうな程大きく目を見開き、ロナウを見詰めている。

 ロナウが、少女の腕を掴んでいるからだ。

 ロナウは、少女の顔を穴が空きそうな程見詰めた。


 違う。

 フリーシアじゃない…

 

 先程、一瞬だったが、少女がフリーシアに見えた。

 七色の光が彼女を包み、たゆたう金の髪と、緑の瞳の人魚の姿に変わったように見えた。


 幻でも見たのだろうか?

 俺があまりにも、フリーシアに焦がれていたから…?



 「きゃああー!!」

 その時だった。

 叫び声が聞こえて、我に返った。

 メイド長だ。

 体裁の悪い所を見られてしまった。

 「アデル!何ていう不敬を!!」


 アデル…

 フリーシアじゃない…

 

 メイド長は、アデルの頭を押さえつけ、平伏させた。

 「大変な粗相を致しましたようで…どうか、ご容赦を!ほら!お前も謝るんだよ!」

 「も、申し訳ありませんでした…」

 「違うのだ。その者は、何もしていない。私が、知人と勘違いして詰め寄ってしまった。どうか、咎めないで欲しい。」

 「ははーっ!ははーっ!」

 話を聞いているのか、いないのか、アデルの頭を押さえつけたまま、地面に額を擦りつけて、動こうとしない。

 これ以上ここにいても、事態は好転しそうもない。

 ロナウは、後ろ髪引かれながら、その場を去るしかなかった。



 



 

 

 

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