舞踏会
宮廷の大広間の豪華絢爛な扉を、召使いが恭しく開く。
扉の先には、その豪華絢爛な場に勝る程煌びやかな人物が一幅の絵のように立っていた。
それまで招待客の閑談で賑わっていた大広間が、途端に静まり返った。
女は熱の籠もったうっとりとした目を、男は嫉妬の憎々しい目を向けた。
ロナウは16歳の誕生日を迎え、その誕生日を祝う為に多くの者が訪れていた。
よく出来た人形のような美しい風貌は、まるで美の女神かのように変貌を遂げていた。
輝く銀糸の髪は日の光に透けるようで、澄んだ蒼い瞳は見る者を圧倒した。
痛い程突き刺さる視線を感じながら、ロナウはこれも仕事だと自分に言い聞かせ、王や王妃に儀礼的な挨拶を済ます。
本日の自分の仕事は終わったとばかりに会場の隅に下がろうとすると、多くの者に取り囲まれそれは阻まれた。
「ロナウ様、お誕生日おめでとうございます。この喜こばしい日にご一緒出来るなんて光栄ですわ!」
「ロナウ様、以前ミュゲの花がお好きだと仰っていたでしょう?今日のドレスにはミュゲの花をあしらってみましたの。お気に召して頂けたでしょうか?」
「ロナウ様、わたくし社交界にデビューしたばかりで、まだダンスに慣れなくて…教えて頂けませんか?」
女性は嫌いではないが、こう大勢に囲まれ矢継ぎ早に話されては、女性相手に怒鳴り返すわけにもいかない、手も足も出ず、閉口するしかなかった。
最初はそんなに苦手では無かったはずなのに、なるべく穏やかに済ませたいと苦心したのだが、何が悪かったのか、四六時中囲まれあれこれ要求されるようになり、閉口するしか無くなった。
武器を持った敵ならば迷うことなどないのだが。
好意的なのに圧力をかけてくる女性を相手に、曖昧に笑ってじりじりと後退るしかないというのに、男性陣から嫉妬の籠もった視線を投げられ、余りの理不尽さに空を仰ぎたくなった。
「そんな朴念仁ばかりではなく、俺の相手をして下さいませんか、レディ?」
気障な台詞が聞こえ、助かった、とロナウは胸を撫でおろした。
親友のヴァレリーだ。
こいつはこういうのが得意だ。
任せておけば何とかなる。
ほっとして、ロナウが笑みを見せると、それに気付いたヴァレリーが、少し目を瞠ってから、白い歯を見せて片眼を瞑った。
「ああ、疲れた!」
閑散とした中庭に出ると、王族らしからぬ態度でロナウは椅子にドカッと腰かけ、凭れかかった。
手には酒の入ったグラスを持っている。
少し酔いが回っているようで、ぬけるような白い肌に朱が差していた。
ヴァレリーもグラスを持ち腰かけるが、いちいち気障ったらしくて、ロナウは酔って据わった目で、睨む。
ヴァレリーは、赤金の髪と青い瞳の端正な面立ちをしている。
見目の良いヴァレリーが現れ周囲が色めき立った。
ヴァレリーが現れ、助かったと思ったが、余計に騒ぎが大きくなった気がしないでもない。
増えた女性陣の相手をするのに、ほとほと疲れはてた。
何人と話して、何人とダンスをしたのか定かではないのだが、息をつきたいと思ってヴァレリーの側にいくと、妙に辺りが静まり返って、ヒソヒソと囁かれ、遠巻きにされたのは何故なのか。
「お前はよく、あんな大勢の人間の相手が出来るな?」
「ん?ああ。可愛いものじゃないか。どうにかしてお前に気に入られたくて、健気なものだ。」
「よくもそう前向きに捉えられるものだな。関心する。」
「そうか?ご夫人方に比べたら、生易しいものだ。相手のいる女性を口説くのは、それはそれで趣があっていいけどな。」
ロナウは自分では潔癖なつもりはないが、渋面を作った。
「そういうことは、関心しないな。」
「ははっ、王子様のお耳を汚してしまったか?」
子供だと言われたようで、さらに顔を顰めた。
「お暇を持て余してるんだよ。こっちも遊び慣れてる方が後腐れ無くていい。」
「それで楽しいものなのか?」
「さあね?」
ロナウはむしゃくしゃして、グラスを一気に呷った。
「男女のことなど分からん。そもそも女性というのは淑やかそうに見えて、どうしてあんなに自分の美しさに自信があるんだ?」
むすっとするロナウの顔に、ヴァレリーは手を伸ばし、長い指を顎に添え、自分に向けた。
「誰も敵わない至高の花ならここにいるのにどうしてだろうな?」
にっこりと美しい笑みを浮かべ、キスしそうなほど近づき、ロナウの顔を覗きこんだ。
「さあな。女として生まれたからには、皆、生まれながらに美しい花だと思っているんじゃないのか?俺には分からん。」
ロナウは無造作にその手を払い除け、気怠けに肩肘をついた。
火照った頬に手をあて、遠くに視線を投げるロナウを、ヴァレリーは冷たく見つめた。
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