第43話 アッシュの弁明

 幸いアッシュは悪魔だったので、車の突撃ぐらい何でも無かった。リンドウはオルグの筋肉にまもられ、オルグも自身の筋肉にまもられた。唯一ヴィンだけが致命傷レベルだったが、アンデッド的にはかすり傷だったので問題無かった。

 しかし車は大破した為、アッシュは三人の前で正座させられていた。

「……で、言い残すことは?」

「待つのだ! 我まだ死にたくないのだー!」

 わっと嘆く長身の男を前に、ヴィンは冷ややかな微笑を浮かべる。

「何をご冗談を。そう簡単に死ねないから罰の意味があるというのに」

「キュゥゥン、何をする気だ! ちょ、我を助けるのだ、魔女! 公爵!」

「……ええ、そうね。アンタには助けられた借りがあるわ。待ちなさい、ヴィン! せめて今の状況を聞いてからにしてちょうだい!」

「聞いてからなら良いのか、リンドウ殿……?」

 弁明を許されたアッシュは、大慌てでロマーナがさらわれてからの始終を語り始めた。ロマーナの身に及ぶ危険を危惧していたからだけではない。話している最中、ずっとヴィンが車の残骸である鉄パイプを手にしていたのである。

「……なるほど。ムンストンがロマーナ様に邪な感情を抱いていたという予想は、正しかったようですね」

 一通り聞いたあと、ヴィンはズドンとパイプを地面に突き立てた。アッシュはビクッとした。

「しかし、よくその状況で逃げられましたね。鳥籠に入れられていたというのに」

「それなのだがな、部屋にムンストンが入ってきた際、何故か鳥籠の魔法が解かれたのである。よって我は、ゴタゴタに紛れて撤退を図ることができた」

「ロマーナ様見捨てて逃げてんじゃありませんよ、布饅頭」

「ギャワン! 仕方ないではないか! ロマーナが捕らえられたのなら魔力の補給もできぬし、ムンストンと白いのが並んでおっては多少後ろ向きにもなるというもの!」

「なんというかおぬし、ここ数日でかなりペット向きの性格になってきたな……」

「いいえ、オルグ様。アタクシとしては、しばらくペットは飼わずに二人きりの時間を楽しみたいと存じますわ」

「リンドウ殿は何の話をしている?」

「ところでアッシュちゃん、その部屋には魔法使いがたくさんいたのよね。なんであの人たちが集められてるのかは聞けたの?」

「……それが、分からずじまいだったのだ」

 アッシュは、心なしかしょんぼりと肩を落とした。

「しかし魔女らは、城に大量にしまわれていたゾンビに関わっていると明言しておった。もしやアレを作ったのも、魔女どもかもしれん」

「ちょっと、ひどい言いがかりじゃない!? 誇り高き魔法使いがそんなことするはずないわ!」

「多少魔力を持っておるだけで大袈裟な。中身は皆ただのニンゲンではないか」

「だまらっしゃい! それにゾンビって、生きてる内から処理が必要なのよ!? そんな都合よく、じゃかじゃか大量に作れるわけが……!」

 言いかけて、リンドウはピタリと口をつぐむ。その顔からは、みるみる血の気が引いていった。

「……元城下町だった廃墟群の家屋には、胸に赤いガラス玉が嵌められた像が祀られていました」

 押し黙ったリンドウに代わり、ヴィンが言葉を紡ぐ。

「少なくとも、僕らが確認した十数軒の家全てに像があった。恐らく、同じ“何か”を崇拝していたのでしょう」

「崇拝? フン、何も珍しいことではないではないか。我にだって、かつては崇拝者ぐらいおったのだぞ?」

「ええ、町ぐるみの信仰自体は何も珍しくありません。ですがその対象となる姿がゾンビに酷似しているとなれば、話は違ってきます」

「なっ……ヴィン殿!」

 オルグが、ずいと前に出る。彼の顔もまた、真っ青だった。

「まさかお前……ムンストンが町の人々の信仰を利用し、ゾンビに変えたとでも言うのか!?」

「少し違いますね。その信仰すらも、ムンストンが人々を操るために生み出したと僕は考えています」

「最初からゾンビにする為に宗教を作った……!? 馬鹿な! そんな非道が許されるものか!」

「もちろん倫理的なあなたの土地では許されないでしょう。ですが常識や価値観の中身など、ところ場所変わればあっさりと変わってしまうもの」

「……!」

「リンドウ、一つ教えてください」

 今や口に手を当てて小さく震えるリンドウに、ヴィンは静かな目を向ける。

「この世界にはいくらか魔物がおりますが、ゾンビという存在についてはあまり知られていません。魔法使いであるあなたなら、何か知っているのでは?」

「……そう、ね。アタクシも、本で読んだだけの知識だけど……ゾンビは、人が本来持つ生命エネルギーを別物に変えることで、大量の魔力を生み出す存在となったものを指すわ。

 でも生命エネルギーを失ってしまったら生き続けることなんてできないし、そもそも生命エネルギーを別物に変えることってとても困難なのよ。だから自然発生するゾンビは、ものすごく魔力の強い魔物に生命エネルギーの管を噛まれて変異したとか、奇跡的に元々そういう才能があったりとかで、すごく珍しいものなんだけど……」

 リンドウは長い睫毛を伏せて、首を横に振った。

「普通、人為的にゾンビを作るなんて無理。ましてや大量になんて、とても」

「ですが、城には大量のゾンビがいた」

「ええ、奇妙だわ」

「ならば生命エネルギーを変質させる“何か”を、ムンストンが手に入れたと考えるのが順当です。では、その“何か”とは何か? 正体を理解し対策を練ることができれば、ムンストンの虚をつきロマーナ様を救い出せるかと思うのですが……」

 顎に手を当て、考えるヴィンである。そんな彼の前で、足が痺れてきたらしいアッシュが右足をピロピロしながら言った。

「そういえば、城のゾンビを見た時に魔女の奴に言われたな。『貴様にも心当たりはあるだろう』とかなんとか」

「……え?」

「だがなー、そんなこと言われてもなー。我全然思い出せんしなー」

「……」

 その言葉を聞くなり、ガシッとヴィンがアッシュの足首を掴んだ。そのままひっくり返し、オルグとリンドウが止める間も無くヴィンは無言でブンブンとアッシュを上下に揺する。

 すると。

 アッシュの髪の毛の中から、ころりと錆びた赤い欠片が落ちてきたのである。

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