第8話 私の国が滅んだあと
「そういえば、パークノースって昔はサンジュエル国の外れにある街だったよね? それが今は大陸一番の街だなんてなぁ」
「ええ、あれから実に色々ありましたので」
「聞いてもいい?」
「勿論ですよ」
私達は、近くのカフェに入ってお茶をしていた。あまりにも見るものが多すぎて、少し疲れてしまったのである。
ヴィンは慣れた手つきで、私のコーヒーを好みの甘さにしてくれている。自分でやると言ったけど、「毒を盛られる可能性があります。僕がやります」と言って聞かなかったためだ。私のことを知ってる人はいないだろう今、その心配は無いと思うけど……。
「……サンジュエル国が、隣国のノットリーに滅ぼされた後。我が国の生き残りとノットリーに攻め入られた周辺の国の者達が集まり、反逆を企てました」木でできたマドラーを持ち上げ、彼は声をひそめる。
「当初こそ戦争は熾烈を極めましたが、こちらには偉大なる錬金術師がいた。彼の力により様々な武器を発明し強力に発展させた反乱軍は、三年後見事にノットリーを打ち倒したのです。そして新しき国は、かの錬金術師にちなんでムンストンと名付けられました」
「ムンストン!?」
驚きのあまり、口の中ケーキが全部外に飛び出しかけた。だって、その名前は……!
「そう、イリュラ・ムンストン。あなたの家庭教師だった男の名です」
「……!」
「彼自身は、国の名をサンジュエルにしたかったようですがね。何せ新しい国にはサンジュエル国以外の者も多くいるのです。新しき国には新しき名前を、ということでムンストンと決められました」
「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、ここは今ムンストン国なの?」
「そうなりますね。ムンストン国のパークノース。そう名付けられています」
ほっぺたを押さえて、うつむく。……思い出されるのは、いつも厳しくて、だけど物覚えが悪い私を見捨てることなく教えてくれた先生の横顔。怜悧だけどどこか艶やかな雰囲気は、城内でも隠れファンが多かったと聞く。
まあヴィンには敵わないけどね! ヴィンかっこいいから!
けれど、あの先生がそこまでサンジュエル国を思っていてくれていたなんて正直意外だった。先生はいわゆる外から流れてきた人で、特に王や私を敬っている様子は無かったし、むしろ見下されているように感じたことも一度や二度じゃなかったからだ。
それでも、冷たくされればされるほど「やったろやないけ」と燃えるのが私である。何が何でも仲良くなってやろうと食いついた。お菓子作戦、おしゃべり作戦、可愛いお花作戦、エトセトラエトセトラ……。
あ、もしかしてそれが功を奏したのかな? いや、流石にそれぐらいでサンジュエルの復興に力を尽くしてくれたりはしないよね。うーん……人は見た目によらないってことか。
「しかし、そのイリュラ師も、病を得て早くに表舞台から姿を消しました」ヴィンは、静かに続ける。
「一方、ムンストン国は彼の残した技術をもとに発展を重ねました。結果、世界は百年前の光景が嘘のような変貌を遂げたのです」
「この発展には先生が深く関わってたのね」
「ええ、大功績ですよ。もっと長く生きていれば、と考えずにはいられません」
「……。やっぱり、先生も亡くなってるの?」
「百年の時が経っていますからね。まず生きてはいないでしょう」
……分かってはいたけれど、面と向かって言われるとショックなものがある。けれどヴィンに悟られるとまた心配をかけてしまうから、ちょうどよい甘さのコーヒーでなんとか感情を喉へと流し込んだ。
「と、ところで、今日はガラジュー公爵が来られてたわよね?」
「来られてた、というよりは勝手に侵入していたと言ったほうが適切ですが」
「あの方って、ノットリー国の領主でしょう? そういう事情でノットリーが滅んだのだったら、今かなり肩身が狭いんじゃない?」
「いえ、ガラジュー領は特にサンジュエル国と親交が深かった為か、かなり早い段階でノットリー国に反旗を翻しています。サンジュエル国への侵略も、事前に聞かされていなかったようですしね」
「そ、そうなんだ」
「はい。だからといって、ロマーナ様が恩義を感じる必要もありませんが」
「……」
それって、婚約者云々の話も関わってるのかな。そう思ってヴィンの表情をこっそり見てみたけど、浮かんだ微笑みの中からは何も読み取れなかった。マントよく似合っててかっこいいってことしか分からなかった。
「あ、そういえばガラジュー公爵、そのまんまにして来ちゃったね。大丈夫かな」
「問題無いでしょう。城を出る前に見てみましたが、ちゃんと猛禽類も来ていましたし」
「それ何も大丈夫じゃないよね!?」
鳥葬されてる! サンジュエル城の敷地で鳥葬が行われてる!
早く帰らなきゃと思ったけれど、ヴィンが私を引き止めて「ロマーナ様にとてもよく似合う服があったのですが……」と言われたのではダメだった。「ふにゃー」と返してとことこヴィンについていくことになった。私はチョロいのである。ことヴィンに関しては。
こうして私は、服やアクセサリーなどヴィンに勧められるがまま、大量に買い物してしまったのだった。なおそのお金の出どころについては、全く尋ねることができなかった。だってなんか……うん、怖くて。
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