失恋のボルテージ

@konohahlovlj

第1話 本物と偽物

 私は、今不思議な感覚になっています。

 私はふと、自分のあり方について考えてみました。すると、不思議にこの世界に私は存在していないのです。何故ですか。右手を見ます、あります。左手を見ます、あります。では、その手を近くの草に触れさせます。感触があります。しかし、私は私という人間が存在しているようには思えないのです。

 では、鏡を見てみましょう。家の姿見鏡を覗きました。よく見る顔が映りました。よく見る、イケメンかブスメンか、はたまたフツメンか、全く判断できない顔が映りました。なので、存在しているかは、判断できません。最早、それは存在しているのかいないのかの判断材料には、なり得ないのです。

 以前の私は、存在していました。私ではない私も存在していました。この畑山孝介という男は存在していました。畑山孝介は、2人いるのです。しかし、実際は1人なのです。それは、私から見る畑山孝介と他者から見る畑山孝介といった違いでした。

 ただ、他者から見た畑山孝介は偽物です。気持ちの悪い少年です。彼は、薄気味悪い皮を被った悪党です。

 私は、以前から偽物と本物を切り分けていました。なぜかと訊かれれば、勿論、偽物が偽物だからです。本物と偽物は同時に周囲から、孝ちゃんだの、孝スケベだの、スケコウだの呼ばれて生きてきました。最初は、本物が彼等に対応します。しかし、たまに偽物が出てきて、彼等を対応し出します。そして、それが多くなると、偽物が本物を凌駕し始め、偽物がはたから見た畑山孝介となるのです。

 偽物が本物を凌駕してしまうのは、周囲の人間が悪いのでしょうか。そして、いつからか、本物は体の奥底で、歯を食いしばって、偽物が楽しそうにしている映像を眺めるようになったのです。

 しかし、本物は偽物より圧倒的に力が強いものです。しかも頭がよく、偽物は馬鹿です。本物が形成逆転するのは、容易なことでした。まずは、偽物の食糧を断ち切ることです。本物は頭が良いので、簡単にそれをこなしました。偽物は、本物に隠れて生きていくしかないようになりました。

 しかし、偽物は偶に姿を現します。よく、悪いタイミングで出てくるのです。偽物は、潜在的に能力が高いのかもしれません。そして、突然出てきた偽物に本物は焦りを見せます。そうすると、偽物はここぞとばかりに子分を作り上げます。短期的な子分ですが、はたから見れば一生もんです。

 なので、偽物を徹底的に潰してみることにしてみました。とことん追い詰めてみました。すると、偽物は最低まで縮こまり、その形を現しました。そしたら次第に、今度は逆に、本物が本物に追い詰められる訳のわからぬこととなりました。

 しかし、一度始めてしまうと、止まりません。本物は本物を追い詰めて、偽物と同じくらいになりました。限界まで縮んだ両者は、お互いがお互いを求め合い、やがて融合をし始めて、2年経てば完全に合体してしまいました。

 そして、私は存在しなくなりました。私は存在せず、誰かのカメラになりました。私の目は、第一人称などではなく、全てが第三人称視点なのです。誰も私に気付きません。究極の俯瞰です。

 私は、これまでの長文をうるさい妹に、紙に書いて、押し付けてやった。妹は、ろくに目を通さず、「はぁ、つまんねーこと書いとらんと、さっさと彼女作れ」と叱責してきた。

 「はいはい」と、私は、妹のそばを離せると、冷蔵庫からプリンを取り出した。

 「あー!それミカのプリンー」

 妹が私を通せん坊してくる。そして、彼女の右手は、招き猫の上下逆さまにしたような私を誘う様な動きをしている。

 私は、仕方なくその手にプリンを置いた。「よくやった」と妹が偉そうな口調で、右手を下にぶら下げた。そして、私の後ろにまわり込み、食器棚から、スプーンを取り出した。

 因みに彼女に彼氏はいない。いや、もしかしたらいる。いや、分からない。因みに、私に彼女はいない。20年間生きてきて、未だにできたことがない。

 20歳、大学生。それが私のステータスだ。過去にチャンスが無かった訳ではない。高校生の頃に、クラスで真ん中ちょい上くらいの女の子からよく話しかけられていた。多分、彼女は私のことが好きだったのだろう。しかし、エリート志向バカと今名付けた当時の私の信念は、今は我慢し、いい大学に行って可愛い彼女を作ろうということだった。しかし、受験には2度敗れ、そこそこ程度のT大に進学することになった。T大は、悪いところでない。しかし、当時第一志望だったY大と比べると、大したことはない。

 4月生まれだった私は、入学式には既に20の誕生日を迎えていた。一つ下の少年、少女らと肩を並べるのに引け目を感じたため、入学式は休んだ。

 お陰で、私は、大学生活を初めから遅らせてしまった。1回目の授業から何組かグループが出来ていた。広い教室なのに、それを埋め尽くす、大勢の学生がむさ苦しかった。彼等は皆、サークルや新しい出会いの話で盛り上がっている。どこどこの新歓がどうだの、どこどこのイケメン、美女がどうだの。それらを聞いたエリート志向バカで本物と偽物が合体している私は、彼等と距離を置くようになってしまった。

 

 

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