労多くして功少なし

『今の羅美にはまともに子供は育てられない。そんなことは百も承知だ。でも俺は、羅美のことも羅美の子供のことも見捨てたくない。だったらどうするか? 俺が育てるしかないだろ。これは俺がやりたいことだ。羅美はそれを利用すればい』

 結局のところ、これに尽きるだろ。俺は善意でやってるんじゃない。羅美が俺にとって<力になりたいと思える相手>だから、自分の気持ちに正直になってるだけだ。その上で、

『できるからやってる』

 だけなんだよ。

 <現実ではできねえファンタジーな方法で力尽くで問題を解決する物語>

 とかが見たいならそういうのを見とけ。俺はあくまで現実に可能な方法で力になろうとしてるだけだ。だから、

 <分かりやすい舞台装置としての悪役>

 も出てこない。

 <助けたいと思えない相手のことには親身になれない普通の人間>

 と、

 <子供が邪魔で構いたくないから代わりに世話してくれるのがいれば丸投げしたい親>

 がいるだけなんだよ。そして、仮にとはいえ自分の娘が家にも帰ってこないのに何もしない親になんて、関わらせねえよ。

 羅美をヤった継父には報いを受けさせてやりたい気持ちは確かにあるが、正直、羅美の素行が酷すぎて、何年も前の家庭内の事件じゃ、警察も親身になってくれないだろうしな。しかも証拠も何もない状態じゃ、どこまで信用してもらえるかまったく分からない。

『女が被害を訴えたら嘘でも信用する』

 とか言われてるみたいだが、それが本当ならどんな案件でも必ず訴えられた方が逮捕されて有罪になるだろ。でも実際にはそうじゃないから躊躇うんじゃないのかよ?

 だから、『労多くして功少なし』になるよりは、羅美と羅美の子供の平穏を優先する。

『犯罪者を見逃すのか!?』

『そういう奴はきっちり罰を与えないと調子に乗るだけだろ!?』

 とか言う奴もいるだろうが、それはお前が、火の粉を被る心配もない、ただの第三者だから言えることだ。当事者にとっちゃそんな簡単な話じゃないんだよ。他者の不幸はお前のためのエンターテイメントじゃないんだってわきまえろ!!

 万事がすっきり解決はしない。そんな都合のいい話は現実にはない。だったら、何を取り何を後回しにするかを考える必要があるだろう?

 改めて言う。俺にとって最優先すべきは羅美と羅美の子供なんだよ。無責任な赤の他人の満足感なんか知ったことじゃないんだ。

 なるほど、現実には俺みたいに赤の他人のガキのためにここまでやる奴なんてそれこそファンタジーだと思うだろう。俺もそう思ってた。けどな、羅美に対する俺の今の気持ちは、理屈じゃないんだ。俺自身がそうしたいんだよ。


 そうして妊娠発覚後一ヶ月が経ち、有休を取って妊婦健診に行く。

 羅美が出産する時に入院を予定してる病院で、しかもそこは俺が仕事で回ってる顧客の一つなのだった。


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