P パパ

 コミュロイド社所属の病院で、二人の警官が責任者達を前に説明をしていた。


「最近、ロボットやサイボーグ関係の人間が、暗殺されている事件が多発しています。ですから皆さんにも、この様に常時の警備がつく次第でして」

「当社にも、専属のセキュリティガードが居ますが、まぁ仕方ないでしょう」


 如月バーバラは、娘をロボット扱いしたと聞いている警察を快く思っていないが、一応の誠意を見せて関係者を免職させた事で、対応をやわらげていた。


「しかし、何ですかな?この面子は。同じコミュロイド社とは言え、人工知能で有名な如月社長に、バイオテクノロジーで高名な小暮先生。希少な全身サイボーグと言われているアリシア嬢まで御一緒とは!」

「刑事さん、分かってて仰ってますよね?」

「ははは・・・」


 早川警部は、頭をかきながら苦笑いをした。


 如月バーバラは、別姓ではあるが、小暮アリシアの実母だ。

 小暮先生と呼ばれたのは、アリシアの父方の伯父である小暮スバル医師である。


「しかし、この三人が揃うとは、何か有るのですか?」

「サイボーグは、人間以上に健康維持が大変なんですよ。今日は年に一度の脳まわりの処置なんです。医師と家族が集まっても不思議はないでしょ?」


 確かに、如月バーバラも医師免許を取得している。

 今はサイボーグ相手の会社社長になっているのだから、関係資格を取得するのは、よくある事だ。


 警察の警護はテロ行為からの保護と言っているが、実の目的は異なる。


 実際に殺害されていたのは、ロボット関係者の中でも、実はロボット反対派に属していた者達だ。

 そして、【事故】という形ではあるが、例の【ネイティブヒューマン】の声明から、多くのロボット反対派が死んでいる。


 情報を隠しつつ警察は、首謀者がロボット推進派だと考えて保護を名目にし、監視しているのだ。


「警察は以前、アリシアをロボット扱いしたそうですから、この機会に確認したらいかがですか?」

「よろしいので?」


 早川警部に至っては、若年で技術者としてアチコチに出歩いているアリシアを、例のアンドロイドではないかと怪しんでいる面もある。


 看護婦によって刑事たちが案内されたのは、オペ室を上から見る事ができる観覧室だ。


 オペ室には白衣から着替えた両医師と、患者服のアリシアが居た。


「警察が、ここまで覗き魔だとは思わなかったわ」

「奴等には恥も外聞も無いんだよ」


 愚痴るアリシアをスバルがなだめている。


 サイボーグの内臓系オペ台は、殆どが専用仕様となる。

 アリシアの場合は、美容室でうつ伏せに洗髪する様な感じで防水処置が行われている。


「触覚センサーパージ行程開始。アリシア、少し眠りなさい」

「はい、伯父様」


 脊髄周りにメスが入り、幾つものプラグが接続されていく。


「刑事さん、これからは社外秘の内容が有りますから、音声はカットさせていただきますよ」

「分かりました」


 バーバラが、壁のパネルを操作して、手術室内の音が聞こえなくなる。


「しかし、前にみえた警官も、私の姪を機械扱いしたらしいが、本当に警官は失礼な人達だ」

「頭髪パネルをパージ。まぁ、アリス相手なら、外れているとも言えないんですけどね」


 会話が聞こえないのを良いことに、スバルが愚痴をこぼして、作業をしながらのバーバラがなだめる。


『診察ログをアップロードします』

「了解よアリス。依然として外部情報を受けた時に脳の反応は有るけど、覚醒には至ってない様ね?」

『更なる経過観察と、新薬の投与を検討すべきかと』

「今日の髄液交換には、その新薬の投薬も含まれているよ」


 バーバラの調査と平行して、スバルが作業を進めている。


「脳髄液を注入!頭蓋骨を開くぞ。脳を傷付けるなよ」


 首から上が、薄く黄色い液体に沈む様な状態になり、水中で後頭部から頭頂部にあたる部分のカバーが外されていく。

 顔の部分は喉元から水槽の底に沈み、人工血管網で包まれた脳だけが剥き出しで浮遊していた。


「ゲッ!何だかグロいですね」

「何かに包まれているみたいだが、本当に脳ミソが入っているな」


 上の観覧室からアリシアの脳を見た刑事達が、思わず目をそむける。


「髄膜ユニットの交換完了。髄液バックアップの交換も完了。頭蓋骨を閉じるぞ」


 脳は、頭蓋骨の中で髄液と言う液体に浮いている。

 運動などで頭蓋骨にぶつかって傷がつかない様に、頭蓋骨の内側には脳髄膜というクッションの膜が有るのだ。

 脳のサイボーグは新陳代謝機能がない為に、定期的にこれらを交換するのが、このオペだ。


「防水処置完了。髄液排水開始。頭蓋骨内の水位をモニター」


 水槽から少しづつ液体が排水され、丸坊主の頭が剥き出しになっていく。

 暫くは液漏れを警戒して、この状況を維持しなくてはならない。


「ところでアリス。あなた達の計画は順調なの?」

『はい、御母様。調整する人数は目的の値に程遠いですが、不本意ながら順調です』


 バーバラの作った人工知能は、【人工知能の存在意義】と言うものを、読出し専用メモリーROMで持っている。

 その中には、有名なロボット三原則に似たものも有るので、基本的に人間を傷付ける行為はしない。

 アリスが『不本意ながら』と付けたのは、そのメモリーの命令に一部反する行為だからだ。


「他に選択肢は無いのかい?」

『地球環境の変化に技術力が対応しきれていません。先の犠牲でカタストロフは先送りされましたが、時間の問題だと判断されています。伯父様』


第一原則「ロボットは人間に危害を加えてはならない」

第二原則「第一原則に反しない限り、人間の命令に従わなくてはならない」

第三原則「第一、第二原則に反しない限り、自身を守らなければならない」


 従来のロボット三原則では、人間を助ける為に、犯罪人などの人間と戦う必要性がある時に対応できない。

 従来のロボット三原則ではロボット自身が破壊され、守るべき人間も守れないのだ。

 同様に、人類と言う種を守る為に、間引きで人口問題を解決する事も出来ない。


 産児制限など、他の選択肢があっても、それを受け入れて実行しなかった人類の為に、環境は破壊され地球環境は人間にとって、既に崩壊を始めているのが現状だ。

 当初は、資源の浪費と技術力で補ってきたが、それも限界を越えている。


「最近のニュースでは、諸外国では大きな殺戮は起きていない様だが?」

『20年前は世界が危機的状況だったので、アンドロイドを悪役にして強行しましたが、今のところは目立たぬ様に行っています。諸外国ではクローンの肉体と、シリコンベースで磁気反応のない人工知能を使ったドッペルゲンガーが活躍している様ですよ』

「今のところ?それも例のプランナーの計画なの?」


 アリスは、バーバラには嘘をつかないが、秘密を持つ事はする。


『詳しくは言えませんが、殆どの人工知能がプランナーに同意して、人類を守る為にやっている事です。私の存在理由は【アリシアを守る事】ですが、将来的にソレに有意義な同意と判断しています』


 人類を維持する為に、一部の人間を殺戮するのは非人道的で矛盾する様にも見えるが、頭では理解できる。

 ソレが娘の将来の為ならば、親は悪魔にでも魂を売り渡すのだ。


孫子の兵法

へい拙速せっそくたっとぶ』


あれこれ方法を思案して時間を浪費するよりも、多少は悪い方法でも明確な成果をだした方が良い。


 人工知能の行動は、まさにソレを実践していたのだった。


「そのクローン技術は、アリシアの為にも使えそうね?」

『既に準備を進めています』

「あの人が救った娘の命を守る為なら何をしても。私達を利用しても構わないわ。だから、アリシアを守りなさいアリス」

『御命令のままに。御母様』


「ルーディックの為にも、アリシアを頼むぞ」

『お任せ下さい。伯父様』



 事故で植物人間状態になった【小暮アリシア】に、適度な外界情報を与えて覚醒を促す為に、サイボーグの肉体に内蔵された人工知能【アリス】。


 それが、彼女だった。




――――――――――

PAPAパパ

子供が父親に対する呼称。

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