O オスカー
義手や義足は勿論、全身サイボーグに至るまで、その外観は人間と区別がつかない程になっている。
表面加工も、衝撃保護用の緩衝材を兼ねたもので被われ、下の筋肉や骨骼を触って確かめない限りは区別がつかない。
ただ、
骨格はマグネシウム合金を基礎にして、生物の使うカルシウム合金よりも軽いが、サーボモーターや人工臓器の軽減が、いまだに難しい。
また、金属探知機やレントゲン、CTスキャナにかけれは、生身でない部分は直ぐに判明する。
部位にもよるが、硬質プラスチックやセラミック、炭素繊維などだけで作るのは、とても無理なのが現代科学の限界だ。
この様に、完全に人間と区別のつかないサイボーグやロボットを作る事は、この時代では無理だった。
ただソレは、法律を守っての範囲の話だ。
倫理的にも法的にも禁じられた、【全身クローン】を作れば出来ない話ではない。
血液や骨をはじめ、多くの臓器が人工物で代用できる時代だからこそ、細胞を培養して行う【クローン】は、多くの制限を受けていた。
人間の社会においては。
ユニットA
〔身体情報確認〕
顔の造形 :98%
シワのでき方 :90%
歯並びと治療痕:95%
虹彩パターン :98%
身長差 :99%
体重差 :90%
指紋の有効期間:6ヶ月
音声周波数 :99%
ホクロや傷跡 :95%
体毛 :90%
〔行動情報確認〕
口調や言語特性:install
反射速度特性 :install
身体稼働域特性:install
人間関係情報 :install
社会関係情報 :install
食生活情報 :install
総合評価 :計画投入
ユニットB~E
総合評価 :計画投入
「これで完璧ですね?」
「いや、脳だけは複製品じゃないから、記録に残っていない情報に関しては
「所詮は彼を演じている役者に過ぎないって事ですからねぇ我々は」
「人間は、時間の経過や体験によって、記憶や行動に変化が生まれる。この研究所の警備員としての五年が、彼の言動に変化をもたらしたとしても、それは特殊な事とはとらえられないだろう」
この日、ベスター・ヘストンは、フランスの遺伝子工学研究所のガードマンを退職した。
ある者は車を運転して。
ある者はヒッチハイクで。
またある者はバイクなどに乗って、それぞれ違う街へと向かった。
研究所の窓から彼等を見送る医師達が、旅立ちを眺めてほくそ笑んでいた。
「さて、次のクランケは女性だったか?人間は双子でも微妙に違う。また微調整が大変だな」
医師達は遣り甲斐のある仕事に、更なる使命感を燃やすのだった。
こうして五人のベスター・ヘストンは、フランスの各地へと散らばっていった。
一人はフランス最大手の警備会社に就職し、一人は隣国に密入獄し、一人はフランスの片田舎で小さな雑貨店を開いた。
四人目はベスター・ヘストンのパスポートで祖国であるカナダへと向かった。
ビービービー
「御客様、腰の辺りに何か・・・ああ、ベルトのバックルですね。一応、他も再確認させて頂きます」
「お仕事たいへんですね。どうぞどうぞ」
空港の国際線搭乗受付で、ゲート式の金属探知機に反応したベスターは、頭の先から爪先までハンドセンサーで検査されていた。
「問題ありませんね。御協力を感謝します」
「私も警備会社に勤務していましたから、分かりますよ。お疲れ様です」
「では、今回は観光ですか?」
「いいえ。里帰りなんですよ」
笑顔で対応するベスターに、所員も気がゆるむ。
「では、お気をつけて。良い旅を」
「ありがとう」
無事に飛行機に乗り込んだベスターが荷物として持ち込んだのは、ノートパソコンと流行りのゲーム機、ゲームソフトなどだ。
それらの荷物は、カナダのジャン・ルサージ国際空港に到着し、税関でも特に問題視されなかった。
空港からタクシーに乗った彼は、少し大きめのヘッドフォンをつけ、はじめて向かう故郷について検索を開始する。
「手紙の住所からナビ検索して衛星画像で詳細に。近所の人間に関して最新情報へ更新」
近隣の住民については、周辺の会社にハッキングして名前と顔写真を入手している。
十五年前に母親と喧嘩別れしたベスター・ヘストンは、仕事中の事故で一部の記憶を失い、リハビリの為に帰郷する設定になっている。
「さて、これから世話になりますよアルフォンス兄さん」
五人目のベスター・ヘストンは、偽造パスポートでロシアへと渡っていた。
「ようこそジャン・オルロフスキーさん、長旅で御疲れでしょう」
「はじめまして、テオ・カーメネフさんですね?しかし、けっこう厳重な警護ですね?」
ジャン・オルロフスキーは、ベスター・ヘストンが偽造パスポートに使った名前だ。
別名を使うのは、ベスター・ヘストン名義の物を別のベスターが使用している為だ。
銃器の所持確認以外は、たいした検査もされなかったが、彼は幾つもの検問を通ってカーメネフ氏の前まで彼は来ている。
「一応、物理学研究施設と言う事にはなっていますが、実際には軍の研究施設ですからね。検問には持ち物検査は最低限にと申し付けておきましたが、失礼はありませんでしたか?」
「機密情報が有るなら奪えば良いと考えるのでは?」
「貴方が帰国後に別の場所から送られてくる半分が無ければ水泡に帰すと脅せば、無理はしないでしょう」
事前に、フランスの施設からテオ・カーメネフには連絡を入れてあるが、ジャン・オルロフスキーはフランスから人工知能の技術を持ち出してきた産業スパイと言う事になっている。
実際には、相互の情報交換が目的と条件だが。
人工知能開発は、一部の規格以外は各国で独自に開発されている。
各々に良いところと悪い所がある。
他者の技術を知る事は、更なる向上へと繋がるのだ。
「しかし、本当に人間ではないのですか?」
「何なら円周率や平方根を250桁くらいまで暗唱しましょうか?」
テオ・カーメネフは、ジャン・オルロフスキーの言動をつぶさに観察して、驚いている。
彼の元には、入室前に撮られたジャンのセキュリティCTスキャナのデーターがあったからだ。
「情報の交換をするにも、どうやって持ち出すのです?ここは物の持ち込みは可能でも、持ち出しはできませんが?」
「大丈夫です。ココに入れていきますから」
ジャンは自分の頭を指差した。
持ち込んだ手荷物からUSB接続型のヘッドフォンを取り出すと、自らの頭にかぶり、端子をカーメネフの指定するコンピューター端子へと繋いだ。
見た目には、コンピューターを使った音楽鑑賞にしか見えない。
「それで、データのやり取りができるのですか?」
「ヘッドセット部分が脳の発する電磁波を受信し、コンピューターの情報を脳へと送信してくれるのです。置いていくので、御自由に分解をして下さい」
実際にコンピューターのデータとアクセスしているのを見てカーメネフ氏は、驚愕している。
ジャンの脳のCT画像は人間のものと区別がず、その様な機能がある様には見えないからだ。
「参考までに伺いたいのですが、その人工知能に人間の記憶をインストールする事は可能ですか?」
「従来の人工知能には無理ですが、私のタイプには【コピー】する事は可能です。目的は、永遠の命でしょうか?」
ジャンは既に気付いているが、テオ・カーメネフの【テオ】とは、錬金術師で有名なテオフラストゥス・ヴァン・ホーエンハイムに因んだものだろう。
別名【パラケルスス】とも呼ばれた人物だ。
カーメネフは石を意味するロシア語から派生した苗字。
履歴を調べたところでは、彼の家系は錬金術を研究し続けている。
カーメネフの専門としている物理学は化学の延長線上にあり、
永遠の命を得る
クローンや
環境が厳しいロシアならば、その研究が進んでいても不思議はない。
「しかし、Dr.カーメネフ。コピーはあくまでコピー。
「た、確かにソウかも知れませんが・・・」
どうやら彼も、多くの人間と同じ勘違いをしていた様だ。
情報の交換が終わり研究施設を出ると、預けていた荷物と別に多額の現金が入ったアタッシュケースを渡された。
それらを手にしたジャンは、用意された車に乗り込んで近くの街へと向かう。
後部座席でバッグから別種のヘッドセットを取り出すと、彼は衛星電話に繋いだ。
「EOC、データの転送をします。研究成果の全てに加え、カーメネフ氏の身体データも有りますから、フランスのラボへも転送をお願いします」
『了解した。協力を感謝する』
その後、Dr.カーメネフが偽者と入れ替わって、多くの研究成果を残したのだが、それを知る者はいない。
――――――――――
OSCARオスカー
男性人名。
米国の映画賞のアカデミー賞受賞者に贈られる黄金の小さな彫像。また、アカデミー賞の別名。
『現金』と言う意味で使われる事もある。
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