K キロ
「誰だ!コミュロイド社に喧嘩を売った奴は?」
警察署の捜査課に入るなり、署長の開口一番が部屋に響き渡った。
「馬鹿な奴のお陰で、コミュロイド社とのメンテナンス契約が全面的に更新できなくなったぞ!」
警察官は業務上の事故で、手足を失う事がある。
過去であれば退職せざるをえない状況だが、昨今では警察が手配してくれる精巧な義手などのお陰で警察官を続ける事ができるのだ。
そんな環境下で、コミュロイド社から一方的にメンテナンス契約更新の停止が告げられた。
警察と取り引きしているサイボーグ企業はコミュロイド社だけではないが、多くの警察官が影響を被る。
銃や自動車もだが、精巧な道具ほど定期的なメンテナンスが必要となるのは同じだった。
契約期間内は問題ないが、契約更新に関しては、メーカー側の
『警察は当社に御不満なようですから』と言われれば、客だからと言って無理に契約更新する事はできない。
当初の保証期間内や契約期間内ならば裁判でも勝てるが、十年ちかく過ぎれば、契約更新には双方の同意が必要となる。
義手メーカーの顧客は警察だけではないので、収益減とはなるが、会社が傾くほどではないのだろう。
都内の各署から更新拒否の苦情が来て、本庁がコミュロイド社に出入りした警察車両をチェックしたところ、この署内に元凶が居るらしき事が分かったのだった。
「ロボット扱いしただけなのに千倍返しかよ?」
その小声を署長は聞き漏らさなかった。
「さぁ~とぉ~うぅ~!きぃ~さぁ~まぁ~かぁ~?」
署長の睨みと共に、室内の全員が、佐藤警部補を見る。
「義手や義足はなぁ、銃や車みたいに『壊れましたから買い替えます』って訳にはいかないんだぞ!既に謝ってどうにかなるレベルを越えているんだぞ」
「あの程度の事で謝る気もありませんがね」
向こうが機嫌を害したのは分かっていたが、警官が事件に際した場合には多々ある事なので気にも止めなかったのだ。
それに本当の事を言えば、義手などと平行してロボットをも作っていたコミュロイド社へは、行きたくなかったのが佐藤の本心だ。
ただ、先の三社でも有力な情報が得られなかったので、やむ無くの訪問だった。
佐藤警部補は経験がないが、精巧な義手などを付け替えるには、神経系を繋ぎ直す手術が必要だ。
規格がメーカーによっても違う上に、使用者の状況に合わせてカスタム化が必要となる。
全てを他のメーカー物に付け替えても、リハビリが必要となるのだ。
その為に、警察が被った被害は小さくない。
「佐藤ロミオ警部補、しばらく自宅謹慎を命ずる。辞令は後で送ってやる。頭を冷せ!」
署長自らの命令に抗う事はできずに、彼は上着を羽織った。
「やり過ぎたな。だから言っただろう!」
病院の事件で注意してくれていた早川警部が、溜め息をついている。
「サトウだからって、考えが甘いんだよ。エゴイストが!」
「ざまぁないな」
署内には義手を使っている為に、彼に悪態をつかれていた者も居る。
家族の介護や手伝いにロボットを使っている者も居る。
ロボット関係の事件でかつやくした佐藤ロミオの評価は、必ずしもポジティブな物だけではなかったのだ。
人間は生存本能のせいで、自分にネガティブな情報の方が耳に入りやすい。
彼は、そんな悪意を耳にしながら、警察を後にした。
この後、佐藤警部補同様にサイボーグやロボットを目の敵にしていた警官が粛清されたのは言うまでもない。
「予定外だったけど結果は良好ね。まさか叔父様が、あれほど活躍してくれるなんて」
警察からの始末書と陳情書を見て、アリシアは驚いていた。
邪魔な警官達が、他者の手によって排除されたのだから。
サイボーグ施術会社の広告塔でもあるアリシアを【物】呼ばわりされては、世に存在するサイボーグの評価全般にも影響しかけない。
初期の義手やサイボーグが、差別やイジメの対象になった時期もあるのだ。
叔父の感情面だけでなく、会社としても妥当な行動とは言えるだろう。
警察の対応を聞いても、叔父が直ぐに納得するとは思えないが。
だが今のアリシアは、更にソノ先を考えていた。
「ここは、彼等を合法的に処分してEOCの目標値に少しでも近づけないと・・・」
彼女は住居にもしている、コミュロイド社の郊外工場で作業を始めていた。
アリシアの目の前には、千台近くの造型ユニットが並んでいる。
【造型ユニット】とは、義手や義足などの外観を、人間そっくりに見せる皮膚加工をする装置だ。
今、彼女の前に並んでいるのは全身用で、アリシアも定期的に使用している棺桶にも似た3メートルサイズの物。
他には、接客アンドロイドなどの加工にも使われている大型の装置だ。
どの造型ユニットも稼働中で、幾つものアクセスランプが点灯している。
「さて、公的組織や街頭カメラへの細工も終わったし、
造型ユニットの蓋が幾つも開き、湯気を帯びた腕が姿を見せた。
暗い工場の中で、髪が長いままの人影が立ち上がる。
退職後の佐藤ロミオは、警察OBが多く居る会社に天下りもできなかった。
ロボットを多用している社会において彼は、新たな職につく事もままならなかった。
テレビをはじめネットの掲示板でも、佐藤をはじめ多くの警官が差別行動で解雇された事が名指しで流れていたのだ。
「くそっ!あの事件も迷宮入りか。これも全部あのロボット女のせいだ!」
掲示板への書き込みは元同僚の可能性が高いのだが、佐藤の思考は視野を狭めていた。
そんな彼は、今日も昼間から酒場のカウンターで愚痴りながら酔い潰れている。
毎回の様にカウンターにうつ伏せる佐藤の元に、今日は歩み寄る人影があった。
常識的に、愚痴る他人に近付く者に真っ当な奴は居ない。
「ロボットなんて無くして、人間の社会を取り戻したくありませんか?」
耳元で囁かれた言葉に、起き上がる佐藤ロミオに微笑みかける男が居たのだった。
社会では、ある意味で正論な事ほど、広義では異端となる場合がある。
また、言葉は受け取る者によってソノ意味が180度違ってくる。
その言葉は、まさにそんな言葉だった。
「誰だ!お前は?」
酔っていても、見知らぬ男に用心するのは、彼の職業病と言えるだろう。
「失礼しました。赤坂雄二と申します。聞けば、ロボット共に憤慨している御様子。私も被害を受けた一人なのですよ」
確かに、その様な事を声に出していた記憶はある。
それに佐藤同様に家族をアンドロイドに殺された人は、世界中に存在する。
彼と同じ考えの人間は少なからず居るのだ。
「それで?俺に用か?」
共感してくれる者との出会いに内心は喜びながらも、一応は素っ気なく対応した佐藤は、グラスにはいっていた酒を飲み干す。
赤坂と名のる男は、バーテンダーに水割りを頼むと、佐藤の隣に座って、ひと口飲んだ。
「私の調べた範囲では、政治家や警察上部までロボットや、その企業に蹂躙されている様なのですよ。矛盾していると思いませんか?人間をロボットが動かすなんて。このままでは、世界はロボットに支配されてしまいます」
一見、カルトな陰謀論者に聞こえるが、企業の言いなりになっている警察組織を見た佐藤には、あながち否定できる気がしなかった。
「合法な事とは言えませんが、人間の未来の為にヒーローに。いや、殉教者になりませんか?」
赤坂は、飲み干された佐藤のグラスを持ち上げて眺め、バーテンダーに追加を注文した。
「ヒーロー・・・殉教者か!正義の味方は報われないものだな」
警察官になる者は多かれ少なかれ、己の正義を胸に抱いて桜田門を目指す。
佐藤は自分の胸の奥に、揺らぐものを感じていたのだった。
「本当に矛盾してますよね?佐藤さん」
――――――――――
KILOキロ
重さや長さ、量などの単位において10の3乗を意味する。
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