J ジュリエット

 結局は病院への捜査令状が下りず、警官隊は僅かな人員を残して撤退した。


 当然、佐藤ロミオ警部補も署に戻らざるをえなかった。

 だが彼は、ドローンの撮影した映像を掻き集めて専門家の所に出向いていた。


「佐藤警部補、これは合成映像ではないのですね?」

「コピーですが合成ではありません。これが、そのワイヤーユニットの実物です」


 彼は、ロボット工学の大学教授の所に物証を持ち込んでいた。

 過去にも捜査協力を御願いした人物だ。


「このワイヤーシステムは、イギリス軍で似た物が開発中だった筈ですが、使用用途が違いますね?確か、本体から発射するタイプだった筈です」


 この事件の犯人は、ビルの屋上に複数のワイヤーシステムを設置して、事前に逃亡用のワイヤーネットワークを作って利用していた。


 どこかのマンガのスーパーヒーローみたいに、腕から蜘蛛の糸を出して自由にビルの谷間を飛び回っていたわけではない。


 現実に、そんな事をしようとしたら、2トンクラスの車両に積む様な特殊液タンクか、先端に可動式アームの付いた百メートルクラスのワイヤーが必要になる。

 そんなシステムを人間サイズに収めるのも、持ち運ぶのも現実的ではないのだ。


 ともあれ、教授の見解では軍が関係している可能性が出てきた。


「このアンドロイドの高機動は、どう思いますか?」

「こんな運動を、このボディで行っていたら、バッテリーがもたないでしょう!通常の動力ではないのかも知れませんね」


 従来の犯罪者レベルを越えた評価に、佐藤だけではなく教授も驚いている。


「このロボットに手足だけでなく、人間の頭部まで付いている事を考えると、人混みに紛れて逃げる事を予定して居たのか?それともサイボーグなのか?だが、人間が扱える速度ではないし、これだけの動力やバッテリーを積んでいては人体を維持できないでしょう。是非とも現物を見てみたい!」

「申し訳ありませんが、このロボットも取り逃がしてしまいまして」


 教授は、あからさまにガッカリしていた。


「では、このロボットの出どころに関して、教授の御意見は?」

「正直に言って、わかりませんね。いろいろと矛盾する事が有りすぎる。いっその事メーカーを当たってみては?」

「軍需メーカーですか?日本だと三菱重工業とか?」

「あとは、アンドロイド関係の会社なら日本国内にも数社あるでしょう」


 教授の提言に従い、国内のメーカーを巡りだした佐藤警部補が向かった四軒目に、コミュロイド社があった。




 対応したのは暇専務である叔父と、技術面に秀でたアリシアだ。


「そうですねぇ、現地で質量を変えてのテストを繰り返さないと分かりませんが、当社のサーボモーターでは無理ですね。明確に軍事仕様でしょう?」


 アリシアは見せられた映像から、客観的にコミュロイド社の駆動系でないと判断した。

 この評価は、社内の誰に問われても同じ答えが返ってくるだろう。


 実際に使った駆動系などは、海外の軍事用を横流しさせた物だ。

 先日の海外製アンドロイドの様な輸入品に紛れ込ませて入手している。


「なんで、こんなヘビィセッティングのロボットに、人間の顔や手足を付ける必要性が有るんですかね?」


 アリシアの評価を聞いて、横からモニターを覗き込んでいた専務が口を挟んだ。

 佐藤警部補も首を捻っている。


「何かのこだわりか趣味なんじゃないですか?昔は武器や船に人間の造形を施した時期とか有ったらしいじゃないですか!」


 アリシアの言った通りに現実の人々は、建物の四方にガーゴイルの彫刻をして魔除けに使ったり、船の船首に女神の像を彫ったりして安全を願った。


 近年においても戦闘機の先端にイラストを描いたり、服や鞄に人間や動物の絵を入れたりする。


 人間は孤独に耐えられない生き物なので、これらの必要の無い行為で孤独を紛らわすと考えられている。


 アリシアの言葉に、専務も警部補も頷いている。


「犯罪者のこだわりは理解を越えますからねぇ、確かにソレも考えられますねぇ」


 大学教授の言った『人間に紛れて』と言うのもなきにしもあらずなのだが、佐藤の視線はアリシアの美貌に惹かれていた。


 途中から、話し半分の佐藤警部補の態度に気が付いたアリシアは、先んじて調べておいた佐藤ロミオのプロフィールを思い出す。


「お巡りさん。そんなに熱い視線を送ってもらっても、私は貴方の嫌う【機械仕掛け】なんですのよ」

「えっ!常談でしょ?」


 横に居る専務の方を見ると、黙って頷いている。

 あまりに自然な造形で、肌の質感まで人間と同じ。

 動きすら区別がつかないアリシアは、コミュロイド社のサイボーグでも最高額を注ぎ込んだ最高傑作なのだから。


 義手や義足に違和感を感じる患者も、アリシアを見れば希望を抱くのだ。


「じゃあ、失礼してコレを御覧ください」


 アリシアは、口を大きく開いて、中から音声用のスピーカーユニットを押し出した。

 メンテナンスや仕様変更の為のシステムだが、立証には早道だ。


「アンドロイドだったのか?」

「失礼ね!サイボーグよ。警察は使われた道具にこだわるより、関係者の利益で犯人を探すのだと思ってましたわ。犯罪を犯すのは道具ではなく、常に【人間】なのですから」


 道具を作る方としては、『銃があるから人殺しが起きる』的な佐藤警部補の日頃からの言動や、豪語している内容は許容できないものがある。


「いや、物証から犯人を割り出すのも捜査方法でして」

「で、何か分かったんですか?犯罪なら被害にあった事から調べた方が確実でしょう?」


 正当性を主張する佐藤に対して、アリシアは執拗に反論する。


「それが特に被害は無く、不法侵入くらいでして」

「被害者も被害も無いのに、この映像では発砲しているのですか?そんな警察だから、いまだに義手などを必要とする人が減らないんですね?」


 アリシアは、かなり頭に来ている様だ。


 眉間にシワを寄せたアリシアに対して、横にいた専務は顔を真っ赤にして血管が浮き出ていた。

 叔父の豹変が目に入ったアリシアは、こっそりと鞄の中に手を入れる。


ブブーッ!ブブーッ!


 携帯から呼び出し音が鳴り、気が付いた専務が懐から取り出した。

 発信者を見た専務は、アリシアをチラ見してから、警部補に断りを入れる。


「ちょっと失礼しますね。『ああ、私だ。例の件だな?分かった!すぐに行く』」


 専務は電話を切ると席を立ち、アリシアにも目配せをした。


「申し訳ありませんが、お巡りさん。対応を急ぐ案件が有りますので、これで失礼します。お役に立てなくて申し訳ありませんな」

「いいえ。急な申し出に対応していただき、御協力を感謝します」


 営業スマイルの専務は、アリシアと共に足早やに応接室を出ていった。


「ここでも収穫は無しか!」


 アリシアがサイボーグだと聞いて、興味もさめた佐藤ロミオ警部補は、残された応接室で出されたお茶を飲んでから、資料を鞄にしまい始めたのだった。






「本当に助かったよアリシア。あのままだと警官を殴るところだった」

「叔父様の気持ちはうれしいですけど、私の事で立場を失う様な真似は控えてくださいね」


 廊下を歩きながら、二人は応接室を急いで離れた。

 アリシアが、暴走しそうな叔父に電話をかけて、切っ掛けを作ったのだ。

 電話での会話は、姪の配慮に気付いた叔父の機転による演技だった。


「いや、これは名誉毀損や人権侵害と言えるだろう。奴め、可愛い姪を物扱いしよって!このままでは気が収まらん」


 サイボーグとアンドロイドは、似て非なるものだ。

 誰も、好き好んでサイボーグになる者は居ないのだ。


 思い出して、再び血管を浮かび上がらせる叔父の背にアリシアは、そっと手を添えた。

 多少は怒りを抑えた専務だったが、その頭では復讐の方法を考えているのだった。


 その後、佐藤ロミオ警部補が、この専務の復讐を知るのは約一週間後の事となる。


 このロミオとジュリエットも、結ばれるハッピーエンドは来ない様だ。




――――――――――

JULIETT ジュリエット

女性人名。

またはシェイクスピア著の有名戯曲のヒロイン。

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