H ホテル
病院の事を英語でホスピタルと言う。
その語源はホテルと同じで【客】を意味するのだと伝えられている。
20世紀には、政治家が犯罪の容疑がかけられた時に、公然と追求を逃れる時間稼ぎの為に病院を使った実話がある。
世界規模の伝染病が蔓延した21世紀初頭には、満員の病院に代わり、ホテルが軽症者の隔離施設として活躍した事もあった。
この様に、
だが、ある点においては、
「チクショウ!せめて逃げ込んだ先がホテルだったなら!」
病院の周囲を取り囲む警官隊は、
この病院のある港区には、大手の高級ホテルが並んでおり、この病院からも見える程に近かったからだ。
「流石の【ロボットソルト】も、手も足も出ないでしょう?」
「いくら警察でも権力の権化には勝てないからな」
ロボットやアンドロイドの事件に首を突っ込み辛口な【ロボットソルト】と呼ばれている佐藤ロミオ警部補が、苦虫を噛み砕いた様な顔で病院を睨んでいた。
彼等が追っている事件の発端は、二時間前に遡る。
公安委員会が管理する施設の近くで、一般市民からの通報があったのだ。
その施設の塀を乗り越えて出てきた人影があったと。
「施設へ確認をとったところ、特に異常は無かったとの事でしたが、通報者から送られてきた動画が、加工の暇さえ無い程にリアルタイムな映像が写っていたので、我々警察が動いたのです」
「奇妙な話だな?そもそも、なんで、そんな場所に一般市民が?」
説明していた私服巡査が、少し目線をそらした。
「それが通報者は、ちょっと名の知れた芸能人で、人目や監視カメラの無い場所で異性と会っていたらしく」
「パパラッチ避けのスボットと、警備の手薄な所が重なっていたわけか?」
現在【都内】と呼ばれている山手線内側は、保安の為に大量の監視カメラが設置されている。
一部の報道者は、そこから映像を入手してスクープにしているらしい。
入手元は監視カメラ関係者だったり、システムハッカーだったりする様だが。
だが、そんな監視カメラ網にも穴はあるものだ。
そして、それを利用する者も居る。
「それで即座に、付近に待機していたドローンを起動したところ、確かに該当する人影が有ったんです。でも、同時刻の街頭の監視カメラには写ってなくて、別系統である警察ドローンにはソノ映像が記録されていたんですよ」
「監視カメラシステムがハッキングされてたんだろうな。恐らくは公安の保管施設の方も。かなり組織化された犯行だな」
都内には、多くのビルの屋上に警察の武装ドローン待機場が設置されている。
街頭の監視カメラと共に、巡回や事件現場への初動捜査に役立っていた。
「武装ドローンからの映像が、人間離れしていたんで・・・」
「それで、俺に連絡が来たんだろ?その映像は見たが、あの加速じゃあ人間は内臓をヤられちゃうだろうな。蜘蛛のスーパーヒーローでもない限りはな」
ドローンで撮った映像には、事前に十数ヵ所に設置されたワイヤーシステムを使い、ビルの谷間を飛び交う人影が写っていたのだ。
ワイヤーシステムは調査したが使い捨てらしく、入手元などは判明しなかった。
「ドローンの発砲で傷を負ったのか、逃走速度は落ちました。ですが、逃げ込んだ先が・・・・」
「あの病院だった訳か!」
二人の私服警官は、再び病院を見上げる。
彼等は、ビルの影に待機している巡査の元へ行って、病院の対応を聞く事にした。
追跡していた巡査達が病院へ駆け込むと、がっしりしたナースアンドロイドに行く手を阻まれたそうだ。
比較的すぐに、夜勤の当直医が来たらしいが、その対応は取り付く島がに無いほどだったらしい。
「警察への協力は
協力的に見えたのは、一瞬だった。
「ですが、当医院のセキュリティには異常がありませんし、そちらも物証がない
「令状だと?」
警官は病院の名称を見て、この病院が汚職容疑の議員が入院している所だと思い出した。
このまま強行突破すれば、警察が国民の生命を危険にさらした事にされかれないし、件の議員に別の理由を持たせる事になる。
「分かりました。ここは一旦引き下がります」
「あと、取り囲むのは勝手ですが、病室からパトカーや刑事さんとかが見えるのも勘弁してくださいよ。患者が不安になっては治る病気も治らない。その手のナースコールが入ったら、直ぐに苦情を入れますからね」
「・・・・・・・・」
巡査達は出口へと退きながら、当直医に言われた事を無線で報告したのだった。
「その様な経緯で結局、包囲網は一区画離れた建物の影で行われる事になりました」
警官の追加増員もされたが、無尽蔵に居る訳ではない。
ドローンやロボットも投入されているが、正直に言って穴だらけだ。
「病院側のセキュリティもハッキングされているから、こちらの話を信じてくれないのだろうな?」
「セキュリティに引っ掛かっていれば、患者の安全を優先して捜査に協力してくれたでしょうね」
実際にセキュリティに反応が無ければ、別件捜査だと思われてもしょうがない話だ。
病院側に目撃者もなければ、セキュリティを信じるのは普通の行為だ。
「通行人や車両の検問はできますが、何台も出入りする救急車を止める事はできませんしね」
「グダグタだな。で、顔認証の方は?」
私服巡査が左右に顔を振る。
「安い美容整形の顔らしく、都内に該当者が25人も居ました。マスクかも知れないので実質、この女性は正体不明です」
骨格から削る美容整形は、顔認証システムの最大の敵だった。
ほぼマニュアル化されている低価格整形だと、同じような顔が幾つも出来上がる。
メイクによって個性を出しているが、顔認証システムはメイクの下の顔で判断している。
佐藤警部補は状況を聞いて、頭を抱えた。
「偶然か故意か、こんな手を使うとは、なかなか手こずらせてくれるじゃないか?お前こそ、俺のジュリエットに相応しい」
佐藤ロミオ警部補は、ロボットやアンドロイドの事件に関しては、敏腕でならしていた。
そんな彼が、好敵手と認める相手は少ない。
そんな警察をよそに、病院では全身麻酔で眠らせた患者のオペを緊急外来の宿直医が行っていた。
それを補佐するのは、指先まで精巧に作られたナースアンドロイドだ。
そのナースアンドロイドの準備は外科医の先を行き、医者は次の指示する必要もなく処置を続けている。
「そう言えば、例の飛び込みの患者はどうなった?」
「当院では手に余る症状なので転院の手配をして、第五処置室にて点滴を射っています。対応はナースにお任せください」
病院ではベッドの空き、設備や技術面での諸事情の為に、一度は受け入れた患者を別の病院へと転院させる事がある。
緊急外来の場合でも、転院の為に再度救急車を手配するので多少は時間がかかる。
「助かるよ。理事長の肝いりだし、急患が多くて医者も看護婦も足りないからね」
マスクが不要なナースアンドロイドの口元に、笑顔が浮かぶ。
「後で書類にはサインしとくから、先行して行わせてくれ」
「承知しました。先生」
このアンドロイドは高性能らしく、その仕事は人間に劣らない。
いや、人間より早くて正確かもしれない。
だが、決して人間をないがしろにしたりする事はなかった。
ただ惜しむべきは、その事実を一部の者の前以外では見せる事ができない現状にあったのだ。
――――――――――
HOTELホテル
一般的には宿泊施設を意味する。
語源は中世ラテン語の【ホスピターレ】と言われており、カトリックの巡礼の人々を無償でもてなし、眠るためのベッドを提供する施設だった。
更に遡れば、【ホスピス/客】へと至り、【ホスピタル/病院】と同じ語源とも言われている。
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