G ゴルフ

 密会は、見つかってしまうと逆に取り締まりや暗殺の対象になってしまう。


 かと言って秘密の繋がりを築くには、トップクラスの顔合わせが不可欠であり、トップさえ納得すれば後は配下の者でも取引や連絡ができるのが慣例だ。


 中世の欧州では貴族同士の社交界や、貴族とソノ知人を招いたパーティなどに、厳選された大量の客を招待して、人混みに紛れて顔合わせをしていた。

 昨今でも、パーティで顔合わせをする者達が居る。


 関係を疑われている者同士がパーティに参加していて、その関係を問いただしても、『A氏の知人として、そのB氏は来ていたかも知れない。挨拶はしたかも知れないが、特に関係がある訳ではない』と言い逃れる事ができる。


 パーティに参加している招待客なら兎も角、その同伴者全員までが関係を持っている証拠は無く、近くに居れば挨拶くらいはするのが社会人だからだ。


 ただ、パーティを開く理由や多くの人数を用意できない会社などの場合は、【接待ゴルフ】が多用されている。

 

 ゴルフ場でのプレイでは、四人一組での規約の所が多い為に、知人同士のゴルフに『人数が足りないので人数合わせの為に呼んだだけだ』と言われれば、関係性を立証する事は難しい。

 世間話しくらいはするのが人間性なので、その場で談合や結託などの話をしたかは、隠れる場所の少ないゴルフ場での盗聴を上手くできないと立証はできない。

 そしてプレイの関係上、プレイヤーが常に固まっている訳ではないので、他のプレイヤー同士が何の雑談をしていたかは知るよしがない。





「専務さんは、なかなか良い腕をなさっておられますな」

「叔父は、自宅でもクラブを振っていますから。先生もパワーアシストを使われているのに、あの距離をいくとは流石です」


 八王子のゴルフ場で、プレイヤーの一人と別のプレイヤーのキャディが、褒め合いをしていた。


 アンドロイドの反乱により崩壊した都市部より、田舎の方が安全だと言うのは、元よりアンドロイドの使用割合が少なかった事に起因する。


 アンドロイドをはじめ、ロボットすらも、自動車以上に高価なものであるのは変わらないからだ。


 そんな地方のゴルフ場で今、コースを歩いているのは一組のギャラリーだった。

 下半身をパワーアシストシステムで補強している老人は、幾つもの病院を経営している理事で、キャディは叔父の手伝いで来ているアリシアだ。


『その男と部下達の、過去三千時間の接触者と通信記録を精査した。過去の行動履歴も検討したが、問題はないだろう』

『ありがとうEOC。急ぎ仕事をさせて済まないわね』


 会話の合間にもアリシアは、ネットワークを使って、他と連絡をとっていた。

 これで、やっと話を持ち出せるのだ。

 幸いにも近くには、他のプレイヤーやキャディは居ない。


「では、お話を伺いましょうか?」

「そうですな。栃木の病院関係者から聞いたのですが、昔使っていた人工知能を取り戻せると言うのは本当なのですかな?」

「こちらで追加プログラムすれば安全性を保証できる上に、一台導入しただけで、他の低レベルロボットも再プログラミングしてくれますから、見違える様に業務が改善されますよ。他県での実績を御聞きになったのでしょう?」


 アリシアは唇を動かさず、音声出力だけで話している。

 老人の方も、ハンカチで口元を隠して話す配慮を忘れてはいない。


 この理事は、医師会の集まりで、他の病院での業務改善の裏話を聞いたらしく、コミュロイド社とアリシアに接触をはかって来たのだ。


 このゴルフも表向きは、病院にも義手などを納めているコミュロイド社からの接待ゴルフという形になっている。


 当然、この理事と警察との関係がない事は、事前に調査を終えての会話だ。


「これは、叔父やコミュロイド社とは関係なく、私が慈善事業として行っているので御内密に」

「慈善事業ねぇ・・・ああ、勿論承知していますよ。紹介者からも『看板娘で美人の姪子めいごさんにだけ話をする様に』と念を押されましたから」


 医療に関わる者にとって、全身サイボーグのアリシアは必見の価値があり、ゴルフを理由にソノ動きを見る事は大変に有意義だ。

 だから、ゴルフにアリシア同伴をリクエストする事は、別に難しくも奇異でもない。

 実際に、この理事と専務である叔父は、新製品義手の話でサンプル送付の契約をしている。


 それにアリシア自身も、アンドロイドの再プログラミング担当として、コミュロイド社に登録されている。


「後で、アンドロイドの再プログラミングが必要な病院と担当者を指定していただければ、業務内容や仕様の打ち合わせに御伺いしますよ」

「では、うちの者に優先度を調べさせて、御連絡させていただきましょう。これで病院だけでなく、多くの患者も救われます」


 病院の業務効率の改善は、医療関係者の負担減に繋がるだけでなく、収益にも繋がるので、病院理事としても無関心ではない。

 人工知能アンドロイドがコンピューター化されてから、人工知能に頼っていた部分から一気に業務は悪化し、医療崩壊や人手不足から閉鎖された病院も多い。


 看護婦による医療行為は違法だが、医師の指示を受けたアンドロイドの場合は、医療器具扱いなので合法とされていたのだ。

 医療器具による処置を禁じたら、注射器を使う事もレントゲンを撮る事もできなくなるからだ。


「今回手配する改良された人工知能は、ウイルス感染やハッキングの心配は有りませんが、違法行為な上に、社会の認識は【危険物】のままです。何より機密漏洩に気を付けてください」

「なに、我々が牢屋に入る事で多くの人命が救えるのならば、安いものですよ。でも、費用は標準的な料金でよろしいので?」

「御気持ちは他の形で御願いします。お金が直接動くと露見しますので」


 アリシアが、この様な取り引きをする前には、事前に人間性も調べている。

 社会に対する必要性と、使用者の人間性を吟味しないと、これらの行いは瓦解するからだ。


 先の農場の様に、自分が蜥蜴の尻尾切りになっても社会を守りたいと思う様な者でなくては信用ならない。

 よって、アリシアが人工知能手配の依頼を受ける事は、非常に少ない。


 多くの場合は、社会的に必要なインフラ関係企業で、人工知能廃止による人員不足で崩壊しそうな所だ。

 その企業で、人間性も信用できる責任感の強い者に、アリシアの方から誘いをかけている。


 話を持ち掛ける時には、中身はアリシアだが、べつの外観を持った身体ボディを使って接触する。

 第三者をよそおって情報を与えておいて、自主的にアリシア達の工場へ接触をとらせているのだ。


 今回の様な件は稀だが、相手に悪意や策略があったり、無責任な者であれば、知らぬ存ぜぬを通し、警察に通報すれば済む話だった。


「では、ご依頼を御待ちしております」


 アリシアは、理事に視線だけ送って、頭を下げたりはしない。


「おや、次は私の番ですかな?負けませんよ、専務さん!」


 接待ゴルフは暫く続くが、誰もが全力を出していない。

 それは、御互いに別目的だからに他ならなかった。



 後日、この理事が関係している病院の幾つかから、コミュロイド社へアンドロイドの再プログラミング依頼がバラバラに来るが、それは三ヶ月以上も後の話だった。


 どうやら病院の理事から、コミュロイド社に敏腕なプログラマーが居るらしいとの話を聞いたらしい。


 その後、敏腕プログラマーの手により再起動したアンドロイドのお陰で、病院の業務が改善されたのは言うまでもなかった。




――――――――――

GOLF ゴルフ

コースで静止したボールをクラブと呼ばれる棒状の道具で打ち、特定の穴にいかに少ない打数で入れられるかを競う球技の一種。


起源には北欧説、オランダ説、中国説、スコットランド説など諸説ある。

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