第2話 神様、助けてください!


 気が付くと俺は森の中にいた。


 さっきまでのやり取りはやっぱり夢で、いつもの朝のようにタイマーの音で目が覚めるみたいな展開はなかった。やっぱり俺は死んで異なる世界に魂ごと移動したのは間違いないようだ。そこらにある草や木の幹の感触とか匂いとかどう考えても現実だしなあ。


 まあ死んでしまったものは仕方がない。切り替えてこれからどうするかを考えよう。とりあえず現状の確認からか。


 ふと気付くと服装が変わっている。上は白い襟付きのシャツと下は茶色のズボンでベルトではなく紐で縛ってある。材質は絹ではないみたいだけれどよくわからん。羊毛みたいなものか異世界産である生物の毛で編みこまれているようだ。


 目も粗いようだし、ちょっとごわごわしていて正直に言って着心地もそれほど良くない。おそらくだがこれがこの世界の標準的な服装なのかもしれないな。元の世界の服装のままだと悪目立ちしてしまいそうだから神様が変えてくれたのだろう。


 持ち物は特になし。本当にこの体ひとつでこの世界に来たようだ。ってあれ、やばい。この世界のお金もなしってやばくないか?これじゃあ食料も買えないぞ……おまけにチート能力もないから狩りもできないし、詰んでないかこれ?


 そういえば近くに人族が大勢いるって言ってたな。とりあえずその人達と出会って村や街に連れて行ってもらおう。幸い神様から貰った『全言語能力』があることだしコミュニケーションも問題ないはずだ。頼み込んでそこで仕事を探すのがベストかな。もといた世界の知識チートをやるにしてもまずは生活基盤をなんとかしないと。


 よし、そうと決まれば人を探そう。そうだな、とりあえずド田舎から出てきて一人で旅をしている最中に魔物に襲われて、荷物を全部失って道に迷っていた設定でいこう。今まで読んできた異世界ものもそんな感じのあいまいな設定で何とか通ってきたからなんとかなるだろう。


「おお~い、誰かいませんか~?」


 とりあえず大きな声で叫んでみる。神様が言うには近くに人が大勢いるらしいからこのあたりに村か街があるのだろう。とりあえず最初に来たこの場所を中心に声を出しながら辺りを回ってみよう。これで誰かを見つけられると良いんだけど。




「ああん、誰だおめえは」


「こんなところに一人で何してやがる?」」


 よかった、人を探し始めてからすぐにみつかってくれた。それにちゃんと聞こえてくる言葉も日本語で聞こえる。神様からもらった『全言語能力』はちゃんと発動しているようだ。


 目の前には30代くらいの男が二人。俺を警戒してかひとりはロングソード、ひとりはナイフを構えている。ぼろいシャツと何かの毛皮で作られたようなズボンをはいている。人相もだいぶ悪いかんじだけど大丈夫か?いやっ、人を見かけで判断してはいけない。きっとちょっと見た目が悪いだけの冒険者だろう。


「よかった、人に会えた。すみません、実はここからだいぶ離れた村から一人で旅をしているのですが、道中魔物に襲われて荷物を全て失い完全に道にも迷う始末で。申し訳ないのですがここらにある村か街までの道を教えていただけませんか?」


 この世界で通じるのかわからないけど両手をあげて相手に害意がないことをアピールする。武器を持ってないこともわかるし通じてくれるといいんだけど。


「ああ、そりゃ災難だったな兄ちゃん。ちょうどいい、俺らも俺らの集落に戻るところだったんだぜ。一緒に来いよ」


「へへっ、ラッキーだったな兄ちゃん。ここいらの辺りには俺らの集落しかねえから、下手したらそのまま遭難して死んじまってたぜ」


 そう言って二人は手に持っていた武器を下ろしてくれる。よかった、近くの集落まで案内してくれるらしい。二人とも武器を持っているし、小さな魔物くらいなら追っ払ってくれそうだ。やっぱり人を見かけで判断してはいけないな、反省しよう。


「本当ですか、ありがとうございます!あっ、お礼をしたいのですが、今は本当に何にも持っていない状況でして……」


「なあに、そんなもん気にすんなって。世の中持ちつ持たれつじゃねえか」


「へへっ、そうと決まりゃさっさと行こうぜ。ほれ兄ちゃん、遅れずについて来いよ」


「はい、本当にありがとうございます。お世話になります」




 二人の後を着いて森の中を歩いていく。それにしても二人ともよく道のないような森の中を迷わずに進んでいけるな。おっとよく見るとそこいらにある木に印のようなものが付いていてそれを頼りに進んでいるようだ。やっぱりこんなに深い森に道を通すのは難しいのかな。


「お二人は冒険者で何かクエストを受けていたとかですか?」


「ああん?ああ、まあそんなとこだ。今回は運がなくてよお、何の獲物もかかんなかったぜ」


「一匹だけ獲物がかかりそうだったんだが、あまりに守りが堅くて諦めちまったよ。そういや兄ちゃんは旅人って言ってたがそんな遠くのほうからここまで来たのか?」


「えっと……ええ、ここまで来るのに半年くらいかかりましたね。うちの村はド田舎なんでたぶん知らないと思いますよ」


 さすがにこれくらい離れていると言っておけば向こうもそれほど突っ込んでは来ないだろう。


「ほう、そんな遠くからご苦労なこった。まあそんな長い間旅してるってことはよっぽど体が丈夫なんだな?」


「ええ、人並み以上に丈夫ですよ。風邪や病気にほとんどかかったこともないんで普通の人より頑丈なのかもしれませんね」


「おおっ、そりゃ結構なこった。おっ、そろそろ森をぬけっぞ」


 どうやら森を抜けて村に着くようだ。この二人と出会ってから10分くらいしか歩いていない。さすが神様、これならこの二人に出会わなくても少しこの辺りを探せば自力で見つけることができた可能性が高いな。

 

「おお~い、帰ったぞ。わりいけどみんなちょっくらこっちきてくれや」


 あれっ、これが村?想像していたのとだいぶ違うな。そこいらにあるのは家というよりテントみたいだ。それに家畜や畑のようなものが何一つ見当たらない。


 ぞろぞろとテントの中から大勢の人が出てくる。なんだろう、みんな汚い服装をしていて人相が悪くてとても村人には見えないんだけど……いやさっき人相で判断してはいけないと思ったばかりじゃないか。


「遅かったじゃねえか。他のやつらはもう戻ってきてんぞ。さっきの行商人達は惜しかったな。もう少し護衛の数が少なかったら根こそぎ奪えたのによお。んんっ?てかそいつはなんだ?」


「へへっ、親分、それがここらへんで迷ったとかいう旅人ですわ。魔物に襲われて荷物もなくして道に迷ったとかいう間抜けですぜ。近くにある村に案内してほしいって言うからここまで連れてきたんでさあ」


 ……あれっ?これってもう間違いないよね。正直言ってテントからぞろぞろ出てきたこの人達の格好を見てからいやな予感がしていたんだけど。


「ガァッハッハッ、そいつは運のねえこった。よう、兄ちゃん、歓迎するぜ。ようこそ我が盗賊団『常闇の烏』のアジトへようこそ」


「神様ああああっ!助けてくださいいいいっ!」


 人族が大勢いるところの近くって盗賊団のアジトの近くじゃねえかよおおおお!神のご加護はどこいったああああ!


 神様、ヘルプ!まだ生と死の狭間とか言う場所で見てるんだよね。こっちきたらすぐに死んでいいとか冗談って言ったよね、お願いします助けてくださいいいっ!


「ガァッハッハッ、神なんざいねえよ。いたとしても俺らの敵じゃねえな」


 ほら神様、あいつら神様なめてますよ。今こそこいつらに天罰を食らわせてください!


「それじゃあ兄ちゃんに選択肢を二つやろう。ひとつ目は奴隷として売られること。二つ目は今すぐここで死ぬことだ。ひとつ目なら兄ちゃんも生きていられるし、俺らも金を稼げっから断然こっちのほうがお勧めだぜ、へへっ」


 おかしいな。ついさっきも理不尽な二択を迫られたばっかなんだけど。いつの間にか周りを取り囲まれているし、武器もない状況でこの人数から逃げ切るのは無理だろう。


「……奴隷でお願いします」


「物分りのいいやつは嫌いじゃねえぜ。よっしゃ野郎共、これでしばらくは晩飯に酒がつくぜ。行商人を逃したのはいてえがただで男一匹手に入ったのはラッキーだったな」


「うちのアジトの近くの森で武器も持たずにたった一人でさまよってんですぜ。ここまで案内するから付いて来いっつたら頭下げて礼まで言ってくるんですぜ、ちょろすぎて笑っちまいますよ」


 カモじゃん。カモがネギしょって歩いているよ!


「へへっ、しかもここから半年もかかるド田舎からやってきてるんで足の付く心配もありやせんぜ」


 ネギどころか鍋とコンロまでしょってきちゃってるよ!


「おまけに体も丈夫で病気にもあまりかかったことがねえらしいんでちったあ高く売れますぜ」


 なんなら野菜とスープまでおまけでついてきてるよ!


「そいつはいい。せいぜい高く売れてくれよ。おいっ!こいつも他の奴隷どもと同じところに入れておけ」


「へいっ!」




 拝啓 暑さの厳しい折、神様はお変わりなくお過ごしでしょうか?どうやら俺は異世界に来たその日に奴隷として捕まったそうです。


 敬具

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