第4話 商店脱出
ーーー火口視点ーーー
夜が明けても未だに音楽は鳴り続いたままだ。
店内にはゾンビが溢れており、外にも大勢居る事だろう。
裏口も同様で、現在この商店に閉じ込められてしまっている。
ラジカセの音に夢中で倉庫に入ってくる動きは見せてないものの、いつまで続くかは分からない状態だ。
「動くのは暗くなってからだな。」
簡単に話すオレを3人が驚いたように見てくる。
バリケードを作ってからずっと黙り続け、今まで3人抱き合っていた。
もう死ぬしか無いとでも思っていたのだろうか。
「動くって…何をするんですか?」
上目使いで莉緒が聞いてくる。答えようとした所で伊織が横から話しかけてきた。
「危険な事をなさるのでしたら私が代われないでしょうか?厚かましいのですが、火口さんには出来るだけエマ達の助けになって欲しいのです。」
「はぁ!?また伊織は訳分かんない事言ってんの!?火口さんに頼りきりになる事とアンタが犠牲になる事は全く別だからね!?」
「リオ姉…静かに。伊織姉、エマも伊織姉が怪我なんてして欲しくない…。」
伊織の言葉から急に3人が騒ぎ出した。
そのやりとりが微笑ましいと思って聞き入っていた。短い付き合いだが3人の事はかなり気に入っている。
こんな所で死んで欲しく無いと思ってるし、全力で助けるつもりだ。
「オレ的には危険な事はしないつもりだよ。危なく見えるかも知れないが安全は確保して行動するつもりだ。」
多少危険かも知れないが、特異体質じゃなくても十分できるだろう。
「やる事は簡単だ。裏口からなるべく遠くにラジオを投げる。その後に外に出るのさ。うまく塀を越えられればもう安全だ。」
倉庫には避難用の道具がまとめられており、ラジオも見つかった。夜に外の音が止まってるかは不明だが、新しいラジオを投げれば問題無いだろう。
暗くなってからやるのは表向きにはゾンビに見つからない為だ。
ゾンビに視覚が有るかは分からないが理由としては十分だろう。
「出れた後は最初の時と同じように表側のゾンビを離していくだけになる。」
ゾンビを離すのは2回目だ。手間はかかるが難しい事は何も無い。
「それは…確かにうまく脱出出来れば…。」
「ああ、全てはそこにかかっている。皆で祈っててくれ。」
実行さえ出来れば成功する。後はこの少女達を丸め込むだけの簡単な作業だ。
「エマ達に何か出来る事は…有りませんか…?」
「特には無いが…、普段の口調で話すようにしてくれないか?特に莉緒。」
莉緒は伊織達と話す時に比べてかなり堅苦しい話し方だ。
あの砕けた口調をもっと聞きたいと思っていたしちょうど良いだろう。
「だってさ、リオ。」
「伊織はうるさいっての!火口さん、分かりまし…分かったわ。急に変えるのは難しいけど少しずつ変えて行…くから宜しくね?」
そう言ってはに噛みながら笑う。その笑顔が魅力的で、ニマニマして見てたら唐突に不意打ちを食らった気分だ。
余りからかうのも良くないと思っていると、絵麻が話を続けてきた。
「…じゃぁ次は伊織姉だね。」
「私!?私は普通に敬語を使って話してるだけなんだが…。」
「エマ達と話す時と違うから…直すべきだと思う…!」
絵麻が握り拳を作って言う。
伊織は3人で話す時はサバサバとした、一見男性みたいな話し方をしていた。
伊織の敬語は綺麗な響きで少し気に入っていたが、ここは絵麻に乗っかった方が面白そうだ。
「そうだな。この際だし伊織も普通の話し方で良いぞ。」
「…うん!」
「だってさ、伊織。」
オレの言葉に満足したのか絵麻はうんうんと頷いている。
莉緒はさっきの仕返しのように伊織を笑ってみている。
「…分かった。リオと同じように急には変えられないけど頑張ります。」
「ああ、3人とも、改めて宜しくな。」
3人も改めて礼を言ってくる。
たかが口調一つだが、何となく距離が縮まったようで嬉しい。
同じ気持ちなのか、2回目の挨拶は皆が終始笑顔だった。
辺りが暗くなるまで4人で静かに話し合い、そろそろ良い時間となった。
3人も緊張はしているようだが朝の時のような悲壮感は感じられない。
音楽は未だ鳴り響いたままで、行動を移す上でもプラスに働いてくれるだろう。
念を押して当初の予定通りにラジオも投げ込むつもりだ。
「行ってくる。倉庫のバリケードの確認だけは怠らないようにな。」
「火口さん、うまくいったらリオ達が何でも言う事聞いてあげるから頑張ってね!」
「リオ!また勝手な事を…。…何でもは無理かも知れないけど、出来るだけ頑張ろう…。でも火口さんの安全を第一に考えて下さい。」
莉緒と伊織がそれぞれ激励してくれる。
何でもと言うのは素敵な言葉だが紳士的な対応が求められるだろう。
そう自制していると絵麻が飛びついて来た。
「火口さん…。怪我だけはしないように気をつけてね…。本当に来てくれてありがとう…!」
少し涙ぐんでいるのか鼻声だ。ちょうど良い所にある頭を撫でて落ち着かせる。
「絵麻、ここから出た後はお母さんを助けに行こうな。…二人とも、絵麻の事を頼むな。」
絵麻の母は絵麻の救出に行かせて貰えないと言っていた。子を助けに行く母を止めるなんて普通とは思えない。
母親の事を思っての行動かも知れないが、事実上の軟禁状態だ。
乗り掛かった船だし、そちらも手助けするつもりだ。
裏口を開けてラジオを奥に投げ込む。一旦扉を閉めて外を伺うが、こちらを見ているゾンビは居ないようだ。
再度扉を開けて素早く壁まで移動する。思った通りゾンビはこちらを気にも留めず、簡単に壁を越える事が出来た。
(後は表を片付けるだけか。)
流石に少し緊張していたが、あっさりと片付いた事にホッとしている。
後は時間をかけて表のゾンビを離していく。
特に問題が起きる事もなくゾンビの引き離しは無事完了した。
途中で店内の音が止まってからはより簡単になり、数匹まとめて移動させたりしていた。
時間だけはかかったのでもう深夜と言って良い時間帯だ。
「終わったぞ。」
倉庫に戻って皆に声をかけると熱烈な歓迎を受けた。
莉緒が一番に抱きついて来て、絵麻も負けじと腕にしがみ付いてくる。
伊織はオレの手を掴んで両手で抱き
少し大げさな感じはするものの、危機的状況を命を張って救ったならこの歓迎も納得できるかも知れない。
「皆、待たせたな。喜んでくれるのも嬉しいが、まずはここから出てからにしよう。」
そう言って落ち着かせる。莉緒の強烈なハグに理性が飛ばされそうだ。
オレの言葉に莉緒達も我に返り、慌てて移動する。3人とも顔を赤くしていたが、恐らくオレも同じだろう。
近くの公園に移動すると、ゾンビが居ない事を確認してから中に入る。
アパートに行くことも考えたのだが、先ほど引き離したゾンビが広範囲に散っており諦める事にした。
「無事脱出できたな。」
言いながら軽くハグしていく。
普段なら確実にセクハラで訴えられるが、今なら許してくれるだろう。
先ほど抱き着いてきたのは何だったかと思うほど莉緒はガチガチで、顔を真っ赤にして応えてくれた。
伊織はちょっと緊張しながらも、絵麻は大喜びで飛びついて来た。
一通り喜び合うと、これからの話を開始した。
「オレはこれから絵麻の母親の元へと行こうと思ってるが二人はどうする?」
一応聞いてみると、2人とも勿論参加すると返して来た。
母親について詳しく聞いて見ると、第三避難所に退避しており、しかもそこの責任者が
避難所の情報は既にネットにあげられていて、誰でも見る事が出来る。
携帯はオレの充電器で既に充電済みで、3人とも使用できる状況だ。
「ママの名前は
突然絵麻がとんでもない事を言い出した。
胸が大きいとか海外の出身とか矢継ぎ早に話していく。突然の話に呆然としてしまう。
「ちょ、ちょっと待った、ちょーーっと待ちなさい。」
慌てて莉緒が止めに来る。
構わずに続けようとするエマの口を伊織が塞いだ。
(良いコンビだな。)
その光景につい現実逃避してしまう。
「莉緒、ありがとう。絵麻、突然どうしたんだ?ゆっくりで良いから順に話してくれないか?」
伊織に手を離すように伝える。
「うん…。…火口さんには何度も助けて貰ってるのに何も返せてない。ママも助けて貰うなら、ママと一緒に火口さんを支えたいと思ったの…。」
ゆっくりと絵麻が話してくれる。
どうやらずっとオレの行動に対するお礼を考えていたらしい。
自分一人じゃ子供過ぎて喜ばれないだろうから、母親と一緒に恩を返して行きたいと訴えてくる。
嬉しい展開だが、ここですぐに飛びつくのは悪手だろう。
母親の意思を無視しても悪い方に進む可能性が高い。
莉緒達になんて思われるか分からないし、ここは先延ばしにしておこう。
「絵麻、まずはママを助けてからだ。その前にそんな話をしても意味が無いだろう?」
オレの言葉に莉緒と伊織もどこかホッとした表情だ。
「そうそう!まずはママを助けてからだよ!」
「そうだな…。エリーさんを助けて、全てがうまく進んだら皆で火口さんを支えよう。」
伊織の言葉にオレと莉緒がギョッとする。
その言い方だと絵麻の話を肯定しているように思えるのだが…。
伊織をみると真っ赤な顔で微笑まれ、何も返す事が出来なかった。
「あ、あの!第三避難所の事だけど!」
「あ、ああ。肉身が責任者だってな。これは当主かなんかなのか?」
暫く沈黙が続いた後、莉緒が何とか話を元に戻してくれる。
オレは焦る必要なんて無いのだが、いい加減話を進めようと莉緒に合わせる。
「先ほど襲撃して来た
伊織が詳しい話をしてくれる。
政治家を始めとして沢山の企業や個人に金を貸しており、好き放題しているとの事だ。
その辺りは今までの二人と変わらないようだが、当主はゴロツキを使って直接的な暴力もよく振るうらしい。
「ママ…。」
「その避難所でエリーさんを外に出さないって…。早く行った方が良さそうね!」
莉緒の言う通りだろう。今の所は何もされてないがすぐにでも行くべきだ。
絵麻も不安そうな顔をしている。
さっきの話は意外と母親を思ってのことかも知れない。
肉身相手に囚われているならオレが貰った方が全員幸せになれると考えても不思議じゃない。
自意識過剰な気もするが、それだけの事はこの短い期間にして来たと思えるし、案外近いかも知れない。
明るくなってから移動する事になり、それまでの間は休んでて欲しいと言われた。
問題無いと言おうとしたが、莉緒が真っ赤な顔で膝を貸してくれると言うから素直に従ってしまった。
(学生なんてずっと子供だと思っていたが、不覚にもコロッといってしまいそうだ。)
ずっと仕事ばかりの生活で、長い間人と向き合ってこなかった気がする。
こんなに暖かい気持ちでいれる事に驚きながらも莉緒の膝を堪能するのだった。
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