第6話 わかりましたよ

 チュピピピピ。


 クワーックワックワックワッ。


 ギャーッ、ギャーッ。


 ピピピピピ、キュピピピピピ。


 ポポポポポポポ……。



 白い空間から一歩足を踏み出すと、まずさまざまな鳥らしきものの鳴き声に包まれた。


 見渡すとそこは、まさにジャングルのど真ん中。


 視界の隅々、頭上まで、様々でユニークな形の植物がうっそうと茂っている。真っ直ぐな木が天を貫かんばかりに伸び、その周りをぐねぐねの蔦が覆う。もっと高さの低い木は枝葉を隣の木と絡めさせ、別の植物の蔦がのれんみたいにぶら下がっていた。足元は枯葉が分厚く重なっており、少ない光で必死に育とうとしている小さな木々がその中からすっくと伸びていた。


 さっきの荒野とは全く別の世界。


「……マジだ……。」


 鳥のコーラスと湿気でむわりとした空気を全身で感じて、私は呟いた。




 わかった。信じよう。これは異世界なのだと。


 私が写真や映像で見てきた海外の大自然に似ててちょっと疑っちゃうけど、こんな能力は、少なくとも地球という星ではあり得ない。漫画やゲームの中以外には。


 私は、ひとりぼっちで別の世界にやって来たのだ。



 かさりかさりと足音を立てて、ふかふかの腐葉土の上で歩みを進める。振り返ると、私の出てきた穴は巨大な木のうろであることが分かった。縦にも横にも恐ろしくでかい木。これだったらちょっとやそっとじゃ見失わそうだな。


 まずは腹ごしらえをしなければと、私は近くにあるはずの食料を探した。


 わりとすぐにそれは見つかる。私はカカオみたいに幹に直接生っている丸い果物と、その木に絡まる蔦から生えている細長いさくらんぼみたいな紫と白のグラデーション色の木の実をたらふく食べることが出来た。


 丸いカカオっぽい方は皮が厚くて、割るために幹に何度も叩きつけなければならなかったが、出てきた赤い果肉は甘酸っぱくて極上だった。木の実の方は意外とねっとりしていて、腹持ちが良さそうである。


 正直、果物はかなりテンションが上がった。あーた、これ日本じゃ今いくらすると思うよ。全く同じ果物は無さそうだけどさ。こんな贅沢品をお腹いっぱい食べられるなんて、と、ちょっとだけ異世界転移に感謝する。水分多いから、安全な水探す手間も省けたなぁ。



 昔テレビで見たやり方で目印をつけながら、少し先まで歩いてみる。そこら中に生えてる木の赤ちゃんを、ぐいっと90度曲げながら進むのだ。進んだ方向に曲げていけば、帰るときもどちらから来たのかが分かるというわけだ。木はこの程度じゃ折れないし、曲がった先からまた天を目指して伸びるだろう。


 そんなに歩かないうちに、大量の水が流れる音が聞こえていたことに気付いた。聞こえてくる方向に歩いて行くと、その音はどんどん大きくなり、突然視界が開ける。



 これも、テレビで見て憧れた光景によく似ていた。



 私は、崖の先端に立っていた。そのすぐ数歩さきから、大量の水が重力に従って、遥か下の滝壺へと吸い込まれていっている。それは、私なんかが蟻ん子に見えるスケールの滝だった。


 水しぶきがあがり、虹が出来たり消えたりしている。その向こうには、地平線まで緑のじゅうたんが続いている。ところどころに、鏡みたいに青い空を写す水辺が見えた。


 その光景に飲まれて、私はしばらく馬鹿みたいにぱかーっと口を開けて突っ立っていた。


 ふらりと腰が抜けたみたいに地面に座って、大きな葉っぱに包んで持ってきたグラデーション色の木の実をまたかじる。ちょっと味がしつこいから、さっきの赤い果実がまた食べたくなるな。



 そこには、人っ子ひとりいなかった。


 私がそう指定したから当たり前なんだけど、でも私は孤独だった。


 この世界に、私を知る生物はただの一匹も居ないのだ。


 ……私を襲いかけたあのドラゴン以外には。




「……ガイド。」

『はーい。』


 私の呟きに答えて、あのガラス球がまた視界の端に現れる。それを見えている世界の中心には据えずに、私は話しかけた。


「……あのさ、あんたって私を助けるために居るんだよね。」

『正確には、君がスキルを正しく使えるように導くため。』

「うん……そうか、でもさぁ……。」


 つぅ、と、両方の頬を生ぬるいものが伝う。


「なるべく私をひとりにしないでよね……。」

『僕は、君がスキルを正しく使えるように導くために作られ、そのために君と行動を共にしている。』

「うん……わかった。わかったよ……。」



 感情のない口調に何度も頷きながら、私は目をゴシゴシと擦ったのだった。

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