へその緒で身体を縛られる

狐火

前半

 名前、職業、年収、趣味、好みの女性の特徴。そんな普通ならば時間をかけて知るだろう情報が紙切れ一枚に綴られ、自分の好みと照合しアリかナシか見定める。そんな機械的な作業が毎分行われる婚活パーティーに、今年30歳を迎える私は参加していた。


「杉崎さんは、OLですか」


 目の前で私を品定めしている男は、見た目も収入も下の下、つまり私の中ではナシの男だった。こんな男にまでアリかナシか考えられていると思うと、私は自分のプライドを目に見えないほどに粉砕される。こんな辱めを受けるならば参加しなければよかったと後悔しながらも、自身の年齢が記載された紙を見ると帰る気は起こせなかった。


 その男を追い払い、私はまた別の男を探し始める。フリータイムという広場に男女が野放しにされたこの時間は、今までの生活で育んできたコミュニケーション能力を無理にでも引っ張り出さなければいけない。


「こんにちは。お隣いいですか?」


 会場の入り口近くに設置された椅子に腰かけボーッとしている男を見つけ、私は声をかけた。


「あ、はい」


 私は男の隣に腰かけちらっと男の容姿を見た。さっぱりとした短髪に日本人らしい一重で細身の男はまさに平凡と言った感じで、手に持っている用紙には名前も職業も何も書いていない。この場に不似合いな男である、それがこの男の第一印象であった。


「婚活パーティーは初めてですか?」


 私は読めない男の人柄を模索しつつ、笑顔で話しかける。


「そうですね、上手く溶け込めません」


 決して愛想は良いと言えない男であるが、婚活パーティーに慣れている男はろくでもないと感じていた私は、この環境に慣れていないその男に好感を持った。


「杉崎あみと言います。あなたは?」

「遠藤伸です」

「遠藤さん。よろしくお願いします」


 会話はそこで途切れた。遠藤との会話はあまりにも盛り上がらない。このままずっとこの空気ならば長居は無用だな、と私は察する。かれこれ三回目の婚活パーティーの参加で私は自分の婚活市場価値の低さを痛感し、早く相手を見つけたいと焦りを抱いていたのだ。


「遠藤さんは何のお仕事をなさっているんですか?」

「外資系企業に勤めています。稼ぎは結構いいですよ」


 稼ぎを聞きたいのだろう? と言いたげな笑みを遠藤は私に向ける。


「なら婚活パーティーではモテますよ。結婚できるかはまた別ですけど」


 私は遠藤の発言や表情に若干苛立ち、そんな言葉を返した。


「僕、結婚できなさそうですか?」


 婚活パーティーに来ている時点で結婚できなさそうな人間であるのに、この男は何を言っているのだろうと私は笑いそうになった。


 わずかな沈黙の後、遠藤はスマホを取り出す。


「これ、僕の連絡先」

「え?」

「今度デートしましょう」


 突然の申し出に驚きながらも、チャンスを逃すまいと私はスマホを取り出す。


「じゃあ」


 連絡先を交換すると、遠藤は立ち上がる。


「どちらに行かれるんですか?」

「もう帰ります」


 遠藤は一礼した後、会場を後にした。


「なんだあの男」


 私が呟くと、フリータイム終了を知らせる音楽が会場に鳴り響いた。結局今日の収穫は遠藤の連絡先一つだけ。私は深いため息をついた。



 婚活パーティーの数日後、『いつ空いていますか?』と簡素な文章が遠藤から送られてきた。

 収穫の少なかった婚活パーティーの記憶を脳の奥底に追いやっていた私は、数日で忘れかけていた遠藤の存在を思い出し、急いで休みの日を告げてデートの約束を設ける。今度こそ結婚まで漕ぎ着けなければ、と私は自分に渇を入れた。


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