手を伸ばした景色

らぶらら

言葉と行動。

 「――――――は」


 気づいたら口から漏れ出るように発していた声に、驚きを隠せずに目を見開く。

 

 そう。

 たしか僕は家に帰って昨日買ったゲームの続きを楽しみにしてたんだ。

 

 少し出費がかさんでしまった感が否めないものの、渾身の一作というキャッチコピーに我ながらまんまと手に取ってしまった。

 

 だがそんなウキウキ気分も吹き飛ばす光景が、網膜に浮かび上がってきた。

 屋上に人がいる。それも安全柵のフェンスの外側に、だ。


 はっきりいってあまり褒められた行為ではない。

 それ以上に本来放課後であろうとなかろうと、屋上には立ち入り禁止のはずで、それこそ特別な事情や授業の一環でもなければ屋上へ続く階段へ入ることすら許されていない。

 

 そこまで考えたところである考えがたどり着く。

 と同時に僕は走り出した。

 

 もしその想像が正しければ。ゲームをやりたくてたまらないはずの浮かれた僕の思考に間違えがなければ、彼女は自殺をしようとしている。

 

 急いで昇降口の反対側へ周り非常階段を駆け上がる。

 学校にも気づかれていない屋上への扉があったはずだ。

 

 長い間放置されていた南京錠は、軽く動かせば外れてしまうほどにガタがきていた。

 

 勢いよく屋上に乗り出すと、彼女の驚いた顔などお構い無しに、その身の丈に合わないセリフをズラズラと押し並べた。

 あまりに一生懸命に叫んでいたので詳細は覚えていないが、軽く触れるとこんな感じだ。

 

 「………えぇっと、だから!僕が青春ラブコメの主人公だったら間違いなくメインヒロイン筆頭に選ばれる君に死なれると困るんだ!可憐で清廉なその顔立ちや美しいその体躯も包み隠さず僕のものになると思ってもらっていい!だから僕の為だと思って生きてくれ!!」

 

 ほんとに何を言ってんだか。たしかに死に間際の彼女には普通のことを言っても効果は薄いかもしれないが…………いやほんとに何言ってんだ。


 「はぁ、あんた何言ってんの?」

 

 僕の代わりに感想を述べてくれた彼女。まるで百合の花のような儚さを醸しだす見た目とは裏腹に、怒気と困惑が混じったような表情で僕を見つめる。


 「確かにそうだよね。一生っていうのは厳しいと思う。なら一日だけでも」


 「そっちじゃねぇよ!というか、食い下がってくんな!」


 「えっと、じゃあ巷でイケメンと話題の山本くんを呼んでくるからそれで勘弁を……」


 「なんで私が迫っているみたいなんだよ!」


 「山本くんでもでもダメか。なんちゃら紳士で有名なのに」


 「絶対その山本は紳士じゃねぇから。言葉の頭に漢字二文字がつく変態野郎だから」


 「そんな酷い人じゃないよ彼は!こんな僕に向かっても『ぐへへ、今度は俺と一緒に二人っきりでカラオケに行こうぜ』って言ってくれるくらいに優しい子なんだ!」


 「まさかの逆ギレ!?あとそのカラオケついて行くなよ!あとで後悔するからな」


 「そんなに行きたいなら一緒に行けば良いんだよ」


 「なんで、私が参加したがっているみたいに優しい目をするんだ!」

 

 一呼吸おいて彼女は語気を弱めながらに問いただす。


 「…………つーか、お前何しに来たんだよ。二年か?」


 「そうだよ。二年四組」

 

 それにしても、今気づけば彼女も同じ二年生のバッジを胸元につけていた。つまりは同級生。


 「ふーん、でなに?」

 

 先程よりも数段濃い悪意のようなものを僕へと向ける。

 どう答えたものかと悩んでいると、


 「誰かに私を止めるように言われた?それなら無理、そんな簡単なもんじゃないから」 

 

 毒を吐くかのようにこちらへと捨てる台詞にはどこか寂しそうな感じがして、僕は物悲しくなった。


 「そうだね」

 

 僕は頷く。

 またしても、静寂が訪れようとしたが、そんなの僕が許さなかった。


 「うーん、じゃあ……僕と友達になってよ」

 

 悩みながら彼女が表面上納得できるかもしれない案をだす。

 

 「僕は友達の君にいなくなられると悲しいんだ」


 「嫌だね」


 「どうして?」

 

 即座に返答する彼女に僕も聞き返す。


 「友達がいれば死なない理由なると思ってんなら甚だ滑稽だなお前は。第一うちとお前が友達になる理由がない。友達友達ってどっからが友達なんだよ。口合わせて『友達だね』って確認すれば友達か?たとえその後話さなくなっても友達のままなのか?そんな気遣い不愉快だ」

 

 そう彼女は言う。

 どこか悲しそうに、太陽が傾きかけて彼女の頭上を通りかかろうとしていた。


 「そっか…………じゃあ、友達になるために沢山遊ばないとね」


 「は?」


 「どこに行こうかなぁ、映画とか水族館とか遊園地とか、あとはボウリングなんかも行きたいなぁ」


 「なっ、お前話聞いてた?」


 「僕は実はボウリングって行ったことないんだよなぁ。ねぇ、ルールわかる?」


 「お、おいっ、うちの話を」


 「ボウリングって僕は地質調査のほうを思い浮かべちゃうんだけど、普通はやっぱスポーツの方なのかなぁ。人間ボウリングっていう、ピンを人に見立てた遊びも、名前だけ聞くと猟奇的だけど、周りから見たらシュールだよね」

 

 僕の一人語りについには沸点突破したようで、憤慨した様子でがなり立てる。


 「私の話を聞け!」


 「聞かないよ。死にたがってる人の話なんか。死人に口なしなんて言うけれど僕は死にたがってる人と話したくない。聞いて欲しかったらこっちにきてよ。そんな危ない場所じゃなくてさ」

 

 そう言って僕は催促する。


 「はぁ、お前何言ってんの………」

 

 漏れ出るようにそんな声が彼女から聞こえる。

 怒りと呆れ、困惑が漂う。


 「なんでうちがお願いするほうなんだよ。訳わかんねぇよ…………」

 

 こぼれた言葉は溢れ出した。

 

 「ほんとなんなんだよ、どいつもこいつも友達がいれば偉いみたいに言いやがって。孤独の何がいけないんだよ、孤高の何が悪いんだよ!いちいちいちいち約束だの、友情だの煩わしいんだよ!押し付けんなよまとわりつくなよ!何が良くて何が悪いかなんて分からねぇんだよ!さっきからなんなんだよ。うちの気持ちなんかお前に分かるわけがないだろ、知ったような口を聞いてんじゃねぇよ!!」

 

 彼女が叫び終わるとはぁはぁと荒く肩で呼吸する。


 「分からないよ。全然分からない。これっぽっちも分からないよ。知らないんだから。でも解かろうとはしてる」

 

 それに、と僕は続ける。


 「他人に見返りを求めないのは不自然かもしれない。

 でも、自分のことが分からなくてもそれでも施しを与えないことは悲しいことだから。

 一人は大丈夫でも、独りは寂しいから。

 僕と友達になってほしいんだ」

 

 

 詩を並べるかのように。恋文を朗読するかのように、僕は話し続ける。

 文法だって滅茶苦茶で、脈絡なんてまるでなってなくて、人を不快にさせるだけの言葉なのかもしれないけれど。

 

 彼女をここに引き留めるだけのものが欲しかった。


 「僕こう見えて友達少ないからさ」


 「…………見た通りだよ」

 

 茶化す僕に彼女は笑いながら言った。


 「そうかな………どうしたの。泣いてるの?」


 「………泣いてねぇよ」


 「そっか」

 

 すらりと映える黒髪が夕暮れの光に照らされて乱反射する。

 ぽつりと。


 「ほんと何言ってんだか、わかんねぇよ………」

 

 そう悪態をつく彼女のセリフはどこか安心しきったように穏やかで、数刻前と同じ言葉とは到底考えられなかった。


 「最初に言ったでしょ?僕の為だって。見返りを求めてるんだよ。君に僕を助けて欲しい」


 「なんで、自慢げなんだよ、お前」


 「僕は主人公だからね」


 「ははっ、そりゃすげぇや」

 

 半ばやけくそに放たれた一言は、本当に自暴自棄で。

 けれど、それはこれまで彼女と話していたどの言葉よりも彼女の素が出ているのような可愛らしいものだった。

 

 時が止まる。

 何もなかったこの世界に色が付き始めて、やがてそれは一人の少女の願いを叶えることができたのだろうか。


 「う、うちと………きゃああ!!」

 

 ふとした瞬間、彼女が足を崩す。満足に地面がないフェンスの外では呆気なくバランスを崩し、こちらから見えていた彼女の姿が消える。

 

 やばい、と思った時にはもう遅かった。

 でも止まっては居られない。僕は彼女のいた所へ走り出す。

 

 フェンスにめり込むようにして屋上から地を見下ろすと人影が見えた。

 なんとかその華奢な両腕で塀にしがみつく彼女。

 

 その表情は今にも泣き出しそうで、必死の両腕も限界が近い。


 「くっ、…………っ!」

 

 力を振り絞って、歯を食いしばってつなぎとめる一本の命の糸を今さら離してなんか上げない。


 「…………や、やだよぉ、やっぱ死にたくないよ」

 

 微かに聞こえた彼女の本音。その希望を、やっと世界に抱けた生への渇望を、僕は落としたくない。フェンスの外側へ飛び上がって手を伸ばそうとする。けれどこのままじゃ彼女が片手で壁に掴まる必要がある。

 それは無理だ。


 「おい!下だ!三階のベランダから回れ!!!」


 「山本くん!!」


 「早く行け!」


 「うん、ありがとっ!」


  そう一言お礼を言って走り出す。

 屋上から三階へ続く扉を蹴破るように押して、階段を駆け下りる。

 バランスなんか全然気にしなくて、半ば落ちるように降りたけど、真下の教室は無人ですぐさまベランダへ向かう。

 

 微かに見える彼女の足を掴んで叫んだ。


 「聞こえる?今足掴んでるからゆっくりと手を離して」


 「う……ん、」

 

 ゆっくりと下がってくる彼女の足をなるだけ動かないように支えながら丁寧にベランダの端へ落とす。

 もう彼女の手は屋上から離れていたので、細心の注意を払って、だ。三階からならまだ簡単に死ねる。完璧に三階へ足がつくと崩れ落ちるように、まるで膝カックンでもされたように彼女の体がこちらに傾いてくる。


 「うおっと、大丈夫?」

 

 僕にもたれかかるように埋もれた彼女の顔はこちらからは見えない。その手に力が入るのが分かった。

 

 彼と彼女の距離はゼロで、きっと心の距離だってそれなりに近くなった。

 ぽつりと、呟く。


 「………うちの話なんてだれも聞こうとしなかった」


 「うん」


 「思って、悩んで、考えても、答えなんか出てこなくて」


 「うん」

 

 「だんだん、うちが変なのかもって、周りじゃなくてうちがおかしいのかもって思って、学校も全然楽しくなくなって」


 「そっか」


 「どうすれば分からなくて………」

 

 その後彼女は何も言わない。

 僕は優しく問いかける。


 「………君は何をしたい?」

 

 彼女は分からない。と、首をふる。


 「分からなくても、訳が分からなくても言って欲しい。君の周りが思いを汲むことだってきっとできるけど、それはきっと君の気持ちじゃないと思う。だからちゃんと言って欲しい。それはきっと大事なことだから。待つから、君が心の底から言ってくれるのを僕は心待ちにしている。君は何がしたい?」

 

 はっきりと彼女を諭すように僕は言った。目を見て、彼女の目には未だ大粒の涙が流れていて僕の顔が見えているかは全く分からないけれど。


 「………傍にいて欲しい」


 「うん。いるよ」


 「待ってて、置いていかないで」


 「うん。ずっと」

 

 僕は頷く。

 

 迷いなく。


 「私と友達になって」


 「うん。当たり前だよ」

 

 そう言って彼女の頭を軽く撫でる

 拒まれはしなかった。

 

 伝えなければ、言葉を紡がなければ人には与えられない。

 たとえそれが嘲笑や侮蔑であっても、旗また救いの言葉であっても、そこに何かしらの意思がない限り、それは文字ではあっても言葉にはならないのだから。

 

 勝手に周りが汲んでくれる。言わずとも分かってくれるなんてのは傲慢だ。それはこちらが努力を放棄しているだけの紛い物。

 

 それは友情でも家族愛でもなんでもない。

 

 でもだからといって、言葉にすれば相手に伝わると考えるのもそれはそれでおこがましい。受け取るのは相手であって、それは伝える側の僕ではない。

 

 言葉は伝える努力をしないといけない。でもそれが伝わるかは相手次第。まるで二律背反のようなこの関係に僕らはいつまでも囚われる。

 

 囚われて、羽交い絞めにされて、疲れ果ててしまう。

 それは苦痛だろう。

 

 現に前にいる彼女はそんなしがらみの中で生きるのに耐えかねてしまったのだから。

 そんな彼女にかけるものは言葉だけでは足らない。

 

 言葉だけが全てではない。

 

 そこまできて伝えるなんて馬鹿らしい。そうやって諦めて妥協して、慰めて嗤って、目を背けるようにして生きている。

 

 だから僕は。

 

 この場合、文に繋げるのであれば。

 だからこそ僕は言う。

 

「頑張ったね」

 

 発したのはたった一言。

 ただ彼女を撫でるのは止めない。優しく、丁寧に、問いかけるように。

 微笑んだ彼女の顔はとても綺麗で、つい見蕩れてしまった。


 「お前ら良い雰囲気なところ悪いけど、もうそろ下校時刻だぞ」


 「あ、山本くん!!」


 「山本……?あぁ、あの山本くん………ギャアァ!なんでふんどし姿なんだ!!!」


 「不思議なことを言う女だな。俺の格好のどこに叫ぶ要素があるんだ。なぁ帝、なんでこんなやつといるんだ」


 「叫ばれる要素しかないでしょうが!」


 「そうだよ。山本くんも演劇部だからって毎日ふんどしだと飽きられるよ、他のファッションも取り入れないと」


 「確かにそうだな。俺のファンがわかりやすいよう決まった格好ってのも捨てがたいが、飽きられるのがいちばん辛いからな」


 「え、現状の問題点そこだった?」

 

 目を両手で隠しながらも彼女が突っ込む。


 「というかあんたの名前を初めて聞いたけど、みかどって言うの?なんでそんな無駄にかっこいい名前なの」


 「いやー、照れるなぁ」


 「名前が独り歩きしているというか名前に体がついていってないというか」


 「おい」

 

 失敬な。


 「そうだ山本くん、今度の二人でいくカラオケこの子も誘って良い?」


 「え、マジで?ちょっとそれは………二人でって言ったろ」


 「ちょっと、まて最後なんて言った!?やっぱ変態だってこいつ!!!」


 「よし、今日はこのまま三人目一緒に帰ろう!」


 「帰るか!!バカああああああああああああああ!!!」

 

 

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