人形彼女

七七七@男姉

表情を豊かに

 き〜んこ~んか〜んこ〜んっ…

 

 終業のチャイムが鳴りました。これで、本日の授業はすべて終了です。


「では、次回は小テストを行うから、いままでのところを、しっかり復習しておくように」


 ここ私立臨海高校2年マグロ組の教室に、理科担当教諭、磯野先生のバリトンが響きました。


 そして、


 起立、礼っ…


 と、挨拶が終わるや教壇を離れようと、磯野先生が踵を返した時のことです。


「あの〜、先生様〜…」


「うわっ…」


 振り向けば、どアップ。しかも、やたら無表情な女子生徒が、その中年男性の背後に立っています。


「ちょっと、お聞きしたいことが〜…」


「あ、ああ、シトくん。いつ見ても怖いくらいに無表情…あいや、なにかね?」


 独特の口調。その声にもまた感情がこもらぬ彼女に、磯野先生が聞き返しました。


「はい〜。このベーコン博士の6の法則についてなのですが〜」


 胸元に、可愛らしいリボンタイがあしらわれた制服姿。教科書片手に、やっぱり無表情で質問する彼女は、楠史都くすのきしと。ちょっと茶色がかった、おかっぱロングヘアがお似合いの、お目々ぱっちり美少女です。

 

「どれどれ…あ、これかね。そかそか…でもま、ここじゃなんだから、あとで職員室へきなさい。いっちょプチ個人授業だ」


「個人授業って、なんだかやらしいですけど、分かりました〜」


 実はこれ、史都なりにジョークのつもり。でも、やっぱり声にも顔にも変化がないので、まったく相手に伝わっていないようです。


「じ、じゃ、あとで…な」

 

 困惑の表情。言って磯野先生は、まもなく教室から出ていきました。


 一方、史都はといえば、すぐ側の教卓の上から1台のラジカセを肩に。自身の席へ戻っていきます。


 いえ、別に史都は、DJとか目指してる訳ではありません。


 なにを隠そう、史都は人のようでいて人にあらず。人の魂を宿すがゆえに動くことは出来ても、喋ることまでは叶わぬ人形なので、常にそのラジカセを携行。(他の音響機器でも可能ですが)とりあえず、それを媒体として言葉を発しているのです。


 どうりで無表情かつ、さっきから喋っていても、いっさい口が動いていなかった訳です。

 

 まあ、ある亡くなった若い娘の霊魂が、その等身大のリアル美少女人形に憑依したもの。それが楠史都である。と、ひとつ気楽に思って頂ければ幸いです。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る