25. ベンジャミンの忠告。
時は進み、夏。じりじりと熱い陽射しが降り注ぎ、街を行く人々は、手で日光を遮っている。わずかしか風が起きないことを知っているけれど、懲りずに手で顔を仰ぐ人も多く見られる。
緑の葉がエングフェルト王国の大通りを彩る中で、ユスティーナは隣国のバーベット王国へ向かうべく馬車に乗り込んでいた。
今日はついに、“バイブレーション”が劇場で音楽を披露する日だ。
ジェイクとケイトは「徒歩で良いのに」と言ったが、どうにか王国所有の馬車を貸して乗せた。ルイは護衛役としてユスティーナと同じ馬車に乗り込み、発進をただ待つ。
バーベット王国へ向かう道を先導するポール・シェルマンの馬車に連なって、兄妹、ユスティーナたちの馬車が並ぶ。
シェルマンの乗る馬車は、彼自身が所有するものであるため、構造や装飾がバーベット王国仕様になっている。全面が透明なガラスで出来た開放的なワゴン、宝石が埋め込まれた華美な車輪、馬に掛けられた金の首輪。いかにも平和で裕福な王国らしいつくりだ。
ガラス越しに振り向いたシェルマンが片手を振って、
「それでは、行きましょう!」
と通る声で宣言すると、三台の馬車が一斉に動き出す。
ジェイクとケイトの、
「馬車って結構揺れるんだね! わあ、速い!」
という楽しげな声を聞きながら、ユスティーナは微笑んで言った。
「お二人の新鮮な反応は見ているこちらまで嬉しい気持ちになるわね。ルイが異国で買った楽器や、異国で培った知識を元にして二曲作り上げることが出来て良かった」
けれどもルイの反応はない。朝から彼はこんな風に、どこか上の空といった様子だ。
応えてくれない彼の横顔を見るのも辛く、ユスティーナは居直って口をつぐんだ。時折横目で見ると、何やら考え事に沈んでいることは窺える。
ルイが異国へ出発すると聞いたあの日。抱き締められたことは未だ鮮明に覚えている。けれども、もう二人は何事もなかったように取り繕って、普段通りに話せるようになった。とユスティーナは思っているので、彼女にはなぜルイが物思いに耽っているのか思い当たる節がない。
実際、ルイが気を取られていたのはユスティーナとのことではなかった。ひとつは半年経っても返事が出来ていない、ソフィアの告白のこと。もうひとつは昨夜ベンジャミンに明日の予定を伝えたときのことだ。
公務のため一週間ほど城を空けていたベンジャミンが帰ってきたのは昨日の朝のことだった。
久方ぶりに帰っても我が家を満喫する時間などなく、溜まった書類に目を通すのに忙しい。そんな彼の部屋を訪ねるのは緊張した。
「おかえりなさいませ、陛下。お忙しいところ申し訳ございませんが、少々お時間よろしいでしょうか」
「ああ、入りたまえ」
王専用のチェアに深く腰掛けた彼は、存外明るい表情をしていた。公務が順調に進んだのだろう。
彼の部屋に入るとすぐに
「明日、僕はユスティーナさまに伴ってバーベット王国へ行って参ります。許可をお願い致します」
と言うも、ベンジャミンは快く認めてはくれなかった。むしろ険しい顔をしている。
「バーベット王国だと……⁉︎ お前をあの国へ行かせるわけには……」
独り言のように早口の彼の様子はもはやパニックに近い。あまりの動揺につられ、ルイまでも呼吸が浅くなる。
許可はいただけませんか、と尋ねると、ベンジャミンはしばらく考えてから、
「許可しよう。音楽のことなら、ルイに任せたほうが良いだろうからな」
と認めてくれた。
感謝を伝えて退室しようとしたルイは、扉を閉めきる直前、ベンジャミンの小さな声を聞き取った。低い声で掛けられたその言葉は。
「あまり、バーベット王国の民とは関わるなよ」
――忠告の言葉。
「……イ? ルイ?」
虚ろな目で思考に没頭していたルイを、ユスティーナが何度も呼んでいた。はっと目を合わせた彼に、馬車の窓の外を指差して見せる。
「着いたわよ! バーベット王国はこんなにも綺麗なのね」
街の中心にある噴水が、太陽の光を受けて輝いている。すべての建物の外壁に金の鎖が飾り付けられていて、建物自体が宝物のように見える。建物に巻かれているのと同様、金の球が連なったネックレスのようなチェーンが国のあちこちで光っていた。
シェルマンが経営しているという劇場は、大きくはないながらも変わった外装をしていた。金のみならず銀や銅まで飾り付けられているのだ。建物の屋根にガラス細工で造られたスワンが載っている。
「さあ、君たちのショーを始めようじゃないか」
一足先に馬車を降りたシェルマンは、挙動不審なジェイクとケイトに手を差し伸べて、
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