21. パーティにて。


 エングフェルト城の北。国を囲む塀と高くそびえる城に挟まれ、他に何も見えない場所にある広大な庭園。春と秋にはバラが咲き、夏には青々とした緑、冬には枯れ木に掛かる雪が映える。


 普段は王族しか立ち入ることが出来ないが、パーティの今日は大勢の人が訪れ、賑わっている。


 芸謁の会で高い評価を受けた氷職人が、ユスティーナに箱を差し出した。


「本日はご招待いただき、ありがとうございます。ご招待いただいたお礼に、僭越ながら殿下を象った氷の彫刻を持ってきました」

「芸謁の会から一ヶ月ほどしか経っていないのに、こんなにも素晴らしい彫刻が出来るのですね。わあ、私の顔そっくり。私の部屋に飾らせていただいても良いかしら」

「箱の中に溶けるのを防ぐ気体が封入されているとはいえ、室温ですと一時間ほどで溶けてしまいます。しかし溶けるのも氷の運命。溶けゆく過程もお楽しみください」

「せっかく彫っていただいたのに残念だけれど、ありがとうございます。溶けていく儚さも氷彫刻の素敵なところよね。皆さんに見えるところに飾っておきましょう」


 氷彫刻の箱をそばに控える執事に渡す。そして庭園の中央にある円形のテーブルに箱を置いた。


「氷で私を作っていただきました。皆さん、ご覧ください!」


 ユスティーナが思い切って大きな声でそう言うと、パーティの参加者がぞろぞろと箱の周りに集まった。彼らが彫刻を讃える声を聞きながら、庭園を見渡す。


 白いテーブルクロスが掛けられた約三十のテーブルを、参加者が囲んでいる。彼らはシャンパンやジュースのグラスを片手に、話に花を咲かせている。とは言え、彼らは元から顔見知りであったわけではない。


 王族関係者、芸術愛好家、芸謁の会で声を掛けられた者……彼らの出自はさまざまだ。他国から招待された人もいる。


 けれども、王族は芸術品を購入するため芸術愛好家と。芸術愛好家は新たな才能を発掘すべく芸謁の会で選ばれた者と。芸謁の会で選ばれた者は自身の芸術を売るため権力のある者と。このような構図になっているので、参加者は互いに興味を持っており、貴賤に関わらず盛んに交流が行われる。


 その中でも異彩を放っているのは、ジェイクとケイトの兄妹だった。


 アーチ状の網に、電飾を括った紐が巻き付けられたトンネルが、パーティ会場の入口に約五メートルにわたって続く。トンネル内部には、冬でも根気強く花を咲かせる植物が植わった鉢が並べられていて、その中央に兄妹は立っていた。彼らの持つグラスはもう空っぽだ。


 招待客の挨拶がひと段落すると、ユスティーナは二杯のグラスを持って兄妹の元へ足を運ぶ。


 兄妹は芸謁の会で言った通り、礼を尽くす服装はしてこなかった。街の外れに住む子供たちと同様、ほつれた布を身体に巻き付けたような格好。


 他大勢のスーツやドレスと比べて地味なその格好は、一言で言うと浮いていた。パーティ会場でも彼らを睨むような視線はある。しかしユスティーナはそんなことを気にしてはいなかった。むしろ有言実行し、周囲の視線を気にしない彼らに、好感を抱いてさえいた。


「楽しんでいただけてますか?」

「おう。ケイトが初めて見る宝石に感動してるぜ」

「ただの石でしょ、って思ってたんだけど輝きが違うね! 瞳みたいで感情があるように錯覚するよ」

「カットによって輝きが違うのも素敵なところですよね。“バイブレーション”がより評価されたら、ライブにいらっしゃるお客様も増えます。そのときはケイトさんも宝石を買ってみてはいかがですか」

「あはは。ユスティーナサン、お金持ちなのに『自分が買ってあげる』とか言わないところが良いよね。あたしらを下に見ないし、同情しない。そういうところ大好きだよ」


 ケイトからの素直な“大好き”の言葉を受けて、ユスティーナは照れ臭さを感じた。


 今の彼女に芸謁の会のときの刺々しさはない。周囲に小さな花が飛んでいるように見えるくらい、柔らかい印象になった。特に音楽の面で尊敬しているユスティーナには、もはや懐いている。


 ユスティーナは何も持っていない彼らにグラスを手渡す。


「どうぞ。ジェイクさんにはワイン、ケイトさんにはアップルジュースです」

「俺、アルコール飲んだことねえんだけど大丈夫かな」


 恐る恐るワイングラスに口を付けるジェイクに、ひとりの男性が声を掛けた。


 ふくよかな体型と、白くなった口ひげが印象的な初老の男性だ。訛りがあり、エングフェルト王国の人間でないことはすぐに分かる。


「君たちが“バイブレーション”かね?」

「ああ、そうだが」

「この間のライブ、私も見に行ったよ。あまりに混んでいて、君たちを見ることは出来なかったから、聴きに行ったと言ったほうが正しいかもしれないが」

「あ、ありがとう。……ゴザイマス」


 ユスティーナを始め、ルイ、ルイが紹介したバンドメンバーなど、人と関わる機会が増え、ケイトは言葉遣いを気にするようになった。


 臆せず応えるジェイクの態度にヒヤヒヤしつつ、最近覚えた敬語を精一杯使う。しかし身体を強ばらせるケイトを見て、男性はゆったり笑った。


「敬語なんて使わなくていい。君たちの尖った部分は、世間でこすれた私たちにはもう取り返しのつかないものだ」


 兄妹はむしろ男性の穏やかさに警戒心を抱いた。これまで街の端で暮らしてきて、優しそうな大人には酷い裏の顔があることを嫌というほど学んだ。手を差し伸べる大人を警戒するのは、困窮した子供たちにとって当然の自衛だった。


 余計に強ばる兄妹を見て、ユスティーナは代わりに男性に尋ねる。


「こんにちは、本日はご参加いただきありがとうございます。ええと、あなたは……」

「申し遅れました。隣国のバーベット王国から来ました、ポール・シェルマンです。芸術劇場を営んでいます。殿下には初めてお会いしますが、お父上には何度かレコードを買っていただいております」

「まあ、お父さまが時々語ってくださる、『素敵なクラシックを薦めてくださる方』でしょうか。シェルマンさんとお会いした日の父はいつも上機嫌ですのよ」

「そう言っていただけると嬉しいです。今日は“バイブレーション”のお二人に、依頼があって来ました」

「依頼?」


 ユスティーナと話を弾ませる男性を見ていた兄妹は、少々警戒を解いた。


 彼女の父、つまり現在の王が積極的に関わっているのだから、きっと良い人だろう、と。


 優しい笑顔のまま、男性は兄妹のほうを向く。そして穏やかな瞳で二人の顔を交互に見た。


「私の経営する劇場で、パフォーマンスを披露してくれないだろうか」

「経営する劇場……ってバーベット王国にある劇場か?」

「そうさ、二人の才能をこの国だけに留めておくのはあまりにも惜しい。ぜひバーベット王国の民にも、君たちの刺激を味わって欲しいんだよ」


 エングフェルト王国でさえ全体像を知らないほど、兄妹の世界は狭い。それなのに突然他国へ出て歌うなんて。想像も出来なかった。


 しかしジェイクは、十番街を訪れたルイの、


『その生活、変えてみたいと思いませんか』


 という言葉を思い返していた。


「その依頼を受けたら」


 ぽそりと小さな声で話し始めた彼に、シェルマンも含め、皆が注目する。


「俺たちの生活が変えられると思うか? ……いや、俺たちだけじゃない。この街の外れで寒さに耐えて暮らす、子供たちの生活もだ」


 ケイトがはっとしたような顔をする。


 シェルマンも初めは驚いたような表情を見せたが、すぐに優しい笑顔になった。


「ああ。君たちの生活を変えられる。パフォーマンスに感銘を受けた私が約束しよう」


 それなら、と、兄妹は明るい声で依頼を受けると返事した。

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