16. ルイの訪問。

 芸謁の会が終わってから、ユスティーナは忙しなく城内を走り回る生活になった。


「招待状の署名をして、パーティーでお出しする食事を決めて、あ、飾るお花をどう生けるかも考えないと……はい! 今そちらに行きます!」


 本来、王族は食事や花については確認程度しか関与しない。しかし彼女は、


「準備には参加せず、当日だけ主催者を名乗るなんて私には出来ないわ。準備中くらいは、客人をもてなしたいという気持ちで繋がった仲間として、普段よりも畏まらずに接してくださいね」


 と言って、早速、汚れても良いワンピースに着替えた。


 準備が始まった当初は、ユスティーナに何かを頼むことを躊躇っていた執事やメイドも、日が経つにつれ彼女に友好的に接するようになっていった。決して軽視されていったのではない。むしろ真面目に準備に取り組み、誰とでも対等に会話しようとするその姿勢に、尊敬が募っていた。


 その様子をそばで見ていたルイは、よりユスティーナのために何かをしたいという想いが強くなり、密かに計画していることがあった。


******


 ユスティーナが関わる準備が一段落したため、彼女はスクールの課題を終わらせると言って自室に戻った。


 執事たちに「高等部に入ってから忙しくなりましたね、頑張ってください」と励まされ、心が痛む。


 実は部屋に籠もって取り組んでいたのは、課題ではなく作曲だったからだ。


 城に勤める者たちが、「ユスティーナさまは妙な音楽を好んでいるらしい」と噂しているのを偶然聞いてしまい、自分の趣味を語ることが怖くなった。


 以来、音楽を作っているなどとはとても言えず、毎度嘘をついて作曲をする羽目になっている。


 準備の合間に少しずつ書き進め、ようやく仕上げまで漕ぎ着けた。


 ピアノの主旋律と伴奏だけでロック調の音楽を作るのは難解だったが、その分、出来たときの喜びはひとしお。最後のワンフレーズが綺麗にはまって決まったとき、伸びをして思わず叫んだ。


「出来たー!」


 すると扉がノックされ、はっと扉のほうを振り返る。驚きのあまり返事をしていないにも関わらず、勝手に開かれる。


「ルイ……?」

「数々の失礼を、先にお詫び申し上げます。ユスティーナさま、ただいま出来上がった曲の楽譜を見せていただけますか」

「ど、どうして私が曲を作っていると知っているの? 私、誰にも言ってないのに」

「部屋が隣であることをお忘れですか? 加えて、僕はよく音楽を聴くからか、耳が良い。音が漏れ聞こえていたのですよ」


 ルイは部屋の壁を二回、人差し指の間接で叩いて見せる。改めて聞いてみると確かに、音が漏れそうな軽い響きがする。


 彼は音楽に理解があるので作曲をしていたこと自体は隠す必要がないが、油断して失敗ばかりしていたため、やはり恥ずかしい。作曲途中で出来た奇妙な音を、音楽に精通している彼に聞かれたくないのだ。


 紅くなった顔を見られたくなくて、ユスティーナは「そういえば打ち合わせに呼ばれていた」と部屋を出ようとした。


 すると彼女の細い腕は、ルイの大きな手に掴まれた。しっかりと掴まれていて振り解くことは出来ない。とは言え痛みを感じるほどではなく、彼の気遣いが分かる。


「楽譜を見せて欲しいんだ」


 幼い頃のようなくだけた言葉を受けて、身体の温度が一気に上昇した。作曲を知られたときより紅潮した顔をルイに向ける。


「ほえ?」

「はは、間抜けな顔。音楽の話をするときは敬語禁止、ってユナが決めたことだろ?」


 久々に見た屈託のない笑顔に、胸がきゅっと痛む感覚を覚えた。対等に接していた頃の記憶が一気に蘇った。


 ユスティーナの腕から力が抜けたのを感じ、ルイは手を離す。


「どうして楽譜を見たいの? ピアノパートしか出来ていないから、ルイに弾いてもらう部分はないけれど」

「僕が弾きたいわけじゃないよ。芸謁の会で見た兄妹に、ユナの作った曲で歌って欲しいと思って。彼らに曲を聴かせてみない?」


 王家に対し噛み付くような態度で舞台を去っていった兄妹。彼らの印象は非常に強く、時折あのときのことを夢に見る。


 しかし自分の作った曲を歌ってもらうとはどういうことだろう。作った曲に歌詞が付き、彼らの叫ぶような歌声が乗る場面を想像した。けれども違和感が拭えない。


「……だめよ。彼らの歌唱に、私の曲は合わない。彼らのお眼鏡に、私の曲は敵わないわ」


 兄妹の圧倒的なパフォーマンスを受けた芸謁の会のとき、恥ずかしさや苦しさから、消え入りたいとさえ思った。


 彼らは遠慮もしないし忖度もしない。自分ひとりで初めて作った未熟な曲を聴かせるのは、端的に言うと怖かった。


 俯くユスティーナに、ルイは優しく声を掛ける。


「どうしても、だめだろうか? 僕が部屋で聴いていたとき、思わず兄妹が歌唱している姿を想像したほど、親和性が高いと思う。恐れることはないよ。僕が保証する」

「……ごめんなさい」


 そう言って首を振り、ルイの横をするりと通って部屋を出て行ってしまった。


 彼女の腕を掴んだときの感触が未だに残っている手を、握ったり開いたりする。そして力を込めて握り締めると、ユスティーナが先ほどまで作業していたであろう机に歩を進める。


 机の上に丁寧に重ねられた楽譜は、頓挫した曲の分も含めて相当な厚さになっていた。


 上から数枚をそっと捲りながら手に取る。彼女の几帳面そうな文字。試行錯誤した痕跡がくっきり見える、黒々した五線譜。一生懸命書き込む彼女の姿が現れて見えるようだ。


 端が折れないように注意しつつ、完成版と見られる数枚の楽譜を自室へと持ち去った。


 部屋の、また自らの主であるユスティーナに認められぬまま持ち去ることに躊躇はあったが、ルイはこの悪事を“仕方のないこと”だと考えていた。楽譜を持ったまま、軽い足取りで部屋を後にした。

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