13. 芸謁の会。

 シフォン生地のカーテンに遮られている先から、大勢の人々の歓声や口笛の音が聞こえる。太陽光が透けて、人々の影がゆらゆらと動いていることだけが見て取れる。


「では、お開け致します」


 ルイが淡い桃色のカーテンをめくると、歓声がより大きくなった。


「ユスティーナさまだ! 相変わらずお美しい」

「殿下と目が合ってしまった。俺はなんて幸運なんだ」

「何を言っている? 目が合ったのはお前じゃなく俺だ!」


 視線が一気にユスティーナに注がれる。


 民がいる場所から幾分か高いところに設けられた舞台に立つ彼女は、全体を見下ろして手を振ってみせる。熱狂する人々が、ユスティーナと一定の距離を保つために張られたロープに腹を食い込ませた。


 手渡されたマイクを口元に近付けると、先ほどまでの喧噪が嘘のように静まりかえった。


「本日は、芸謁の会にお集まりいただき、ありがとうございます。今回から私が十六歳を迎えたため、父に代わり、私が王族代表として主催者を務めさせていただきます。皆さまの素晴らしい演技や演奏を楽しみにしています」


 多くの拍手が湧く。腰を下ろすと、緊張から解放された安堵感でほっと息をついた。


 芸謁の会とは端的に言えば、王族に特技を見せる場である。運が良ければ王族お付きの演者になれて、それ相応の名誉と報酬が得られることから、この日に演者は相当な熱を懸けている。


 今回からユスティーナが代表を務めるが、当然、ただ眺めていれば良いわけではない。


 まず演者全員に評価を口頭で伝えなくてはならない。また、特に優れた演者は一ヶ月後に行われるパーティーに招待されるのだが、その選定を行うのも王族代表の役割である。招待出来るのは三組までという規定もある。


 王族の評価は彼らの未来に大きな影響を与えるため責任重大だ。


「表情が暗いですよ。具合でも悪いのですか? 冷えるようなら膝掛けを追加でお持ちしますが」


 顔を覗き込むルイから、不自然なほど大袈裟に視線を外してしまう。


「いいえ、元気よ。気遣ってくれてありがとう」


 そう答えながら、ユスティーナの頭には扉の隙間から見たルイの後ろ姿がこびりついていた。


 お堅い雰囲気の男性の話を聞いて頷きながら、机に向かって何やらノートを取る姿。聞こえてくるのは中等部の頃に習ったレベルの外国語。


 ルイが中等部を卒業していないことは知っているが、今更外国語を学ぶ必要性があるとは思えない。


 ルイは窮屈な城で執事として働くことに疲れて、辞めてしまうのではないか。二十歳を迎えて外国で自由に過ごしたいと思うようになったのではないか。彼が自分から遠ざかってしまう可能性を考えると、勝手に瞳に涙が浮かんでくる。


 余計なことを考えるな。今日はユスティーナとしてではなく、王族の代表としてこの場にいるのだ。


 自分を叱咤しったするために、頬を思い切り両手で叩いた。


 芸を披露する広い舞台は、ユスティーナのいる小舞台から群衆を挟んだ位置に設置されている。芸に夢中になる群衆の後ろ姿とともに、舞台全体を見渡すことが出来る。


 現在は舞台の準備が着々と進められている。


「初めに披露するのは、八番街を活動拠点にしているという舞踊団です。アナウンスに続いて登壇、演技、拍手が鳴り止む頃にユスティーナさまにはコメントをしていただきます。パーティに呼ぶようなら僕をお呼びください。あとは……」

「大丈夫。主催者の動きは確認したわ」

「失礼致しました。あまり緊張なさらず、楽しんでくださいね。演者もユスティーナさまを楽しませるためにあの場に立つのですから」


 ルイのほうこそ緊張しているでしょう、と笑いかけようとするも、上手に笑むことが出来ない。


 父不在で王族としての務めを果たすのは初めてで、無意識のうちに身体に力が入ってしまっていた。


 気持ちを切り替えようと深呼吸している間も、群衆はユスティーナのほうを見ていた。王女の一挙手一投足が国民の関心事であるらしい。


 ルイは、ボディーガードと同じくらいの眼光の鋭さで、怪しい者がいないか注意する。

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