第4話 骨を拾う

(公募ガイド tobe小説工房 選外佳作)

「なあなあ、お葬式のかばんって黒ければ何でもええんかな?」

 どたどたと走ってきた妹はもう四十を超えているのに泣きそうな顔で、玄関で靴を履くおれにかばんを見せてきた。さすがにいつもよりは薄化粧にしていて、少しくすんだ唇の色を見ると、こいつも年を取ったなと思う。右下にワンポイント猫ちゃんのマークが入ったエコバッグを見ておれは思わず半笑いになったが、まあええんとちゃうか、と言ってスニーカーの紐を結んだ。ちょっと、さすがにスニーカーはあかんのちゃう? とぶつぶつ言いながらも、妹もパンプスを履いて待たせておいたタクシーに乗り込む。

 葬式と言ってもおれと妹だけの簡単なものだ。地元の葬儀場で一番安いコースを組み、お経もテープ再生でよいと伝えている。マナー違反をしたところで誰に怒られるわけでもない。母はその手のことを全く気にしないタイプだった。到着した葬儀場では三名の職員に丁寧に出迎えられた。人も物もルールに従って存在している室内は、狭いけれど清潔で、コンビニのような匂いがした。誘導されるがままに棺の前に座ると、棺の窓が開けられた。母の顔は記憶の中のそれとは程遠く、痩せこけて少し口があいた顔はやや間抜けな印象を与えた。三年前に亡くなった父にとてもよく似ていることに驚く。一瞬、間違えて父が納棺されたのかと錯覚したほどだ。

 「これね、お父さんの骨が入ってるねん。喉仏の骨やで」

 父の葬式の直後、母はそう言って首に下げたお守りをそっと押さえた。喉仏の骨が立派に残っていますね、と火葬場で言われたとき、母はなぜか、ふふん、と誇らしげに鼻の穴を膨らませていた。

 「係の人は喉仏の骨って言ってはったけど、喉仏って骨や無いよね? 不思議よねえ」

 不思議に思うならネット検索すればいいのに、母は不思議やねえと繰り返すのみだった。

 葬儀は滞りなく進み、おれたちは火葬場に移動した。棺に入れるものを聞かれたので、母が病床で読んでいた分厚い本を手渡した。死の間際に読むには不似合いなほど人が死ぬミステリーだ。犯人が気になるわ、と言いながら毎日少しずつ読んでいたのに、なんと読み終わる前に母自身が死んでしまった。さぞ無念だっただろうと思う。ところが職員は、申し訳ございません、ハードカバーは燃えにくいのでご遠慮いただいております、と受け取ってくれなかった。紙なのに燃えにくいとは予想外だ。そうなんですね、と間の抜けた返事をしあたふたと本をかばんにしまうおれの横で、じゃあ代わりに、と妹が例のお守りを母の喉元のあたりに置いた。

 母とは仲が良いほうだったと思う。おれは母のことを尊敬しているし、彼女もおれを人並みに愛してくれていた。それでも親が子供より先に死ぬのは当然のことであり、涙を流すほどの悲劇ではないと思っている。ちらりと妹の方を見ると、エコバッグとおそろいの猫ちゃん柄のハンカチを握りしめ、無表情と言い切るには少し口角に力の入った顔で出棺を見守っている。平然としているようにも見えるし、今にも泣きだしそうな表情にも見える。なんかこんな顔見たことあるな、と記憶をたどり、思い当たった。こいつが息子を小学校に送り出すときの表情に似ているのだ。おれの目線に気づいたのか、妹は顔を上げると、ちょっと、と手招きをした。

「なあ、お昼どこで食べる? この近くに子供の頃よう行った回転寿司あったよな?」

 どうやら昼食について悩んでいる表情だったらしい。そういえば子供の頃、回転寿司のメニューとにらめっこしているときもこんな表情をしていた。悩む妹を尻目に母はいつもうにばかりを何皿も頼んでいた。大人は好きな頼み方をしてええんよ、あんたたちは子供なんやからバランスよく頼みなさい。

 回転寿司は母が焼き上がるのを待つのにちょうどよかった。帰ってきたおれたちの前で係の男性が神妙な顔で長台詞を読み上げながら棺を開ける。母の喉があったあたりに一番に目をやった。当然お守り袋は燃え尽きていたが、同じ位置に白い塊が見えた。どきりとする。あれはもしかして父の骨だろうか? お守り袋がよっぽど燃えにくい素材で、中の骨だけが少し燃え残ったのか。そんなことがあり得るのだろうか、と半信半疑で、答え合わせを待つように係の男性の説明を待つ。

「それでは、まずはこちらの喉仏の骨を……あれ、二つあるな」

 機械のように丁寧な話し方に徹していた男性が、ふいに虚を突かれたように声を裏返した。目をぱちくりとさせ、おれの顔を見る。こっちを見るな。棺を挟んでおれの向かいでは、ハンカチで目頭を押さえるふりをして、妹が笑いをかみ殺している。

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