三点リーダー

クロくんが僕に声をかけてきたのはアルファの配信の後だった。僕の歌をひとしきり聴いた彼の感動が長文にわたって綴られていたDMをいくら下にスクロールしても果てがなかったことを覚えている。


『歌、やめちゃうんですか』


そして、その果てに打ち込まれた短文が僕の葛藤を呼び起こす。


『勉強に集中しろって親から言われたので…』


『歌で食べていけるわけ、ないんで』


『僕の歌なんて、趣味にしかならないですよ(笑)』


真実とうそとごまかしを織り交ぜて、思いを吐き出し続けていた。クロくんは三点リーダーで僕の思いに応え続けている。しばらく三点リーダーとの攻防が続いた末、クロくんは言葉を捻り出した。


『好きなことできたらいいのにな』


『俺は時間を無駄にした』


『やり直したい』


『君も時間は自分の使いたいように使うんだよ』


『俺が言えたことじゃないけど』


『俺は君の歌、好きだよ』


内容はごちゃごちゃだけど、彼の伝えたい想いが羅列されていた。


『ありがとう』


僕が三点リーダーの葛藤の末、紡ぎ出せた言葉は1万分の1にも満たない感謝の言葉だけ。


文章だけじゃ、言葉だけじゃ、僕の想いなんて欠片も伝わらない。


たった一言の代償に涙が溢れた。止まらなかった。潤む視界に三点リーダーがうつり続ける。言葉を紡ごうとスマホを持ち上げると、クロくんに先を越された。


『君は歌がとても好きなんだな』


『好き』


今度は迷いなく僕の指が動いた。こんなに歌が好きなのに、やめる理由を作って言い訳をしている自分がバカらしかった。


『言い訳ばっかりしてるんだ』


顔も見たことがないクロくんによくもこんなにストレートに自分を暴露できたものだと今になって思う。


『俺もだよ』


『言い訳やめたいな』


その後しばらく時間を置いて、衝撃的な言葉が僕の視界に現れた。


『俺の姉ちゃん、自殺したんだ』


『俺、それから3年くらい引きこもり』


『ずっと考えてた』


『姉ちゃんを救えたらって。でもそれはもうできないから』


『姉ちゃんと同じように苦しんでる人を救いたいって思うようになった』


『でも俺にはできっこないからって言い訳してる』


『アルファさんみたいに上手いプレイングで盛り上げられるわけでもないし』


『君みたいに歌で人を感動させられるわけでもない』


『ましてや俺は引きこもりのニートで』


『そんな奴のどこに人を救う要素があるんだって』


『社会のこと何も知らないバカが、ほざいてるだけなんだよ』


クロくんも僕と同じように思いを吐露してくれている。お姉さんの死が彼の心に巣食う闇になっている。必死にそこから足掻こうとする姿が僕に似ている気がした。


『好きなものとかあるの?』


僕は彼のメッセージの内容には返せる言葉がなくて不躾にそう尋ねた。


『ゲームかな、姉ちゃんが好きでさ』


『じゃあ、ゲーム実況者とかどう?』


メッセージを送った後に後悔が押し寄せた。無責任に人の将来を決めつけるような真似をした。


しばらく三点リーダーが彷徨った後、クロくんは意を決したようにこう言った。


『それ、いいな。』

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