燃え 萌え

つい2ヶ月ほど前、俺は燃えた。


それはそれは大きな炎が燃え盛っていた。


#クロくん


「降ります。好きだったのに。信じられない」


「彼女は作らないって言ってたのに。しかもそれがファンとか💢」


「リアコ勢乙」


#クロミネロリコン説


「クロミネの彼女特定した 18のメンヘラだとよ」


「自傷キモ こんな女がいいとかありえん」


「キモすぎ。嫌いになった」


俺は炎をただ見つめていた。鎮火する気すらも起きなかった。


俺の偶像が焼けていく。本当の俺は社会に馴染めなかったニートなのに、俺のファンは俺に何を期待していたのだろうか。


そもそも「18のメンヘラ女」は俺の彼女ではない。友達でもないが彼女でもない。知り合いでもない。ネットに漂う有象無象の1人でしかない。特別なことがあるとすれば、彼女を俺が「認知」しているということだけだ。彼女はあの日、俺が出ていたイベントの帰りに声をかけてきた。会場を出て、スタッフと別れ、近くの公園をうろうろしていた時だった。


「クロミネさん」


最近よく見かける量産服に身を包んだ彼女は上目遣いで微笑んだ。その微笑みによくあるあざとさは無く、単に彼女の身長が低いのか、俺の身長が高いのか、その程度のことだった。


「俺のファン?」


こう答えて後悔と疑問が同時に押し寄せた。


俺は顔出しをしていないのだから、「クロミネ」だと認める必要はなかった。身バレをするリスクを上げてしまった。


そして彼女はどうして俺がクロミネだとわかるのか。


「ねえ」


「なんですか?」


「君はどうして俺のことがわかったの?」


「雰囲気?」


彼女は相変わらずあざとさを感じさせない笑顔で答えた。彼女の手がイヤリングに触れる。その瞬間にチラリと見えた白い包帯。


「あ」


俺の目は彼女の細い手首に奪われる。


「こういうの、本当は嫌いだよね」


その瞳に俺の全てを奪われる。そんな気がして目を逸らした。


「やめた方がいいと思う。嫌いとかじゃないけど。自分の体は大切にしないと」


「私とまだ話してくれるの?」


俺の自覚済みの説教を彼女はひらりとかわす。


泣いたり怒ったりせずに微笑んでいる。


「やっぱり優しい人だね。私の思った通り。」


切れかけの街灯がチカチカと彼女の顔を映した。


本当にそれだけだ。彼女とはそれ以外の関係はない。


ネットの海の中に1つ真実を見つけた。


「クロミネはさーああいう女が好きなんだよなあ」


そう、俺は彼女に萌えた。何もかも知っているあざとくない瞳に、自分を傷つけることに酔っていない、媚びない微笑みに、また会いたいと思う程度には萌えていた。

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