心が傷ついた隣のお姉さんを助けた結果、盛大に病んで愛された件
みょん
自殺しようとした彼女
「じゃあな千夏」
「バイバイなっちゃん」
「おう! また明日!」
既に日が落ちて辺りが暗くなった頃、二人の男女に背を向けて歩く男の子が居た。彼の名前は
「ったく、カップルのデートに独り身を付き合わせるなよな」
今千夏が口にしたように、さっきまで彼は友人のカップルと遊んでいた。元々一人で帰るつもりだったが、せっかくなんだから遊ぼうと誘われた為である。
もちろん断ったのだが、学校ではいつも親しく話をするのでそれも今更だった。そうして三人で遊び、時には二人のやり取りに砂糖を吐きそうになりながら見守っていた。
「さてと、俺も早く帰るか」
そう言って千夏は歩みを進めた。
いつも歩く帰り道、一人で歩くことに寂しさを感じる時に決まって彼女が欲しいなんてことを思う。しかし残念かな、男女問わず友人はそれなりに多いがそこまでの親しい異性は今まで出来たことはない。つまり、年齢イコール童貞というやつだ。
「……気になる人は居るんだけどな」
とはいえ、恋愛に興味がないわけではなく彼も彼で恋はしていた。それは千夏が住むマンションの隣の部屋に住んでいる女性で、とにかく大人の色気を醸し出す美人さんだ。
綺麗な長い黒髪で顔立ちが整っているのももちろん、恐るべきはそのスタイルだ。男の情欲を誘うような暴力的なまでの魅力、高校生の千夏が淡い気持ちを抱くくらいには魅力たっぷりの女性だった。
ぷっくりとした唇から発せられる甘い声音、サファイアブルーの綺麗な瞳は吸い込まれそうだと感じるほどだ。
隣に住んでいるということで顔は合わせるしそれなりに世間話をすることもあった。しかし、それでも千夏は件の女性と親しくなることはない……その女性もまた彼氏が居るからである。
「あんな人の彼氏とか前世で徳を積みすぎだろ羨ましいなぁ!」
子供ながら大人の女性にはある種の憧れを抱く。優しい語り口もそうだし、豊満なスタイルだって目で追ってしまう……とにかく千夏はその女性のことが気になっていた。
「……ダメだ。こうしてると余計に悲しくなるからはよ帰ろ」
隣に住んでるのに最初からチャンスなんてない、そのことに理不尽を感じながらも千夏は仕方ないなと笑うしかない。
ただ、最近少しだけ気になることもあったのだ。時折見るそのお姉さんの顔色がどこか悪いのだ。体調が悪いというより、精神的に追い詰められているようなそんな感じだ。
「何かあったのかな……顔見知りってだけだしそこまで踏み込むこともどうかと思う。彼氏さんは何やってんだよ……」
俺ならそんな顔はさせないのに、そんなことをまだ子供だからこそ千夏は考えてしまう。そうしてモヤモヤとした気持ちを抱えながらマンションに戻り自分の部屋に入ろうとしたその時だった。
「……?」
中途半端に隣の部屋、つまり片想いの女性が住む部屋の扉が開いていたのだ。もう夜だし不用心だな、そんなことを考えながらも気になってしまい千夏は声を掛けた。
「
そう中に響く声で伝えると、驚いたような声と共に何かが落下するような大きな音が響き渡った。
「ちょ……大丈夫ですか!?」
普通に尋常ではない音だったため当然千夏は驚く。同時に嫌な想像もしてしまった。まさか空き巣でも入ったのか? それで襲われたりしたのでは、そこまで考えてジッとしていられなくなり千夏はごめんなさいと口にして部屋に入った。
「佐伯さん! 何かありました……か?」
怒られるのも覚悟、これで嫌われてしまっても仕方ない……そんな諦めと共に勇敢な行動をした結果、千夏は見てしまった。
「千夏君……」
「……………」
椅子が倒れた傍に彼女、
「……な、何を……する気だったんですか?」
「……………」
どうしてそんなことを、信じられない気持ちで問いかけられた千夏の言葉に円華は下を向いた。そして次に顔を上げた時、彼女は大粒の涙を流しながらこう言ったのだ。
「……死にたいなって……そう思っちゃった……あはは」
「っ!?」
死にたい、そう伝えられた時千夏は時間が止まったような気がした。一番聞きたくなかった言葉に、千夏さえも悲しい気持ちになってしまった。
「……あ、なんで千夏君が泣くの?」
「何でってそんなの……」
人がこれから自殺をする場所に居合わせることなんて当然なかった。だからこそ、戸惑いがあるのは確かで……同時に円華は千夏にとって恋をしている相手だ。そんな女性が命を絶とうとしていた、それが悲しくないわけがない。
「だって……だって俺……」
千夏の感情はグチャグチャだった。
何を言えばいいのか、何を話せばいいのか当然分からない。でもここで何も言わなかったらそれこそ後悔してしまう確信があったのだ。
「佐伯さんのこと……大切な隣人だって思ってます。ふと顔を合わせた時に浮かべてくれる笑顔が好きで、話をする時の落ち着いた雰囲気とか……その……その!」
考えが纏まらない必死な千夏の様子に、円華は暗い表情から一転して少しだけ笑みを浮かべた。それでも瞳の中にある負の感情が消えないあたり、まだまだ予断は許さないみたいだが。
「……千夏君は優しいね。そんな風に思ってくれる人が居るなら、きっと千夏君の彼女になる人は幸せよ? 凄く……凄く羨ましい」
そんな立派なものではない、ただ身勝手にこの世界に縛り付けようとしただけなのを千夏は理解している。自殺をすることには明確な理由があり、自分の意志で居なくなろうとしたことを邪魔したのだから。
それでも、そうだとしても千夏はやっぱり生きてほしかった。
ただそれだけ、ただそれだけを千夏は願っただけに過ぎない。
「……少し落ち着いたかな。ごめんね千夏君、私ったらこんなことを――」
どうやら少し踏み止まってくれたみたいだが、そこで円華はスマホを落とした。ちょうど画面が明るくなっており全てが見えた。そこにあったのは円華の彼氏とのやり取り、凄まじい暴言と共に円華の全てを否定する言葉が連なっているのを千夏は見てしまった。
「……少し、話してもいい?」
「もちろんです!」
何もせずに後悔するくらいなら行動してみる、少しばかり自棄だが千夏はその問いかけに頷いた。
『マジお前きもいって』
『だから知らねえってば。もうお前から連絡してくんのやめてくんね? てかもう別れようぜ。お前飽きたわ』
『いい女引っ掛けたわ。お前より全然俺と相性良い子がさ。お前もういらねえわ、縁切るってことでよろしくな』
円華にとって、その言葉たちは自分の心を容易く切り裂くものだった。
恋愛に憧れていた部分があり、大学で知り合った男と付き合うことになった。最初は優しくて円華もすぐに惹かれたが、その薄汚さが出てきたのはつい最近だった。
金遣いは荒く、室内でタバコはやめてほしいと言っても聞かず、少しでも注意すればすぐに暴力を振ってくる。どうしてこんなに変わってしまったのかとそう思った。
ある程度親しければ少しの中傷でも傷つく、それを思い知った瞬間だった。
というよりも、今までそのような明確な悪意ある言葉を聞くことがなかったため、それでどうすればいいのか分からなかった部分も少なからずあった。
『円華さ、別れた方が良いって絶対! もっと優しい男が居るって!!』
友人たちの言葉に励まされながらも、なんとなしで関係は続けていた。
しかし、あんなにも心に突き刺さる言葉を向けられれば円華とて精神を病んでしまう。そんな蝕まれた状態で更なる追い打ちを掛ける言葉と堂々とした浮気、円華はもう考えることが嫌になってしまった。
「……っ」
天井にロープをぶら下げ死のうと思ったが正直そこまでの勇気はなかったが所謂形だけのものである。結局何も出来ない自分が嫌になり、情けないと思ったところで声が……彼の声が聞こえたのだ。
「佐伯さん? 大丈夫ですか?」
「え? ……きゃあああああああっ!?」
驚いた拍子に椅子がグラグラと揺れ円華はそのまま床に落ちてしまった。
そうして、声を掛けてきた彼……隣の部屋に住む優しい男の子――千夏が彼女の前に現れたのだ。
現れた千夏は涙ながらに円華のことを想って口を開いた。
そのどれもがとても心地よく、暗かった円華の心に光を差すようで……そもそも、あの最低な男ではなくこの子が自分の彼氏だったら、そんなことを考えたことも一度や二度ではないのである。
潰れかけていた心を守るように現れた彼、その姿に円華はドキドキしていた。
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