第7話 女神の声

ポイントでは負けているだろう。



倒すしかない!



最終ラウンドのゴングが鳴る。



レフリーに促されるまでもなく、お互いリスペクトを込めてグローブを合わす。



いくぞ!



そう言わんばかりに小さく頷く前田。そこには弘の事を噛ませ犬呼ばわりしてバカにしていた前田はいなかった。



お互い拳闘という同じ道を歩んできた者同志のリスペクトしかない。



何の因果か、こんな平和な世の中で殺すつもりで殴り合いをするはめになった。それ以上でも、それ以下でもない。ただ、それだけ。



傷だらけで腫れ上がった顔で弘も小さく頷き返す。



相打ち覚悟で前に出る弘。前田もデビュー戦を華々しいKO勝ちにしたいのだろう。同じように打ち合うつもりだった。



お互い打ちつ打たれつの一進一退。



均衡を破ったのは前田だった。



追い足の鈍くなった弘のサイド。



死角。



鼓膜が破れ三半規管にダメージを負っている右側。



前田の軽快なコンビネーション。



「弘、回れ!」



トレーナーの悲痛な叫び。



間に合わない。



連打を受け、フラつく弘。



そんな弘を見て嵩になって攻める前田。



興奮する観衆。



大歓声。


と、その時。














「弘さーーーーーーーーーーーーーん!」













女神の声。



大歓声の中でもハッキリ聞き取れた女神の声。



無意識。



動く体。



反応する左手。



攻め込む前田のサイドに回りながら弘の左フックが弧を描く。



前田の顎先。



顎の先端にあるチン。



てこの原理で激しく脳が揺れる急所。



イタズラし過ぎた神様がお詫びしたかったのか、無意識にのりうつったかのように放った左フック。



弘の拳は吸い込まれるように前田のチンに。



掠るように当たる。



これが1番脳が揺れる。



前田の視線が宙を泳ぐ。



膝から崩れ落ちる。



床を踏み鳴らす観衆。



決まったか?頼む!立たないでくれ!



弘の余力もあと僅か。



「1~!・・2~!・・3~!・・4~!・・・」



もがくように上体を起こし、少し頭を振り立ち上がってきた前田。



お互いギリギリの勝負。



弘もあと1発良いのをもらうと立ち上がれないだろう。



「ラスト30!」



どちらの陣営が言ったのかわからないが、後30秒。



なりふり構っていられない前田は弘に抱きつくようにクリンチ。



あと1発。



必死に振りほどく。



あと1発。



入れば決まる。



あと1発。



カンカンカンっ!!



無情に鳴らされるゴング。結局、クリンチ状態のままラウンド終了。



ふらつく弘に向かって、前田が耳元で言った。



「中村さん!ありがとうございました!あなたは強かった!バカにした態度をした事許して下さい!あなたは強かった!」



「こちらこそありがとう!前田さん、あなたも強かったよ!」



お互い腫れ上がった顔で、傍から聞いたら2人が何言っているかわからなかったかもしれない。でも、分かり合える。



そして、リスペクトを込めて抱き合った。試合が終わればノーサイド。



試合前までは舐めていたかもしれなかったけれど、拳を交えると不思議と、その人間の芯の部分がわかりあえる。それは、たくさん会話してわかりあえるのとは少し違う。拳を交えた者同士しかわからない感覚。



お互いコーナーに戻り判定の結果を待つ。微妙な判定になるだろう。



勝利の女神。



確かに美里さんの声だった・・・



「判定の結果をお知らせします!」



あれだけ盛り上がっていた場内が静まり返る。



通り過ぎたのは天使か?それとも・・・堕天使か?



判定の結果は・・・

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